コラム  2022.12.08

エコノミストの名言あるいは迷言

堀井 昭成

 債券価格、株価、為替相場がこのところ大きく揺れている。欧米でのインフレ抑制のための金融引き締めが直接のきっかけだが、その背後で、コロナ禍、米中対立、ウクライナ戦争というショックをうけた世界経済が、頃来・今後の政策を織り込みながら、いかなる経路で新たな均衡点に向かうかを、市場が模索している。指針を与えるエコノミストの勝負時だ。

 筆者は長くその世界に身を置き、内外の多くのエコノミストと接してきた。彼らの発言の中から私の記憶に残るものを紹介したい。

 「エコノミストの要諦は、予想の際に数字を挙げないことだ。もし数字を挙げなければならないのなら、日付を入れるな!もし日付を入れさせられるのなら、聴衆が思い出せない程頻繁に予想を替えろ!」ニューヨークの民間金融機関のエコノミストが20年程前に公開の会議で言ったジョークだ。後に彼はある中央銀行の総裁になった。

 たしかに経済の予想は難しい。相場の予想はさらに難しい。比較静学分析によって、変化の方向を正しく示せても、何時どの程度の動きになるかを当てるのは至難の業だ。動学的に正確な予測ができるほどパラメーターが安定していないからだろう。予想外のことも起こる。

 1983R. MeeseK. Rogoffという2人の研究者がJournal of International Economics に出した論文では、為替相場の予測を色々な構造モデルで行っても、ランダム・ウォーク・モデルより良い結果は得られないというものだった。分単位や日単位について、この結論は以前からよく知られていたが、彼らは1か月から12か月先の相場について、説明変数に実績値を用いたとしても成立すると実証した。以後これを覆す論文を、筆者は寡聞にして知らない。相場予想を出す仕事をするエコノミストやアナリストの皆さんをからかうつもりは毛頭ない。変化の方向を正しく示すだけでも価値があると言いたい。この点に関して、別のエコノミストはこんなことを書いている。

 「予測があたるのは、book smart ではなくstreet smart な人達のだ。」ロンドンの著名なエコノミスト・投資家が10年程前にニューズレターで書いていた。

 筆者の経験則と一致する。Book smart 、つまり机上の勉強家の説明は一見理路整然としているのに、どういう訳か当たらない。一方、street smart、つまり実世界で巧みな人の予想が結果的に実現することが結構ある。ところが、彼らの説明を聞くと、事前はもとより事後的にも、理路非(!)整然で理解不能なことが少なくないから厄介だ。

 「エコノミストが転換点turning pointに関心が高い一方、市場は屈折点(あるいは変曲点)inflection pointに敏感だ。」2013年夏のいわゆるTaper Tantrum 時に当コラムでこう記した。

 市場は屈折点をみて先読みする。しかし、その延長線上で新しい均衡点が成立するとは限らない。2013年の場合、アメリカでは金融危機モードからの正常化、日本ではデフレ均衡からの脱却がともに明確化するにつれ市場も安定した。今回は、世界経済のパラダイムシフトが起こりつつあるもとでの展開だけに、世界経済も市場も簡単には新たな均衡点に収束しないかもしれない。当研究所ではstreet smart として、少なくとも方向性を正しく示すべく研究を深めてゆきたい。


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