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9月8日から4日間、筆者はワシントンD.C.とボストンで米中関係に詳しい元政府高官、学者ら十数人の友人と面談した。
今回の訪米で最も印象に残った言葉がある。
「いまの米国の対中政策を見るには、『トランプ大統領vsトランプ政権』という構図を頭に入れておく必要がある」
ある元政府高官はそう説明した。
今回面談した元政府高官らの見立てでは、トランプ政権の主要閣僚のほとんどは対中強硬派である。その中でトランプ大統領だけが対中融和的な姿勢を示す場面があるという。
トランプ大統領の姿勢に納得できなくても、政権内では反論が難しい構図になっているという。
トランプ政権は、先端半導体などを対象とするバイデン政権時代の対中輸出規制の多くを維持している。一方、トランプ大統領の判断で一部規制を緩和するなど、政策には揺れもみられる。
むしろ、中国企業による米国内での自動車工場建設を容認する発言をしたほか、9月24日に予定されている米中首脳会談に中国企業の経営者らが同行する方向で調整が進むなど、経済交流を維持する動きもみられる。
トランプ大統領の現在の最大の関心事は中間選挙である。
9月7日のレーバーデーが過ぎて中間選挙キャンペーンは終盤を迎えているが、与党共和党は逆風を受けている。大きな要因の一つは物価高である。
それに加えて、トランプ政権によるイラン攻撃の影響でガソリン価格が上昇し、逆風は一段と強まっている。
今回面談した専門家らは、トランプ大統領がこの状況を少しでも改善するため、米中両国の良好な関係を中間選挙キャンペーンに活かしたいと考えていると見ている。
9月下旬の米中首脳会談も、主な目的は中間選挙に向けて米中関係の安定を演出することにあるというのが面談相手のほぼ一致した見方である。
ピュー・リサーチ・センターの2026年3月の調査によれば、中国に好意的な見方を示す米国人は27%となり、トランプ大統領就任前の2024年の16%に比べると増加した。
一方、71%は依然として中国に否定的な見方を示しているが、これも2024年の81%に比べて低下している。
米国民の中国に対する否定的な見方がやや弱まったのは米中関係改善を反映したものであると評価する中国専門家の指摘もある。ただし、別の国際政治の専門家は、それ以外の要因もあると見ている。
最近、米国はウクライナ戦争、イランとの戦争など国際紛争への関与を深めている。
多くの米国民はそうした状況を懸念しており、中国との対立激化によってさらなる武力衝突を招くことは避けてほしいと考えているのではないか、という見方である。
以上のような状況は中間選挙前に大きく変化する可能性は低い。
こうした米国側の対中姿勢に対して、中国側は米国との対立をなるべく避けたいというのが一貫した基本姿勢であると筆者は見ている。
5月のトランプ大統領訪中時に行われた首脳会談では、米中両国は米中関係を「建設的戦略安定関係」と位置づけることで一致した。これは米中関係の安定を重視する考え方である。
このため、中間選挙までは少なくとも米中双方が関係安定を重視する姿勢が続くと見られる。
では、この安定はいつまで続くのか。
ここから先になると、ワシントンで聞いた意見は急速にばらつき始めた。今回面談した多くの専門家が共通して警戒していたのは、中間選挙後である。
中間選挙後の見通しについて意見を求めると、現在とは異なり、米中関係が不安定化する可能性を指摘する回答が多かった。
今回面談したワシントンD.C.の有識者からは、中間選挙後に議会の党派力学が変化し、トランプ政権に対する議会の圧力が強まる可能性を指摘する声が多く聞かれた。
その場合、トランプ大統領の対中融和的な外交姿勢に対する議会からの批判が強まる可能性がある。
しかし、外交政策には大統領の方針が強く反映されるため、議会の圧力が強まっても対中政策の基本方針はそれほど大きく変わらない可能性があるというのが、今回面談したワシントンD.C.の中国専門家の見方だった。
ただし、外交分野に詳しい複数の元政府高官は、そうならないケースも想定していた。
仮に共和党が中間選挙で大幅に議席を失うことになれば、トランプ政権に対する議会の圧力が増大する一方、トランプ大統領の政治的影響力が低下する可能性がある。
加えて、議会でトランプ大統領や政権をめぐる各種の追及に多くの時間が割かれれば、政権にとって逆風が強まる可能性もあるとの指摘があった。
5月の首脳会談では、両国は中国が主催するAPEC(アジア太平洋経済協力)と米国が主催するG20(主要20カ国・地域)を相互に支持することを確認している。
ただ、米中関係が悪化した場合、トランプ大統領がAPEC首脳会議を欠席し、習近平主席がそれに対する反発としてG20首脳会議を欠席する可能性を指摘する元政府高官や中国専門家も複数いた。
トランプ大統領は以前からAPECのような多国間協議への関心が低いというのが、そうした見方の背景にある。
仮にそうした事態になれば、米中関係がさらに悪化する可能性がある。このように、中間選挙後の米中関係については予想が難しいとの見方が少なくない。
したがって、中間選挙後に議会とホワイトハウスの関係が変化すれば、現在の安定がそのまま続く保証はない。
この問題は日本にとって他人事ではない。
むしろ米中間で政策が揺れたとき、最も難しい対応を迫られる国の一つが日本である。
昨年11月の台湾有事に関する高市早苗首相の国会における発言を契機に、日中関係は大幅に悪化した。
