コラム 2016.10.03
以前、シカゴ大学ロースクールの先生の講演を聴いたことがある。パワポを使わない従来型のプレゼンだったが、彼の話が完全に理解できたのには我ながら驚いた。話の内容の構成が周到であったことも勿論だが、もう一つの理由は、私を含め聴衆の一人一人が、語りかけられている、と感じたことだと思う。プレゼンは対話だと実感した。
パワポはプレゼンの強力な武器になり得るが、弊害も大きい。日本人はよく、各ページにぎっしり情報を詰め込み、聴衆と一緒にスクリーンを見つめて大半の時間を費やす。視線を避けたい日本人の習性のゆえだろうが、これでは聴衆との対話は成り立たない。私もプレゼンでは、図表を見せる必要があるのでパワポを使うが、使う以上はパワポの対話阻害効果を最小化するため、いくつかの工夫をしている。
図表を見せる時以外はスクリーンをブラックアウトするのが一番の解決策だが、英語によるプレゼンの場合はそうもいかない。発音が悪いせいでキーワードが聴衆に聞きとってもらえない恐れがあるからだ。発音に問題がなくても、シカゴ大学の先生のような話術の名手でもない限り、要所要所での話のポイントの伝達は視覚に頼らざるを得ない。
私はプレゼンの工夫の一つとして、図表以外のスライドに入れるブレット(項目)は、できるだけ四つか五つ以下にしている。しかも、文章は書かない。キーワードだけ書き込む。スライドは余白があればあるほどよい。スクリーンを見ただけではわからないので、聴衆は私の方を向いて私の説明を聴く。スクリーンで文章を見せるのは、最後のスライドで結論を述べる時だけ。
第二の工夫は、プレゼンの最中に動くこと。私が歩くにつれて聴衆の顔が私を追って動くことを確認するためである。席の配列がコの字の会場では、コの字の内側を回遊することにより、聴衆との距離が近づく効果もある。コの字でない場合には、スクリーンの前を横切って歩く。ただ、あまり動き回ると落ち着きがないと思われるので、移動は二、三回にとどめる。
第三に、マイクにささやきかけない。聴衆が50人程度の場合は、そもそもマイクは使わず、お腹から声を出す。人数がそれより多い場合は、無線のピンマイクを使う。これにより顔を上げて聴衆に向かって話し、時折移動することが可能になる。
第四に、プレゼンの前に、聴衆の中に離れて座っている数人を選んでおいて、プレゼン中は、その人たちの目をかわるがわる見ながら話す。一人の人から次の人に視線を移すときに、ついでにその二人の間の聴衆の顔も確認できるよう、視線の移動はゆっくり行う。
NHKのEテレの「スーパープレゼンテーション」では、これらの工夫が実践されており、我が意を得たりと感じた。特に2015年3月4日放送のディヴィッド・エプスタインのプレゼンは、私にとっての一つの理想形だ(今でもEテレオンラインで視聴可能)。芝居もそうだが、プレゼンもそれなりに奥が深い。