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2010年以降、コロナ禍の期間を除いて、3か月に1回中国を訪問しているが、毎回新たな発見がある。
今回は最初に7月中旬に武漢へ行き、そこから北京、上海を訪問した。
武漢で驚いたのは、武漢市駐在の日本人の激減である。武漢の投資環境に詳しい武漢駐在の日本人から、「コロナ前の2019年には約800~900人の駐在員とその家族を含む日本人がいたが最近は200人を割った」と聞いた。
武漢市周辺にはホンダや日産自動車の合弁工場が集積しており、サプライヤーも多い。
最近のホンダ、日産両社の中国国内販売の低下は深刻で、情報プラットフォーム「マークラインズ」によれば、2025年の年間販売台数は、ホンダが67.8万台で、2020年のピーク時の165.6万台から59%減少した。
日産の中国販売は、2018年の133.9万台から2025年には60.1万台へ減少し、ピーク比で55%減った。
特にホンダの中国販売は、2023年の124.5万台から2025年の67.8万台へ、2年間で46%減少した。
主な原因は中国企業が相次いで投入してきた新エネルギー車にシェアを奪われたことにある。
この2社の販売不振の影響で日系サプライヤーの仕事も減り、武漢周辺地域では事業規模を縮小する動きが見られる。これが武漢市駐在の日本人数激減の要因の一つといえる。
武漢市以外でも、北京や上海を含む中国各都市で、日本人駐在員や帯同家族の減少が指摘されている。その原因としては以下の点が指摘されている。
第1に、日本企業の業績悪化。
その背景は、中国経済の成長率低下、競合する中国企業の技術力および競争力の向上、日本企業本社経営層の中国事業に対する積極性の低下などである。
第2に、帯同家族の減少。
最近の日中関係の悪化を背景に、中国の反日感情が高まることを懸念する日本人が増えている。
その結果、家族自身の希望、あるいは親戚等の反対によって家族が中国について行かず、単身で駐在するケースが増えている。
第3に、日本企業のビジネスモデル変更に伴い、現地経営の中国人材への移行。
以前の日本企業の中国ビジネスは、中国内の日本企業向け生産・販売または日本向け輸出が中心だった。しかし、最近は中国国内市場(中国企業、中国人消費者)向け生産・販売が中心となっている。
このため、顧客開拓、製品開発はマーケットを熟知する中国人に委ねざるを得なくなっている。
IBM、コカ・コーラ、マイクロソフト、アップルなど日本で有名な外資系企業の日本法人では、経営陣がほとんど日本人である状況を考えれば、中国に進出した日本企業の現地法人経営陣が中国人に替わっているのは、日本企業の中国ビジネスが成熟した結果と考えられる。
このように中国各地の主要都市において駐在日本人数が減少すると、日本企業の関心も低下する傾向にある。それが大きなビジネスチャンスを失う一つの原因となっている。
武漢、成都、重慶、長沙、合肥といった内陸部主要都市に向かって中国の優良企業が沿海部地域からシフトしているにもかかわらず、日本企業の多くはその変化に気づいていない(注1)。
武漢市とその周辺地域では、ホンダ、日産という自動車産業の主力企業の業績が悪化しているにもかかわらず、武漢市(2025年末の常住人口1386万人)を中心とする湖北省全体(同5811万人)の本年上半期の工業生産は前年比+8.9%(全国同+5.4%)、固定資産投資は同+1.8%(同-5.7%)、うち製造業投資同+5.9%(同-1.2%)、消費財小売総額同+1.5%(同+1.3%)である。
これらの主要経済指標から明らかなように、武漢市を中心とする湖北省経済は、生産と投資で全国を大きく上回り、消費についても全国を上回る伸びを示している。
ホンダ、日産を中心とする日系自動車メーカーの事業が低迷する一方、湖北省では電子部品、ハイテク製造業が急拡大している。
NAND型フラッシュメモリー主力メーカーであるYMTC(長江存儲科技有限責任公司)のほか、半導体(武漢新芯集成電路製造有限公司)、光ファイバー(長飛光纖光纜股份有限公司)、光通信(烽火通信科技股份有限公司)、レーザー加工装置(華工科技産業股份有限公司)などの分野で中国を代表する有力企業が集積している。
これほどの有力企業が集積しているにもかかわらず、日本企業はこれらの企業との取引が少ないため、ホンダ、日産両社の業績不振が駐在日本人数に大きく影響している。
武漢市におけるこれらの半導体、ハイテク産業に早くから注目し、新たな取引先を開拓していれば、日本企業の武漢への関与をより厚く維持できた可能性がある。
武漢市以外の内陸部主要都市においてもこれと似たような傾向が見られており、日本企業の存在感が低下し続けている。
(注1)「中国経済5.2%成長の実態と、優秀な人材が沿海部を離れる背景~内陸部主導型経済発展への対応が遅れる日本企業」(JBpress2025年7月寄稿)を参照。
中国における日本企業のビジネスモデルが日本企業向けから中国企業向けに変化したのは必然的結果である。
2010年前後の中国経済の規模は日本経済とほぼ同じだった。しかし、IMF(国際通貨基金)の2026年4月版「世界経済見通し」の名目GDP(国内総生産)推計を米ドル換算で比較すると、中国経済の規模は日本の約5倍となっている。
