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日本人は勤勉であり、仕事も丁寧である。
筆者は米国、欧州、中国などに出張する機会が多いが、空港、ホテル、スーパー、レストランなど、様々な場所で、諸外国に比べて日本のサービス水準の高さを実感する。
タクシーに乗れば、各国の運転手の方々から故障しにくい日本車のすばらしさを賞賛する声を聞くことも多い。
しかし、同時に海外の有識者、ビジネスパーソンから日本企業に関するネガティブな指摘を受けることも少なくない。
それは日本企業の意思決定の遅さ、市場ニーズの緻密な分析に基づくマーケティング能力の低さ、先端デジタル技術分野において米中両国に比べて劣位にあることなどである。
その背景には、高度人材の不足や活用不足があると思われる。
欧米および中国企業では米国・欧州等の一流大学で博士号を取得し、専門分野で高い知見を持つ高度人材の活用を重視している。
しかし、日本でそうした人材を積極的に幹部層に登用している企業は十分とは言い難い。
この点は米国、欧州、中国等の有識者やビジネスパーソンから頻繁に指摘されるため、海外駐在経験が長い日本人の多くはこの問題を認識しているはずである。
しかし、なぜか依然として本社経営層の共通認識になっていない。このため、この重要な問題が改善されないままずっと放置されて現在に至っている。
日本人ビジネスパーソンは一般的に仕事に対する責任感が強く、仕事ぶりが真面目で丁寧、サービスもきめ細やかである。
このため、小売業、飲食業、製造業などではその強みを活かして、高い競争力を示している企業が多い。
その一方、海外市場での市場開拓においては、日本本社経営層の意思決定の遅さやマーケティング戦略の不備が原因で海外競合メーカーに劣後することが頻繁にある。
それは、市場ニーズの的確な把握や相手国政府の政策運営に関する十分な情報収集ができていないうえ、研究開発部門とマーケティング部門との緊密な連携が不足していることなどによる。
その結果、現地市場のニーズに合わせた的確な製品開発ができていないうえ、問題を引き起こしている要因分析もできていないケースが多い。
その結果、AI、クラウド、デジタルプラットフォームなどの分野では、米中の主要企業に大きく水をあけられ、半導体でも材料・製造装置には強みが残る一方、先端ロジックや設計プラットフォームでは課題が大きい。
これらの問題の要因の一つは、日本企業の高度人材不足にある。
一部の日本企業では進出先の優秀な外国人を採用して、市場ニーズの分析、それに基づく迅速な研究開発、政府の政策運営に関する情報収集のためのロビイングなどを積極的に行っている企業もあるが、まだごく一部の限られた企業にとどまっている。
この問題は欧米諸国での駐在経験の長い日本企業の幹部が長く認識していた課題である。
最近は中国における国内市場ニーズの高度化や中国企業の競争力強化を背景に、中国に進出している日本企業がその課題解決の必要性を認識し始めている。
そのために必要な意識は、「In China、For China」と表現される。
中国人幹部の活用による中国市場ニーズにフォーカスした経営スタイルへの移行である。これを私なりに整理すれば、主に以下の3つに集約される。
第1は、安全性、耐久性など顧客が求める製品スペックを正確に把握し、それを大幅に超える過剰スペックを抑制してコストを下げるチャイナ・コスト。
第2は、迅速な市場ニーズの変化に合わせてマーケティング戦略や研究開発を短期間で練り上げて続々と製品開発の成果を出すチャイナ・スピード。
第3は、デジタル経済の申し子のような中国の若い世代等が好む新たなライフスタイルのニーズに合わせて製品を開発するチャイナ・スタイルである。
中国でこうしたマーケティング戦略の高度化の必要性が強く認識され始めたのは比較的最近のことである。しかし、欧米諸国に進出していた日本企業ははるか以前からこの問題を認識していた。
日本企業が円高と米国との貿易摩擦の激化を背景に、日本で生産して輸出する基本戦略を抜本的に転換し、海外現地生産を前提とする直接投資重視方針に本格的に移行したのは主に1990年代以降である。
この当時の日本経済は現在の中国経済と重なる点が多い。
その頃は日本企業も人材育成に熱心だったため、多くの若手社員を欧米有名大学に派遣し、MBAの資格を取得させ、企業経営の高度化に活用しようとした。
しかし、その動きはバブル経済崩壊後の企業の業績悪化、設備投資・雇用・資金調達の縮小の流れの中で後退した。
当時よく耳にしたのは、MBAを取得した人材は頭でっかちで現場の実態がよく分からず、生意気なことを言うが、実際の仕事の役には立たないといった評価である。
また、型にはまったMBA教育が実際の経営を改善する効果が乏しいという指摘は欧米企業においてもあった。
しかし、そもそも高度の専門的知識によって様々な情報を的確に分析し、経営や技術の改善に役立てるという方針自体が間違っているわけではない。
大学院で学んだMBA等の専門知識をベースに、自分なりの学識と経験をそれに加味して立派な経営を組み立てる経営者も多く存在した。
当時の若手社員は米国・欧州に留学してMBA等の学位を取得しても、実際の企業経営の現場において、彼らが学んだ高度な専門知識を自分自身で実践する機会を与えられることは少なかった。
