メディア掲載  2015.08.14

再稼働で原発政策の立て直しを

産経新聞に掲載(2015年8月12日付)
澤 昭裕

 8月11日、九州電力川内原子力発電所が再稼働した。東京電力福島第1原子力発電所の事故以来、順次全国の原発が停止してから約2年ぶりの稼働となる。川内原子力発電所自体では約4年ぶりだ。


≪「応急手当て」から脱却はかれ≫

 原発が動いていなくても、電気は足りているから原発は不要だという議論がある。まるで「高速道路を猛スピードで走っても、事故さえ起きなければシートベルトは要らない」と主張しているかのようだ。エネルギー政策の根幹である安定供給のためには、特定のエネルギー源が入手困難になっても、常に他のエネルギー源でバックアップできる態勢を維持しておかなければならない。

 原発が停止していても停電にならなくて済んでいる理由は、エネルギー政策の根幹であった「電源多様化」に成功してきたからだ。原子力というオプションが十分に回復していない現状で、他のエネルギー源の調達(輸入)に問題が生じた場合には、一挙に危機的状況になることは間違いない。深い切り傷に絆創膏(ばんそうこう)で応急手当てをしている状態からは、早急に脱却しなければならないのだ。

 第2に、原発の代替電源は短期的には化石燃料、特に稼働率に余裕があった天然ガスや石油火力しかなかったため、燃料の輸入増加で年間3兆円強の国外流出を余儀なくされている。消費税1%を増税したに等しく、国内総生産(GDP)を0・6%程度低下させる要因になる。その上、脱原発のためという理由で、固定価格買い取り制度によって再生可能エネルギーを大量に導入してきたため、消費者が支払う賦課金も1兆円を超えている。これではアベノミクスに必要な賃金上昇・消費活性化の好循環は達成できない。

 各電力会社はこれまで料金設定において、もっと早い時期に自社の原発が再稼働することを前提としているため、今後再稼働が続くにしても電気料金が下がるかどうかは保証されないが、少なくとも固定価格買い取り制度以外の主要な上昇要因は取り除かれる。


≪安全の本質的な考え方の説明を≫

 第3に、再稼働によって原発停止に起因する二酸化炭素排出の増大にストップがかかる。100万キロワットの原子炉を1基再稼働するだけで、(石油火力代替として)年間0・4%程度の排出削減がもたらされる。温暖化対策のために、オバマ米大統領は石炭火力規制を強化する一方で、原子力を推進する姿勢を示しているし、英国でも再生可能エネルギーと原子力をともに政府が支援していく方針を打ち出している。深刻化する温暖化の中で、原子力は依然として重要な選択肢として位置づけられているのだ。

 原発再稼働は、安全性の確保が前提だ。ところが、原子力安全規制に関する基本的な考え方が国民に浸透しているとはいえない。安全神話からの脱却、すなわちゼロリスクはないという前提に立ち、事故事象が生じる確率とその事象が生じた際の汚染などの影響を、総体として最小化するという考え方で、原子力規制委員会が新たな規制基準を策定し、事業者の安全対策がその基準に適合しているかどうかを審査する、というのが基本だ。

 したがって、新たな規制基準をクリアしても、事故のリスクはわずかながらでも残る。これが、規制委員長が「基準をクリアしても安全とはいえない」という趣旨だ。しかし、こうした片言隻句だけが浮遊してしまえば、正しい理解は得られない。規制委には、安全規制の考え方の本質を丁寧に説明していくことが求められる。


≪中長期的な議論に取りかかれ≫

 わずかながらも残るリスクは、発電所の現場におけるハード・ソフト両面での不断の安全対策の改善によって顕在化しないよう、また顕在化した場合にも適切に対応できるよう、事業者が継続的な取り組みを進めていく責任を負っているのだ。安全確保の第一義的責任は事業者にあることは、原子炉等規制法にも明確に規定されている。

 避難計画も完璧なものは存在しない。100%の備えができている計画しか認めないといった考え方もあるが、それではゼロリスクは達成できるという安全神話への逆戻りだ。70点でも80点でも、まず避難計画を立案して、定期的に訓練し、明らかになった問題点を継続的に改善していくというプロセス(いわゆるPDCAサイクル)が重要なのだ。

 原子力問題の真の焦点は、短期的な再稼働問題を越えて、新設やリプレース問題にある。日本のエネルギー安全保障に必須の選択肢として、国産化技術開発や人材育成に大規模な投資をしてきた。今後もそのレベルを維持するためには、技術や人材を磨く現場が国内に存在しなければならない。

 2年後にはエネルギー基本計画の見直しがある。使用済み燃料の再処理・再利用を軸とする核燃料サイクル政策をどう維持・修正するのか、研究開発体制はどう再構築するのかなどを、深く検討しておくことが再稼働後の課題だ。


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