加えて、中国市場ニーズは大幅に高付加価値化し、日本企業の高度な技術力をフルに発揮して生産する製品・サービスに対する需要が格段に増加した。
このため、現在の中国市場は多くの産業分野において米国・欧州での競争に匹敵する技術レベルが求められる市場となり、その市場規模は欧米に匹敵するか上回っている場合が多い。
だからこそ私はこのコラムで、「中国で勝てない企業は世界で勝てない」と繰り返し主張してきた。
その現実を踏まえて、日本企業は中国ビジネスモデルを転換し、日本企業向け中心のビジネスから中国企業または中国の消費者向けビジネスへと舵を切った。その結果、日本人駐在員は優秀な中国人に置き換わった。
それでも中国市場において中国企業や欧米企業と対等に渡り合える高い競争力を維持できている日本企業は少ない。
このままの状況が続けば、日本企業の競争力は相対的に低下し続け、日本本社の中国市場への関心は低下し、日本企業は世界で勝てない企業ばかりになっていく可能性がある。
ではどうすれば日本企業の競争力を回復することができるだろうか。
その一つのカギは、エリート層のワークライフバランスに対する考え方の修正ではないだろうか。
今回の出張期間中に、多くの日本企業の経営者、有識者とこのテーマについて議論した。
日米欧の先進国において、国内の平均的な技術力や競争力の企業では中国市場にチャレンジしても成功する可能性は低い。
中国市場で持続的に成長するには、少なくとも特定の製品、技術、サービスの分野で、グローバル水準の競争力を持つことが求められる。すなわち、シリコンバレーの米国企業や深圳のハイテク中国企業などと対等に渡り合える企業である。
そのような企業には、ハーバード大学、MIT(マサチューセッツ工科大学)、スタンフォード大学、カリフォルニア大学バークレー校など世界のトップランクの大学を卒業した高度な専門性を持つ若手人材が多い。
また、有名大学を卒業していなくても、30代が若手管理職として抜擢され、比較的大きな裁量を与えられている例がある。
そうした中国企業との競争に対応するには、現地市場を理解する若手に意思決定権を与え、迅速に製品開発や顧客開拓を進められる組織が必要である。そして問題は、現地で働く人材にどこまで裁量を認めるかにある。
日本企業の中には、成果主義を導入しながら、管理職の勤務時間や仕事の進め方について十分な裁量を与えていない企業も少なくない。
結果として、米国や中国の企業に比べ、高い専門性と意欲を持つ若手・中堅社員の自由度を制限し、のびのび働く自由を奪っている可能性がある。
一方、ドイツでは、労働時間や休息時間の管理が日本以上に厳格だと指摘されることがある。
最近、欧州内でドイツ企業の競争力低下が進んでおり、かつてのドイツ経済の強さは失われたと指摘する有識者の意見を耳にすることが増えている。
もちろんドイツ企業の相対的優位性が落ちてきたのには様々な理由があるが、今回意見を交わした一部の有識者からは、ドイツ企業では管理職を含む勤務時間管理が厳格であり、本人が希望しても柔軟に働きにくいことが、意思決定の速度に影響しているのではないかとの指摘も聞かれた。
労働時間の上限をなくせば成果が高まるとは限らないものの、成果への責任と健康確保を前提に、本人が仕事の時間や進め方を選べる裁量を広げることは、意欲と能力を引き出す一つの方法になる。
シリコンバレーにある有力企業のエリート管理職の中には、仕事と生活を明確に切り分けるのではなく、両者を一体として設計する「ワーク・ライフ・インテグレーション」に近い働き方を選ぶ人も多い。
重要なのは仕事量の多寡だけではなく、本人が働き方を選び、仕事と休養を自律的に管理できるかどうかである。
世界のトップエリートは多くの場合、このようなスタイルで働いている。こうした裁量の大きさが、高い能力を発揮しやすい環境の一要素になっている可能性がある。
もちろん、日本人にもそういう事例はある。
パリで高い評価を得ている日本人シェフやパティシエ、ノーベル賞の候補になり得るような優れた科学者、日夜最先端の技術を学んで応用する世界的な権威である医師など、数え上げればきりがない。
どの分野でも、グローバルな競争で勝ち抜くトップエリートは働き方の自由度が高い場合が多く、ワークライフバランスをしっかりと自己管理しているようにみえる。
どれだけ働きたいかは個人差が大きい。ワークライフバランスを重視する若者の数は以前に比べて大幅に増加している。それでも、もっと自由に働きたいと考えている若者も大勢いる。
そうした高い意欲を持つ優秀な若者がのびのびと実力を発揮し、世界のトップエリートが競う場に自由にチャレンジできるようにすることが日本企業の競争力復活の道ではないだろうか。
今回の中国出張で意見を交わした日本企業の経営者や有識者の間では、こうした方向性を支持する意見が多かった。
そのためにも、そうしたチャレンジを希望する優秀な日本人の若者がいれば、管理職の裁量幅が大きい中国や米国に行かせて、自由に働くチャンスを与えるのは一つの方法である。
もちろん、ワークライフバランスを重視する人々に残業を強要するべきではない。そうした上司の理不尽な要求に対しては、部下がきちんと拒否できる制度的担保を確保することも重要である。
その制度設計が前提にあれば、高い意欲と能力を持つ若者が、自分に適した労働時間とライフスタイルを選択して、のびのびと自分の実力を発揮することが可能となる。
日本企業の経営者の多くが早急にそうした方向に経営の舵を切ることを期待したい。