外交・安全保障グループ 公式ブログ

キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。

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2024年4月10日(水)

デュポン・サークル便り(4月9日)

[ デュポン・サークル便り ]


ワシントンの桜は、特にソメイヨシノは既に葉桜になってしまっている木もちらほら。しかも、これを書いている8日は、午後2~4時まで日蝕が見られるということで、アメリカでは、学校が半ドンになってしまうところも少なくありません。日本はこの週末、多くの地域で桜が満開宣言になったようですが、皆様、いかがお過ごしでしょうか。

今週のワシントンは、「岸田総理訪米ウィーク」。国賓待遇で公式訪米する岸田総理は、10日朝の歓迎式典、午後の日米首脳会談、翌11日には日米比首脳会談と、連邦議会合同本会議での演説・・と次々と日程をこなし、そのあと、ノースカロライナ州に電気自動車(EV)バッテリー工場の視察、とあわただしい日程になります。既に日本でも、首脳会談で予想される成果として、日米防衛産業協力のための政府間対話枠組みの設置、米軍と自衛隊の指揮統制(C2)の在り方の見直し、GXでの協力・・・など、盛沢山な内容が報道されています。よく考えてみれば、日本の総理による公式訪米は、安倍総理(当時)が2015年にオバマ大統領(当時)の招待でワシントンを公式訪米して以来、なんと9年ぶりですから、無理もありません。

ですが、ワシントンでは「総理訪米」で盛り上がっているのはほんの一部。せっかく日米首脳会談があるというのに、対日政策についてアメリカで話題になっているのは、日本製鉄によるUSスティール買収案件について、複数の上院議員が、日本製鉄の中国企業との関係を問題視、バイデン政権に対して精査を求めている、というニュースです。この件については、3月15日という最悪のタイミングで、バイデン大統領も、「USスティールはアメリカの企業であり続けるべきだ」と公言し、日本製鉄による買収に反対しているような雰囲気をブンブンさせる発言をしてしまっているから、さあ大変。ほかにも、せっかく、記事の題名に「日米首脳会談後、共同声明を予定」と書いてあるから期待して読んでみたら、最近「高齢不安説」でほとんど記者会見をやらないバイデン大統領が岸田総理との首脳会談後に共同会談やるそうです、これはとてもレアです!という内容の報道でガックリ・・なんてこともありました。

それよりワシントンで先週から大きな問題になっているのはイスラエル・ハマス紛争。というのも、先週、イスラエル軍が、ワシントンで、というよりアメリカで最も有名なシェフの一人であるホセ・アンドレス氏が主宰する非営利団体「ワールド・セントラル・キッチン」の職員が、パレスチナ住民が避難している地区に食料を届けようとしているところで誤爆され、アメリカ人、オーストラリア人など計7名の職員が死亡するというとんでもない事件が起こってしまったからです。

ホセ・アンドレス氏は、アメリカに数多くいる超有名シェフの中でも、ワシントンでは特別な存在です。ニューヨークのスペイン料理屋で修行したあと、1993年にワシントンで彼が開いた「ハレオ(Jaleo)」で、それまで「スペイン料理=パエリア」ぐらいの認識しかなかったワシントン住人に「サングリアやワインを飲みながらタパスをつまんで楽しむ」というコンセプトを初めて紹介。「ハレオ」が「予約の取りにくい店」になると、ワシントン市内で「オヤメル」「ザイティニヤ」「カフェ・アトランティコ」といった、異なる価格帯やコンセプトのスペイン料理のレストランも次々と開業しました。今では、スペイン料理以外のレストランが「タパス風メニュー」と謳って小皿料理を出すようになっているほどです。また、彼がワシントンでレストランを展開し始めたことをきっかけに、アメリカ中の有名シェフが次々とワシントンでレストランを開業するようになりました。つまり彼は、ワシントンのレストラン事情を激変させた「ワシントンのグルメの元祖」といっても過言ではないのです。

そんなアンドレス氏が主宰する非営利団体から死者を伴う犠牲者が出てしまったこと、さらに犠牲者の中にアメリカ人が含まれていたことで、イスラエルを見るワシントンの目が一変、バイデン政権だけではなく、議会のネタニヤフ政権の現在の方針に対する見方も打って変わって厳しいものとなりました。事件発生から1週間たった今も、ローカルニュースはこの事件の関連報道で一杯です。

これがワシントンの現実なのでしょうか・・

(了) 


辰巳 由紀  キヤノングローバル戦略研究所主任研究員