コラム  2022.06.03

パラダイム・シフトの加速

堀井 昭成

「経済と社会のパラダイム・シフトは遠からず現実化するかもしれない」と本コラムで書いてから1 年、ウクライナ戦争はそのパラダイム・シフトを加速しているようだ。

まず、コロナ禍に伴いサプライ・チェーンが混乱し、企業経営のコストとリスクが高まった。過去30 年主流であったjust in time 経営からjust in case 経営への転換が始まった。同様にこの間経済の効率化を支えてきた物・人・金のグローバル化が、米中の地政学的対立によって阻害され始めた。さらに、欧米でポピュリズムが高まるなかでコロナ禍が発生すると、政治は市場経済への介入の度を強め、財政支出を大幅に拡大した。アメリカでは、金融政策ですらinclusive recovery を目指した。いずれも、経済の総需要総供給のバランスをインフレ方向にシフトさせた。

ウクライナ戦争は、これらの動きを加速している。戦争そのものに加えロシアに対する米欧日の経済制裁によって、物・人・金の国際的移動は大きく制限された。米中対立が主に工業製品の供給障害を生む一方、ウクライナ戦争は食料、化石燃料、木材といった天然資源の供給を大きく削減し、また、輸送、金融などのサービスも阻害している。そして、当該国と周辺国はもちろんのこと、各国で防衛支出が増えている。

DX に関しては、コロナ禍によって利用範囲と利用度が大きく拡がり、経済の生産性を向上させると期待された。しかし、サイバー攻撃のリスクがウクライナ戦争とともにより意識されるようになってきた。官民でその対抗策の強化が必要となるにつれ、経済のコストは増加する。

思い返してみるに、コロナ禍までの世界経済の低インフレ・持続的経済成長は、その30 年前に、冷戦終了とともに始まった。東西の壁が崩れ、中国経済が開放されるにつれ、世界経済のフロンティアが拡がり、より豊かな資源配分が可能となった。また、それまで防衛技術であったインターネットやGPSCG の民生利用が拡がり、技術革新を支えてきた。

この間欧米を中心に、所得・資産の格差拡大ないしは移民の増加に伴い、社会的軋轢が高まり人々の不満が蓄積していた。しかしその不満の発現は、2011 Occupy Wall Street2018gilets jaunes など散発するにとどまっていた。

デフレ期には、日本の失われた30 年の如く、アニマル・スピリッツの発現が乏しく不満が陰鬱としつつも社会の表面が安定している一方、インフレ期には人々の気持ちが躁になりがちで不満が動乱化することがある。2011 年のアラブの春も、当時の食料燃料物価高が誘因となった。世界経済のインフレ方向へのシフトが加速する今、社会的パラダイム・シフトも鮮明になるかもしれない。


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