コラム  2024.02.21

米国の選挙制度の現状について

小手川 大助

年末から燃え上がった日本での政治資金問題について米国の友人から質問を受けましたが、答えるにあたり、「安倍派が5年間でキックバックした金額が5億円(約300USドル)」と述べたところ、先方は金額が小さいことに驚き、「冗談でしょ!」、「日本の政治はそんなにお金がかからないの!」「米国の選挙に関係する金額は少なくともその千倍だ!」との声が上がったことに刺激されて、下記のように、米国の選挙の現状について調べてみました。以下、米国の専門家からの聞き取りに基づく報告です。

1. 序

過去50年間に米国の政治運動に関する資金調達を対象とする規制は大きな変化を遂げてきましたが、結果的には大統領選挙と議会選挙におけるお金の役割を大幅に増やすという結果になりました。このような動きは、ウォーターゲート事件の影響から、選挙資金に大きな制限を課し、四半期ごとの開示を義務付け、新法を執行するために連邦選挙委員会(FEC)を設立するという従来の努力に対し、大きな影を落としています。

転機となったのは2010年に、米国最高裁判所が「シチズンズ・ユナイテッド対FEC」の裁判で画期的な判決を下したことでした。 決定的に重要なのは、公式の選挙運動委員会とは別の資金であることを条件に、この判決により、スーパーPAC(政治活動委員会)が連邦政府機関の候補者の支援のために、無制限に資金を費やすことができる抜け穴が作られたことでした。

上記判決ではスーパーPACの献金者の開示を義務付けられましたが、その後の最高裁判所の判例により、非課税の公益団体(献金者の開示を義務付けられていない)がスーパーPACに資金を提供できることになりました。その結果、スーパーPACへの大口寄付者の身元を隠すことが可能になり、この手段は「ダークプール」と呼ばれるようになりました。この「ダークプール」のために、米国連邦選挙において、外国からの資金提供に対し法的規制を強制することは今や不可能となっています。

シチズンズ・ユナイテッドの判決後、大企業、富裕層、労働組合、その他の特別利益団体は、議会選挙や大統領選挙に巨額の資金を注ぎ込みました。例えば:

  • 2010年から2018年の間に、スーパーPAC29億ドル(約4300億円)のキャンペーン献金を提供しました。
  • 2018年には、スーパーPACの献金総額の78%がわずか100人の個人から寄せられました。
  • 2020年の選挙では、大統領、下院、上院の選挙運動に合計144億ドル(約21000億円)が費やされ、2016年の2倍の支出額と記録なりました。2018年の連邦中間選挙での総額は57億ドル(約8400億円)でした。

2. 背景と立法の歴史

合衆国憲法第1条第4項に基づき、州議会は連邦議会選挙の「時、場所、および方法」を決定する権限を与えられています。州が不公平な手続きを制定するのを防ぐために、憲法は連邦議会に州の規制を「作成または変更」する権限も与えています。

後者の規定に基づき、連邦議会は州に対する監視と制限を規定するいくつかの法律を可決してきました。

  • 国政選挙日の制定
  • 個別の下院選挙区の制定
  • 寄付の制限と必要な開示
  • 公共の場所での有権者登録へのアクセスの保証
  • 州に対し有権者登録の公開かつ正確な記録の維持を義務付け

しかし、企業や国が許可を与えた銀行が連邦政府の候補者を支援するために独立して支出を行うことについては、1907年のティルマン法がこれを禁じるまで、連邦選挙の資金調達に制限はありませんでした。セオドア・ルーズベルト大統領がこの法案に署名したのですが、これは、ニューヨークの銀行家や保険会社の幹部による自らの大統領選挙運動への多額の献金というスキャンダルを受けて行われました。

更に以下の制限が、連邦選挙の選挙資金について設けられました。

  • 1947年のタフト・ハートレー法により、労働組合や企業が連邦政府の候補者に献金を行うことを禁じました。

  • 1971年の連邦選挙運動法(FECA)により、連邦候補者が新聞、テレビ、ラジオ広告などのメディアに費やすことができる金額に制限が設けられました。また、個人が自分の連邦選挙運動に費やすことができる金額にも上限が設けられました(大統領と副大統領の候補者については、単一の広告市場で5万ドル以上を費やすことを禁止。上院議員の候補者は35,000ドル。下院議員候補は25,000ドル)FECAはまた、100ドル以上のすべての選挙献金の開示を義務付けました。

FECAの後、選挙支出の監督はいくつかの当局に委任されました。会計検査院が大統領選挙の支出を監督し、上院事務局の長官は上院選挙を監督し、下院事務局の書記官は下院選挙を監督しました。しかし、この監視システムは非効率的だったので、1974年に連邦議会は、すべての連邦選挙の監視を管理する独立した連邦選挙委員会(FEC)を設立する修正案を可決しました。

