コラム  2016.12.01

国民性と仮説検定

堀井 昭成

 海外から日本への観光客が急増している。おかげで日本にいながら異国人に接する機会が増えている。つれて、自身の海外旅行の経験とも併せて「○○人は××だ」と決めつける人や、「日本人は△△だ」と異国人に解説する人が増え始めた。


 何百年も異文化と接してきたイギリスには、民族性や国民性をネタにしたジョークが多い。いわゆるエスニック・ジョークだ。本誌面で書くのをためらうような危ういジョークも少なくないなかで、品という点でぎりぎり可といえそうなのが、世界で「最も幸せな男」と「最も不幸な男」に関するジョークだ。幸せ者は、アメリカ人の給料、中国人のコック、イギリス人の家、日本人の妻、スイス人の会計士、イタリア人の情婦を持つ男で、不幸者はひとつずつ、ずれた場合だ。何十年も前からある結構有名なジョークなので、聞かれた方も多いだろう。こういうジョークを見聞きしてにんまりと肯きながらも、そう決めつけていいのだろうかと思うこともある。以下は、これに関する私の失敗談。


 今から30年以上も前のこと、スイスにある国際機関で働き始めた。当時、街に日本人は珍しかった。職場でも、役職員300名の大半がヨーロッパ人で、非ヨーロッパは10名足らずのアメリカ人と私のみ。働き始めて数週間経ったランチのときに、イタリア人の同僚からこんなことを聞かれた:「日本人は皆、勤勉かつ集団志向が強い。お前の親元でも朝礼体操をやってるのだろう?」小生答えて曰く:「分かんないよ。だって、俺いつも会社に遅刻していたもん。」我が反省:日本人が勤勉であるという美しい誤解を壊してしまった!


 それから数年して、あるイギリス紳士が仲間に加わり、私は彼の知る数少ない日本人となった。ほどなくして、このイギリス人がこんなことを言い出した:「国民性は正直と嘘つきの物差しで測れる。物差しの一方の極に、ドイツ人とオランダ人がいる。かれらは、いつも本当のことしか言わない。信頼できるが退屈なやつらだ。この尺度の中ほどにイタリア人とアメリカ人がいる。面白い奴らだけど、言っていることが本当のときもあれば嘘のときもあるので信用できない。他方の極にイギリス人と日本人がいる。常に嘘をつくので、面白いうえに当てになる。」我が反省:日本人を嘘つきにしてしまった!


 この機会に弁明させてほしい。英英語には、表面的な意味と反対の意味合いを持つ表現が少なくない。例えば、天気が悪いときWhat a wonderful weather!といい、何か上手くいかないときHow nice!といったりするイギリス人が結構いる。当時私はそんな用法を真似ていただけなのに。ともあれ、エスニック・ジョークにはステレオタイプの危険がある。


 民族性や国民性を知るには、数多くの例を集めるしかない。これは、調査研究一般の要諦であろう。当研究所では、「一を聞いて十を知る」などと不遜なことを言わずに、幅広く事実を集めたうえで仮説を構築し、そしてさらに多くの事実によって仮説検定をしていきたい。




>

役員室から「堀井 昭成」その他のコラム

hourglass_empty