中国国内の日本通の専門家は現状について、尖閣諸島をめぐる問題で対立が激化した2012~2013年当時に比べても、中国政府の姿勢ははるかに厳しいと憂慮している。
米国の中国専門家からも日中関係を懸念する声を聞いた。
現在のトランプ政権の対中政策方針の下では、日中関係の回復はいつも以上に難しいと見られている。ある日米中関係に詳しい元政府高官は、その理由について次のように説明した。
現在、トランプ大統領は米中関係の安定を重視している。このため、対中強硬姿勢を示す高市政権の方向性とは隔たりがある。
通常、日中関係が悪化した場合、米国政府が関係改善を促進する方向で中国側に働きかけることがある。しかし、現在のトランプ政権にはそうした動きが見られない。
これが高市政権にとって日中関係の改善に向かうことを難しくしている要因の一つだというのが、元政府高官の説明だった。
中間選挙後に米中関係が悪化し、米国が対中強硬姿勢を強める場合には、日本に対しても対中政策の一段の強化や、デカップリング政策での協調などを求める可能性があり、先行きの見通しは不透明である。
その場合、新たなリスクが日本企業に降りかかる可能性も懸念される。
本年に入って以降、半導体、AI関連産業向けの高度なハイテク部品などに対する需要が急増する中、技術力の高い日本企業に対する中国企業からの発注が急増している(注)。
(注)「中国で日本企業の業績が急改善、AI革命が生んだ『日本の技術』への旺盛な需要、中国市場から撤けば中国企業が自力で追いつく――現地の日本企業経営者が懸念する経済安保政策の落とし穴」(2026年8月寄稿)を参照。
中間選挙後に米中関係が悪化し、米国政府から対中デカップリング政策への協調圧力が強まり、日本政府の経済安全保障政策の強化によって日本企業から中国企業への供給が制限されれば、中国市場でのビジネスチャンスを失うことになる。
そうなれば中国企業による代替が進み、日本企業の競争力が早ければ2~3年以内に中国国内のみならずグローバル市場でも低下する結果を招くのではないかと、中国に詳しい日本企業の経営者は心配している。
日本の産業構造は米国と異なり、製造業の占めるウェイトが高い。中国は世界最大級の製造業集積と巨大な国内市場を併せ持つ。その結果、日本企業にとって中国市場の重要性は米国企業以上に高くなりやすい。
短期間でこの構造を大きく転換することは難しく、中長期的にも容易ではない。
GAFAに代表される米国が優位性を持つAI・IT関連産業、投資銀行、軍事産業などにおいて、日本企業が米国企業に追いつくのは極めて難しいためである。
米国は中国市場への依存度が日本ほど高くないため、対中デカップリング政策を実行する余地が日本より大きい。
一方、日本が同じ政策にそのまま追随すれば、日本経済が受ける影響は米国より大きくなる可能性がある。
日本では賃金、物価の上昇とともに、長期停滞に陥っていた経済が正常化し、徐々に活力を取り戻しつつある。
この回復過程を中長期的に持続するうえで、日本企業が優位性を持つ製造業分野の競争力強化と世界市場におけるシェア拡大は極めて重要である。
筆者は、そのためには単一国市場として世界最大の製造業集積を持つ中国で市場シェアを拡大することが重要だと考えている。
筆者はこれまで、「中国で負ければ世界で負ける」と繰り返し指摘してきた。今や多くのグローバル企業にとって、中国市場は世界市場での競争力を試される重要な市場の一つになっている。
こうした日本の置かれている状況を考慮すれば、米国の対中デカップリング政策への協調には限界がある。
その一方で、安全保障分野を中心にトランプ政権との良好な関係を維持することは、日本にとって極めて重要である。
安全保障分野での日米協力を堅持しながら、経済分野で日本の政策運営の自由度をいかに確保するか。これが日本の課題である。
今回面談した複数の元米国政府高官からは、トランプ政権内で高市首相の対米外交は高く評価されているとの声を聞いた。これは高市首相自身および日本政府関係者による対米外交努力によるものだと元高官は語った。
現在の外交努力を継続し、良好な日米関係を維持すれば、日本企業による中国ビジネスの拡大は米国政府の許容範囲に収まり得るため、高市政権がそれほど神経質になる必要はないというのが、上記の元政府高官の見方である。
この間、米国は欧州主要国、カナダ、韓国などとの間で様々な課題に直面している。
それでも日本としては、トランプ政権との良好な関係維持に配慮しつつ、そうした国々とも関係の維持・強化を図っていくのが望ましい方向であるというのが、元政府高官や日本に詳しい学者からのアドバイスだった。
日本の強みは経済力である。日本が国際的な地位を回復するには、日本経済を活性化し、日本の経済力に対する国際的な信頼を回復することが不可欠であると筆者は考える。
そのためには、中国をはじめ、東南アジア、欧州、南米、アフリカ、中東などにおいて日本企業が市場を開拓し、業績を伸ばし続けることが必要だ。
そうした長期的な日本経済の復活を見据えた全方位外交の展開こそ、日本が取るべき進路であると筆者は考える。
米中関係は今後も安定と対立の間を揺れ動くだろう。
そのたびに日本の政策や企業活動が大きく振り回されるのではなく、安全保障上守るべきものと、経済交流を維持すべき分野を日本自身が見極める。
トランプ政権との間で良好な日米関係を維持しつつ、全方位外交を推進して日本経済の再活性化を中長期的に実現する。この2つの目標には相互に緊張する面もあるが、筆者は両立が可能だと考えている。
これが今回のワシントンD.C.、ボストン訪問で、信頼できる友人たちとの議論を通じて筆者が得た、日本が取るべき政策指針である。