FECを創設する修正案は、ウォーターゲート事件とリチャード・ニクソン大統領の辞任を受けて可決されました。ウォーターゲートホテルへの侵入に加えて、議会調査の焦点は、ニクソンの親友のチャールズ・"ベベ"・レボゾによるニクソンの個人的な使用のために流用された違法な選挙献金の「裏金」でした。ある事例では、レボゾが億万長者のハワード・ヒューズから10万ドルの現金を受け取り、その資金の一部をニクソンの妻のためのダイヤモンドの購入とニクソン家の邸宅の改善に流用してたことが公にされました。

1976年に連邦最高裁判所は、連邦選挙の資金調達を根本的に変える一連の判決の最初のものを行いました。バックリー対ヴァレオ事件で、FECAの条項による、候補者の選挙運動への支出や、外部のグループや個人による支出の制限は、憲法修正第1条の言論の自由の憲法違反の侵害であると最高裁は裁定しました。これで、個人や団体はその献金が候補者の登録された選挙運動組織とは別のものである限り、連邦政府の公職の候補者の支援のために無制限に自由に支出できるようになりました。判決は開示要件を維持し、これが汚職に対する保証として機能すると単純にも主張したのです。

バックリー対ヴァレオ事件では、6人のFEC委員の任命プロセスも変更されました。当初、FECには下院の2人、上院の2人、大統領指名の2人の委員が選ばれていました。しかし、1976年の判決により、これらの委員は大統領の指名によって選ばれ、上院で承認されることになったのです。

2002年、州と連邦の選挙支出法の抜け穴を憂慮したジョン・マケイン上院議員とラス・ファインゴールド上院議員は、超党派の選挙運動改革法、別名「マケイン・ファインゴールド法」を提案しました。重要な変更点は以下の点でした。

  • 連邦政府のキャンペーンで「ソフトマネー」の使用を禁止する。連邦の選挙運動への資金提供を制限する連邦法はありましたが、多くの州では、州や地方の公職の候補者や州政党に対する企業や労働組合の献金を認めており、州の政党はこの「ソフトマネー」を連邦選挙に使う目的で共和党と民主党の全国委員会に渡すことが可能でした。

  • 個人が特定の連邦選挙の機会に特定の候補者に寄付できる金額を1,000ドルから4,000ドルに引き上げ。個人は、予備選挙のキャンペーン委員会に最大2,000ドルを寄付し、同じ候補者の本選のキャンペーン委員会にさらに2,000ドルを寄付できるようになりました。また、個人が寄付できる候補者の数にも制限はありませんでした。

しかし、バックリー判決と「ソフトマネー」の抜け穴に反発する上記の努力は短命に終わりました。その8年後、シチズンズ・ユナイテッド対FECの裁判で、最高裁は選挙資金の制限を明確に打ち切りました。この判決の理論的根拠は、連邦政府の選挙運動に対する企業の支出(引き続き制限されていた選挙運動委員会への直接的な献金を除いて)は「言論の自由」を構成し、「汚職や汚職の出現を生じさせなかった」というものでした。

言い換えれば、シチズンズ・ユナイテッド以後、個人であれ企業であれ、すべての選挙運動に関する支出は「言論の自由」を構成し、憲法で保護されることになりました。その結果、企業はその一般財源を独立した「選挙広報」に自由に使うことができました。

3. 4つの層:スーパーPACの時代

バックリーとシチズンズ・ユナイテッドの結果、企業、労働組合、富裕層の個人が連邦選挙に支出することに関するすべての制限が撤廃されることになりました。

シチズンズ・ユナイテッド以来、選挙運動支出の規制について4層のシステムが発展してきました。

  • 政治委員会 - 連邦政府の役職を求める候補者は、政治委員会を設立し、1,000ドルの寄付を始めて受け取ってから10日以内にFECに登録する必要があります。候補者の政治委員会は、すべての献金と支出について四半期ごとにFECに報告書を提出する必要があり、100ドル以上を拠出する個人については、名前、住所、雇用主、役職のリストが作成される必要があります。これらの要件を超えて、候補者は自分のキャンペーンに無制限で個人資金を提供することができ、無制限で募金活動(:プライベート募金イベント、公開コンサート、謝礼など)を行うことができます。キャンペーン後に未使用のままになっている資金は、将来の使用のために保持でき、資金を使用したり、寄付者に返還したりする必要はありません。