もしそうした機会が頻繁に与えられていれば、その専門知識の限界を認識し、新たな解決策を考えて実践することを通じて、優秀な高度人材の社員が多く育ち、日本企業の経営も高度化していたはずである。
MBAに限らず、理科系を含めた様々な専門分野の優秀な専門家は国内外で信頼できる仲間同士のネットワークを持っている。
そのネットワークに入ることができると、最先端の情報に関する意見交換を通じて常にグローバルレベルでの高度な問題認識にアクセスできる。
さらには、具体的な経営課題に直面した時に、そのための対応策について有益なアドバイスを得られるほか、親身にサポートしてくれる優秀な人物を紹介してもらえることも多い。
欧米社会においては、企業人、学者、政府関係者などが、そうした信頼できるネットワークを活用しながら各分野での大きな成果を生み出していることを実感する。
そうしたネットワークに入るためには、特定の専門分野における高度な知見、新たな視点からの創造的な提案力、相手の意見を尊重して建設的な意見交換を継続する人間性などが重要な要素である。
こうした点は、グローバルなネットワークに限らず、国内でも同じことが当てはまる。それをグローバルレベルで実行すれば、より有益な情報と人脈が得られるのである。
そのための前提は海外の優秀な人材と頻繁にコミュニケーションすることである。
海外留学あるいは長期海外駐在した人材を適材適所で活用し、海外で得た専門知識等を活かせるグローバルな活躍の場を与えていれば、海外の優秀な人物と連携する有益なネットワークが多くできていたと考えられる。
では、どうして大半の日本企業においてそれが実行に移されなかったのか。それは経営層の人材の質に原因があるように思われる。
1990年代以降、日本企業の海外進出が本格化する中、留学経験の有無に関係なく、長期にわたる海外現地駐在で自己研鑽の努力を重ね、多くの優秀な外国人材との信頼関係のネットワークを持ち、日本企業の経営高度化に大きく貢献した経営者は多い。
それにもかかわらず、そうした人材を組織的に育成し続ける人材育成システム、あるいは高度人材を社外から積極的に採用して経営に生かす組織運営を実践している日本企業は少ない。
その原因は、人材の採用の仕方や組織内での評価に関する判断基準に問題があると考えられる。
人事部門や経営層において、海外留学や長期海外駐在を経験した人材が必ずしも多くない企業では、グローバル高度人材の価値を適切に評価する仕組みが十分に整っていない場合がある。
さらには、グローバルな高度人材を評価する能力を備えた人材に委ねて、企業内の人事評価システムを抜本的に改善する努力を継続していない。
そうした人事評価の改革が組織内における自分自身の評価を低下させると考えている人々が改革に抵抗している可能性もある。
1990年代以降、企業経営や経済取引のみならず、政策運営、学術研究など、すべての分野においてグローバル化が加速し、海外ネットワークを活用する重要性が格段に高まった。
それに伴って必要とされる人材の質も変化した。
積極的にグローバルネットワークを活用する人材が各分野で目覚ましい業績を上げる時代に入った。それは野球やサッカーなど、スポーツの世界でも顕著である。
米国のMLBではイチロー、松井秀喜に続いて、大谷翔平、山本由伸、ダルビッシュ有など多くの選手が米国を目指して能力を高め、MLBで目覚ましい活躍を示している。
サッカーの分野でも欧州で活躍する選手層の厚さがワールドカップ日本代表の高い評価につながっている。
フィギュアスケート、スノーボード、卓球などにおいても世界で目覚ましい活躍を挙げている日本人アスリートは練習を含めて活動範囲はグローバルである。
もちろん、スポーツと企業経営を単純に同一視はできない。しかし、世界最高水準の環境に身を置き、そこで得た知見や人脈を国内に還流させるという点では、企業人材にも通じる教訓がある。
必要とされる人材の質が変化したにもかかわらず、それにふさわしい人材を評価し、抜擢する仕組みが不十分であること、これが日本企業の構造欠陥である。
この問題は古くて新しい問題である。
明治維新当時の人材登用について、西郷隆盛が残した言葉が西郷南洲遺訓の中で示されている。
「いかにも心を公平に操り、正道を踏み、広く賢人を選挙し、能くその職に任ふる人を挙げて政柄を執らしむるは、すなわち天意也」
<組織の幹部の人事を行う時には、自らの心が公平であることを自問し、組織のあるべき姿をよく考え、広く優秀な人材を探し、適材適所の人事を行って重要な仕事を任せるのは天意に沿う(企業および社会全体のためになる)ものである(筆者訳)>
この点は明治維新当時の日本政府でも必ずしも徹底されていなかったため、重要課題として認識されていたと考えられる。
西郷はさらに、自分より優秀な人材がいれば、すぐに自分の地位を与えて、大いに活用せよとも述べている。これは私利私欲、私心がない誠実な人間だけがなせることである
これが人材登用のあるべき姿である。
グローバル化が大幅に進展した現在、その人材登用改善の必要性はますます明らかである。
それには社内の人事評価基準を見直し、真に必要とされる高度人材を適材適所に配置して、経営の高度化、企業の競争力強化に活用することが求められる。
日本企業の経営層は、この現実を直視して、人材登用の基本に立ち返り、的確なグローバル人材を育成、活用する、あるいは中途採用することによって、組織の人材レベルを引き上げ、日本企業と日本経済の持続的な発展につなげることを期待したい。