コラム  2025.12.08

ドル覇権と金融ハブ

堀井 昭成

『米ドルが世界的に利用されるのは、英語(米語)が世界的に使われるのと同等だ。』1980年代半ば、国際金融の大家Charles Kindleberger MIT教授が発した言葉だ。その10年後、Jeffrey Frankelハーバード大学教授曰く、『英語が美しさ、簡単さ、効用からみて世界言語(lingua franca)に相応しいという人はいないだろう。ドルも同じ。みんな、他の人が使うと思うから使うのだ。』アメリカの国際収支(貿易ないし経常収支)の赤字が拡大し為替市場でドル安が進む度に、国際金融市場でドル離れが噂されたが、実際には為替・資本市場でのドル利用は減衰しなかった。

BIS(国際決済銀行)は世界中の中央銀行を通して外国為替市場の調査を3年毎実施している。その2025年4月調査の結果がこのほど明らかになった。世界中の1日当たり取引額は9.6兆ドル(世界貿易額/日の140倍余り)、3年前の前回調査に比べて28%増加(年率+9%)。国際政治上の対立・紛争にもかかわらず金融のグローバリゼーションはこの3年間も着実に進行した。

通貨別には米ドルが89%(通貨ペアの交換なので全体は200%)のシェアを占める。つまり、外国為替の一方の側は9割方米ドルだ。米ドルを介さない通貨交換はユーロと他の欧州通貨の場合にほぼ限られる。この米ドルの圧倒的地位は、BISがこの調査を開始した1989年(当時90%)から変わらない。

その他主要通貨の2025年シェアは、ユーロ29%、円17%、英ポンド10%と米ドルに比べて圧倒的に小さく、いずれも過去30数年間に幾分低下したが、大きな絵面に変わりはない。上昇したのは、人民元。2001年のWTO加入前は0%だったが、2025年には9%となった。上昇したとはいえ、米国と肩を並べる中国の経済・貿易規模に比べると著しく小さい。しかもその取引の多くが香港と英国でなされており、上海では対国内顧客取引が大宗を占めて対外取引は極端に薄い。厳しい為替管理の影響だろう。人民元以外では、豪$、加$、香港$、シンガポール$のシェアも上昇した。前2者は国際分散投資の対象として、後2者は金融ハブ通貨として取引が膨らんだ。

地理的にみると、英国、米国、シンガポール、香港の4地域での取引が実に世界全体の75%を占める。日本とドイツはそれぞれ僅か3%、他の先進国や中国はそれ以下だ。中でもシンガポールは過去10年間でシェアを倍増させて12%にまでなっている。シンガポールは東京とほぼ同じ時間帯にあり、英語が通じやすい。さらに近年の情報通信技術の進歩によって、通貨発行国市場でなくてもその通貨の金融取引がしやすくなった。そうした環境のもとで人材確保という面で東京と比べると、高所得者の所得税率が低いシンガポールでは、同じ税引き後所得を高機能人材に保証するのに、東京の半分の税引き前報酬を支払えば済む。内外大手金融機関にとって年間数百億円の費用の節約は、シンガポールに拠点を移すに十分な誘因だ。そして今やシンガポールの外為取引額は全通貨で日本の4倍、円取引に限っても日本での額を14%上回るまでに拡大した。

金融に限らず他の分野でも、人材が集う国際的なハブに東京あるいは他の日本の都市がなるためには、税制面での負を補う大きな魅力がなければならない。


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