  • 政治活動委員会 - PACは、個々の候補者による承認が行われていない別個の組織です(一部は複数候補者のPACとして登録されています)PACは個人献金は年間最高5,000ドルを受け取ることができますが、組合や企業の財務から資金を受け取ることはできません。また、個々の連邦候補者に年間最大5,000ドル、党委員会に年間最大15,000ドルを寄付することができます。複数候補者のPACの場合、資金を拠出できる個々の候補者の数に制限はありません。企業と労働組合はPACを設立することが認められていますが、一般財源からの資金を使用することは禁止されています。企業はPACを設立して、役員や従業員から献金を集めることができます。組合は、会費の一部で賄われるPACを創設することができます。さらに、選出された公職者(現職および元職)は、他の連邦公職候補者にのみ寄付するリーダーシップPACを作成できます。本質的にこれが、献金者にとって政治的影響力の源泉になっています。

  • スーパーPAC - 前述のように、この組織はシチズンズ・ユナイテッドの判決を受けて出現しました。法律上は「独立支出委員会」と呼ばれ、スーパーPACは個人、企業、労働組合から無制限に献金を受けることが認められています。彼らは連邦の候補者や政党に直接献金することは禁じられていますが、候補者の支援を含む独自の選挙広告に無制限の金額を費やすことができます。スーパーPACの唯一の制限は、献金者を特定するレポートをFECに提出する必要があることです。

  • 非課税公益団体 - これらの組織は、IRS規則のセクション 501(c)4 および 501(c)6 に基づいて運営されており、献金が総支出の50%未満である限り、スーパーPACへの献金が許されています。このような非課税公益団体は献金者の身元を開示する必要はありません。それゆえ、これらの「公益団体」とスーパーPACの相互作用により、実際に膨大な「闇の資金」が連邦の選挙運動に注ぎ込まれ、寄付者の身元は公表されていないのです。


4. 法の執行についての課題

シチズンズ・ユナイテッド後のスーパーPACと「闇の資金プール」の出現により、腐敗防止法を執行するFECの限られた権限は無力となったため、執行上の大きな問題が生じました。

問題の核心は、「ダークプール」にアクセスできる色々なPAC、スーパーPACという複雑なキャンペーン委員会のシステムです。理解するのも困難だし、規制もほとんど不可能になっています。これまでFECは、政治委員会とスーパーPACの分離を強制することができませんでしたし、これらの団体は共同募金イベントの開催が制限されているにもかかわらず、しばしば共同でイベントを開催しています。実際、シチズンズ・ユナイテッド以来、FECは一度もキャンペーン委員会と違法に連携したスーパーPACに罰金を科したことはありません。

このように、キャンペーン資金は法律事務所やロビイストが運営する高度に技術的な領域となっています。平均的な市民、そして米国の選挙プロセスを見ている外国の観察者にとって、それは難解な規制や、連邦裁判所の判決、そしてずさんな執行が入り組んだ迷路となっています。

さらに現実的な問題として、FECは資金と人員が不足しており、その責任を効果的に果たしていませんし、フル稼働することもめったにありません。2017年以降、FECの委員は6人ではなく4人しかおらず、そのうち2人はすでに任期が満了した残留者です。これは、6年の任期が満了しても、大統領が指名して上院で承認すべき後任者が指名されなかったためです。

20198月にFEC副議長のマシュー・ピーターソンが辞任し、FECのコミッショナーが3人しかいなくなったことで、監督機能不全の極端な例が発生しました。違法な選挙活動に対する刑事告発を含め、あらゆる決定を下すには4人の委員が義務付けられているため、FECはすべての執行業務を停止しなければなりませんでした。3人のコミッショナーの下で唯一許された機能は、キャンペーンの義務的な提出書類の処理と公開でした。

FECが数カ月にわたって事実上閉鎖されたため、2016年のドナルド・トランプ氏とテッド・クルーズ氏の大統領選挙運動に協力したロンドンを拠点とするデータ企業、ケンブリッジ・アナリティカに対する調査を断念する決定が下されました。連邦法の下では、外国企業が連邦選挙運動を行うことは認められていませんが、数多くの文書と内部告発者の証言は、ケンブリッジ・アナリティカが両者の選挙運動の重要な側面を指揮していたことを示しています。したがって、FECの任命と執行措置の機能不全により、FEC規制の潜在的な違反に関する大規模な調査が道半ばにして終了することになりました。

5. 結論 (現在の制度について)

バックリーとシチズンズ・ユナイテッドの最高裁判決以来、米国連邦選挙における選挙資金の規制は事実上なくなってしまいました。その影響は重大です:

