コラム  2024.12.06

インフレと金融市場:2025年経済の展望

堀井 昭成

2023年広島サミットに出席した首脳のうち、英日米のトップがこの順に舞台を降り、残る4人も、サミット直前に政権交代したイタリアを除き、低支持率のもとで政権運営に苦労している。政権不人気の背景として共通に指摘されているのが、欧米については移民対策、そして日本を含めてインフレだ。

インフレと失業がアメリカ経済を苦しめていた1980年代初頭、レーガン大統領は「インフレと失業のどちらがより問題か?」と問われて、インフレだと答えた。理由は、失業は一部の有権者を苦しめるが、インフレは有権者のほとんど全てを苦しめるというものだ。政治家の真骨頂というべきか、1981年に連邦職員の航空管制官が20%賃上げを要求してストライキを決行した時、レーガン大統領はスト参加者全員を解雇すると同時に軍の管制官を主要空港に配置した。当時インフレ制圧の金融政策を運営していたボルカーFRB議長は、後日私に「あれが効いた」と話した。

さて、アメリカではトランプ前大統領の復帰が決まった。その直後にあたる本稿執筆時点では、今後財政赤字が拡大して、インフレ圧力と名目金利上昇圧力とが強まるという予想が、所謂エコノミストの間で多い。そうだろうか?財政赤字拡大の最大の要因とされるのが2017年トランプ減税の延長だ。確かに時限減税が失効した場合に比べれば財政赤字が拡大するが、現在と比べてではない。しかも、トランプ氏およびその周辺は、バイデン・ハリス政権下で進められた地球温暖化対策やウクライナ支援などに係る財政支出を大幅に削減するとしている。そもそも前政権不人気の理由のひとつがインフレにあることが分かりながら、インフレを再燃させる財政政策を打つとは、筆者には考えにくい。減税をそのまま延期するか幾らか拡大延長する一方、財政支出は削減するとみるのが妥当ではないか?そうであれば、経済学の教科書的にいえば、乗数1でGDPを抑える方向に働く。そのもとでは、FRBの金利引下げが順調に進み、為替市場でドル高圧力が減衰する。さらにいえば、新政権下でシェールガス・オイルが増産されれば、これらの動きを後押しするはずだ。

新トランプ政権の政策が日本にもたらす悪影響を心配する声が、所謂外交専門家やエコノミストの間で強い。ひとつが関税の大幅引上げだ。しかし、ある世界貿易モデルのシミュレーションによると、対中60%・対その他10%関税賦課はアメリカと中国の経済成長を明確に押下げる一方、日本とASEANについては、サプライチェーン障害を通じるマイナス効果と米中貿易の代替によるプラス効果が相殺して、中立ないし若干の押上げ効果をもつと推計されている。

目下アメリカ経済は企業投資・個人消費の拡大を軸に着実な成長を続けている。その基本的背景は、それぞれAIなどの技術革新に基づく生産性の高い伸びと株価上昇による資産効果だ。この基調が崩れない限り、2025年も物価と雇用の安定化を伴う景気拡大が続くとみている。そして金融市場がこれと整合的に動くとともに、日本経済も乙巳(きのとみ)の年らしく「柔軟に発展していく」ものと期待している。


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