コラム 2025.06.06
トランプ政権発足後4ヶ月間、その政策展開に世界は驚いてきた。これまでの常識から逸脱した政策が目まぐるしく公表・実施されてきた。良くいえば、大胆かつ柔軟、悪くいえば、無節操。その経済政策に関して、見えないことが多いなかでも見えることもある。
まず、関税の大幅引き上げをうけての世界経済の行方。4月下旬IMFが、同月初までに公表された関税措置を前提とした世界経済見通しを発表した。世界経済、そして主要国・地域別にみても、成長は鈍化するが景気後退までには至らないとの見通しだ。これを中位として強弱幅広い見通しを多くの調査機関が出している。日本に限っても、2025・26年ともに潜在成長率を上回る成長率を予測するものから、ゼロ成長を予想するものまでみられる。これらについて本稿はこれ以上深入りしない。関税交渉が進行中の現在、その帰趨すら予想できないからだ。ただ、この不確実性故、戦略的投資などの企業行動が一時的にせよ宙ぶらりんになる可能性が高い。問題は、一時保留の後で埋め合わされるのか、長く停滞するかだ。
先行き不透明性が大きいなかでも、トランプ政権が製造業の復活にかける本気度は透けて見える。関税とともに補助金や規制緩和を手段とする産業政策が、AI、半導体、原子力、ロボテック、宇宙などの分野で展開されつつある。トランプ大統領は、原爆開発のマンハッタン計画や月面着陸のアポロ計画を引きながら、「今後アメリカ技術革新の黄金時代を招き入れる」といっている。そのためか、彼の嫌う前政権が策定したにもかかわらずCHIPS法(半導体産業強化法)が本稿執筆時点では継続している。これらの背後には、安全保障上不可欠な産業が米国内で空洞化していることへの危機感、そしてその裏側で中国の産業が高度化したことへの危機感があるとみられる。
確かに、中国はこの10年間で、2015年発表の中国製造2025の計画に沿って、労働集約的経済から技術集約的経済に変貌した。5G基地局の世界シェア60%、ソーラーパネル同80%、EV同60%などの最近の数字と、月面探査や車の自動運転、廉価AIモデルなどの事例がその成功を物語っている。そもそも中国製造2025は、2011年に発表されたドイツのIndustrie 4.0 に触発されたともいわれた。その欧州では昨年、Draghi 報告によって経済再生の方向性が明らかにされた。グローバリゼーションが加速した30年前に世界経済は大競争時代に突入したといわれたが、今や世界は市場競争から制度と組織面の競争を含む新たな局面を迎えたとみえる。
翻って日本では、車の自動運転以前に、カーナビですら無料のスマホアプリに性能が劣るシステムがいまだに車に標準装備されている。より一般的にいって、公共政策の観点からみて合理的と考えられる政策が、既得権者の反対ゆえに何年経っても実施されない例が少なからずある。世界で大競争時代が新たな局面を迎える今、そして日本で漸くデフレ脱却とともに民間にリスクへの挑戦機運が高まってきた今、国家レベルでも大胆かつ柔軟に政策の策定と執行ができるかに今後10年の日本経済がかかっている。当研究所では、その基礎となりうる実効性の高い公共政策の研究を進めている。