  • 下院と上院の現職議員は、立法作業に費やされるはずの時間の20%を資金調達に費やさなければなりません。さらに、連邦議会議員、大統領、副大統領は、連邦政府所有地での募金活動を行うことを禁じられていることから、選挙で選ばれた公務員は、しばしば選挙区に戻ったり、週末に募金イベントのためにワシントンの外に旅行したりすることが多く、更に業務への集中が妨げられています。

  • スーパーPACの時代には、広告やソーシャルメディアキャンペーンのための資金の役割が高まっているため、候補者はますます大口献金者に感謝しなければならない状況になっています。選挙資金を研究する団体「オープン・シークレット」がまとめたデータによれば、過去10年間で選挙資金は劇的に増加しています。

  • 選挙資金違反を監視する力が非常に限られているため、多くの違反行為は全く起訴されていません。FECの規則では、同じ政党の委員は3人までです。これは、3人の共和党員と3人の民主党員が常時務めていることを意味しています。しかし、すべての執行措置には42の多数決が必要なため、多くの違反は犯罪捜査のために司法省に付託されることはありません。


これらの要因の結果として、選挙資金法を執行する現在のシステムは破綻しています。これらの欠陥を是正し、米国の選挙制度に財政面での健全性を取り戻すには、3つの選択肢しかありません。

  • 問題を是正する法案が議会の両院を通過し大統領によって署名される。
  • 憲法修正が、連邦議会と州の4分の3(つまり、50州中38)によって批准され、連邦選挙のための公的資金の確立やその他の制限が行われる。
  • 連邦裁判所がシチズンズの判決を打ち消す。しかし、そのような地方裁判所や控訴裁判所の判決は最高裁に付託される可能性が高く、最高裁の保守派が多数派を占めている現状ではシチズンズ・ユナイテッド判決が覆される可能性は低い。

現在、党派的な政治情勢が激しくなっていることを考えますと、大規模な選挙資金スキャンダルや世論の激しい抗議がない限り、これらの可能性はどれも起こりそうにありません。

6. 米国選挙での支出の実績

2020年の選挙(大統領選挙、上院選挙、下院選挙)の支出総額は歴史上最高額の144億ドル(約21200億円)となりました。個別の部門の内訳は以下の通りです。

  • バイデン大統領は10億ドル(約1470億円)を集めた史上初の大統領候補でした。
  • ドナルド・トランプは77400万ドル(約1140億円)を集めましたが、少額(200ドル未満)の献金者からの献金額が史上最大でした。
  • 大統領選挙の候補者達が集めた資金の総額は57億ドル(約8400億円)でした。

上院と下院の選挙に関する献金額も記録を打ち立てました。

  • 下院435議席と上院の33議席の候補者達は総額87億ドル(約12800億円)の献金を集めました。
  • 歴史上最も費用がかかった上院選10のうち92020年の上院選で記録されました。ジョージア州上院議員選挙(両議席とも空席)と決選投票の費用は85000万ドル(約1250億円)で史上最高を記録しましたが、資金の多くは州外の献金者からでした。(なお、両選挙では民主党の候補者が勝利し、その結果民主党が上院で過半数を占めることになりました。)
  • 2020年の上院議員選挙の候補者の委員会による総支出は、

民主党候補者 11億ドル(約1600億円)

共和党候補者 7.52億ドル(約1105億円)

以上のように両党の候補者は一人当たり平均で2800万ドル(約41億円)を集めたことになります。

  • 2020年の下院議員選挙の候補者の委員会による総支出は、

民主党候補者 89800万ドル(約1320億円)

共和党候補者 76300万ドル(約1120億円)

以上のように両党の候補者は一人当たり平均で190万ドル(約2.8億円)を集めたことになります。

  • 2020年の選挙で二大政党、候補者の委員会、スーパーPACそして「ダークプール」による総支出額は史上最高だった。その内訳は、

民主党 84億ドル(約12300億円)

共和党 53億ドル(約7800億円)

残りは第3者が集めた7億ドル(約1000億円)

でした。

  • 献金者のうちで上位100人の億万長者の献金者の献金の殆ど全ては、個人寄付に金額制限を設けていないスーパーPACを通じ行われた。その額は16億ドル(2350億円)でした。なおスーパーPACによる献金の総額は33億ドル(約4850億円)でした。
  • 上院院内総務のミッチ・マコーネル(共和党)の上院リーダーシップ基金の調達額は29400万ドル(約432億円)であり、チャールズ・シューマー(民主党)の上院多数派PACの調達額は23000万ドル(約338億円)でした。
  • 2020年選挙の支出総額144億ドルは過去最高額だった2016年の選挙の際の2倍でした。

(上記のデータは全て、連邦選挙委員会(FEC)2024年の四半期報告に基づいています)


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