コラム  国際交流  2024.02.07

『東京=ケンブリッジ・ガゼット:グローバル戦略編』 第178号 (2024年2月)

小誌は大量の資料を網羅的かつ詳細に報告するものではない—筆者が接した情報や文献を①マクロ経済、②資源・エネルギー、環境、③外交・安全保障の分野に関し整理したものである。紙面や時間の制約に加えて筆者の限られた能力という問題は有るが、小誌が少しでも役立つことを心から願っている。

科学技術・イノベーション

新年早々、訪日した海外の友人達と共に見通し難い内外情勢について意見交換を行った。

弊所に以前約半年間滞在したHarvard行政大学院(HKS)の中国専門家であるアンソニー・セイチ教授や一橋大学での集中講義のため訪日したジェイ・ローゼンガード氏等と、the Harvard-MIT complexの現況や米中間の知的交流の状況を聞いた。

彼等からは、地政学リスクで生じた半導体のglobal supply chainsの変化に関する国際共同研究、そしてHKSと関係の深い中国人民銀行(PBoC)の潘功胜総裁や次期Singapore首相として期待されるローレンス・ウォン(黄循财)副首相等に関する情報を聞く事が出来た。

中国の不動産不況や個人消費の低迷、更には台湾問題等に関し、多様な情報channelを有するHKSの人々からの情報は非常に参考になる。特に今回は、中国の金融制度に関し、潘功胜総裁の政治的地位—例えば“中央金融工作会议”や“金融高质量发展专题研讨班”との関係—、そしてグラアム・アリソン教授等安全保障関係の専門家の意見が詳しく聞けた事を喜んでいる。

今回は年末年始、筆者が私事に忙殺されたため、中国語が堪能な日本銀行出身のHKS日本人フェロー—福本智之・東善明両氏—のみに声をかけて議論した。次回のセイチ教授の訪日時には以前のように多くの日本人フェローを招き、情報交換を楽しみたいと思っている。

中東での悲劇が世界中に対立と憎悪をもたらしている。超大国米国も単独では到底制御出来ない状況だ。

Globalizationの深化は、表面上あずかり知らない地域の出来事であっても、我々の生活に直接、しかも瞬時に影響を与える。

中東での悲劇が拡大する中、紅海の航行が難しくなっている。英国の海運コンサルタント会社ドゥルーリー(Drewry)が公表するコンテナ運賃の総合指標(WCI)は急上昇した—1月24日にUS$3,964 per 40ftを記録。新型コロナ危機前の2019年の平均(US$1,420)より179%上昇を記録。

米中間のa slow decouplingにより、中東地帯の緊張以前からglobal supply chainsは“伸びて(elongated)”いた。中国の対米輸出が、東南アジアやメキシコを迂回する形へと変化しつつあるのだ。これに関し例えば国際決済銀行(BIS)の資料を参照されたい(“Mapping the Realignment of Global Value Chains,” Oct. 2023)。国際秩序がみだれてゆく中で発現したelongated supply chainsは、中東での緊張関係で一段と混乱しそうだ。

近年の急速な技術進歩によって、政治経済社会が全面的な“大転換(great transformation)”が生じている。

中東やウクライナでの悲劇で注目すべきはドローンの急速な発達だ。Googleの元CEOであるエリック・シュミット氏は、AIに加え、dronesについても小論を公表し(次の2参照)、幾つかの組織を設立している。周知の通り、AIやRobotは軍民両用技術(DUT)としてグローバルな形で競争と囲い込みが進展している。シュミット氏率いるthink tank (Special Competitive Studies Project (SCSP))は、英国のthink tank (RUSI)と共同研究を2022年から始め、先月18日に中露を睨んだ軍用技術に関する報告書を発表した。また直前の11日、米国防総省(DoD)も国防産業戦略に関する報告書を発表している(それぞれ、“Leveraging Human-Machine Teaming”と“National Defense Industrial Strategy,” 次の2及びp. 4の図1参照)。報告書は“AI活用の技術革新(AI-enabled innovation)”や“頑強・柔軟な(軍事)産業基盤(robust and resilient (defense) industrial base)”を念頭に論じている。

小誌前号で筆者の主要関心事がinnovationを念頭にした組織・制度である事を伝えた。筆者は日頃、シュンペーター先生の有名な言葉を引用している—「新たな均衡点は古い均衡点からの微分的な歩みによっては到達し得ない。好きなだけ郵便馬車を連続的に加えても、鉄道を得る事は決して出来ない(the new one [equilibrium] cannot be reached from the old one by infinitesimal steps. Add successively as many mail coaches as you please, you will never get a railway thereby)」、と。また日本人は真面目だが郵便馬車を洗練する事に専心するばかりで、残念ながら新機軸の鉄道は未だ生み出していない。旧式のfloppy diskを利用した業務では、新時代のAI-enabled innovationは出来ないのだ、と述べている(次の2を参照)。これに関し、OECDは昨年10月、日本の資本集約度が相対的に高い一方で、全要素生産性が相対的に低い事を分析した報告書を発表した(p. 4の図2参照)。換言すれば、日本は現在の制度・組織の経済効率を再考すべきであり、同時に時代に即したinnovative ecosystemsを創出すべきなのだ。

Great digital transformation以前、多くの日本の製品・サービスは素晴らしかった。だが、たとえ洗練された製品・サービスでも、時代に適応し続けなければ生存は不可能だ。昨年の英国出張の際、機中でカナダ映画—Blackberry—を観た。1999年に発売された携帯端末のBlackberryはiPhoneが2007年に出現するまでは時代に受け入れられた優れた製品で、圧倒的なシェア(全米で約4割)を誇っていた。だが、更に洗練されたproduct designのiPhoneが登場すると、主要市場からの退出を余儀なくされてしまった。経済環境の激変に気付かなかった日本の電機産業も、同じ様に戦略的転換に遅れをとったために停滞を迎えているのだ。そして筆者は日頃「江戸時代の“根付”はBritish Museumに展示されている。昭和時代の“Walkman”はVictoria & Albert Museumに展示されている。そして今、将来海外の博物館に展示される日本のinnovativeなモノは何になるのか、残念だが未だボクは思いつかない」と語っている。

米中が競い合ってgreat digital transformationに取り組む中、日本は如何なる対応が出来るのか。これに関する資金・人材・組織について日米の間に横たわる彼我の違いを巡り内外の友人達と議論している。米国連邦議会調査局(CRS)が、1月8日、昨年9月終了の2023年度DoD関連歳出額の詳細を公表した(次の2参照)。これに依れば米軍全体のR&D歳出額は1,398億ドル。また我が国の航空自衛隊(JAFDF)も協力している空軍の“次世代航空支配(Next-Generation Air Dominance (NGAD))”計画の予算は17億ドルだ。彼我の差は余りにも大きい。

平和と繁栄が世界に戻る日がいつ来るのか? 次世代に対する我々の責任は? 言葉だけでなく行動は?

元旦の能登半島地震は我々人類の力の限界をまざまざと見せつけた。またウクライナや中東では、「憎悪の悪循環(vicious cycle of hatred)」に歯止めがかからない。人類は防災対策と同時に国際秩序の安定化に関し、単なる議論だけでなく大胆なる行動をとるべき時を迎えているのだ。

筆者は或るパレスチナ人医師の本を再読している—I Shall Not Hate: A Gaza Doctor's Journey on the Road to Peace and Human Dignity (邦訳: 『それでも、私は憎まない』)。著者(Izzeldin Abuelaish)は、ガザの難民キャンプで生まれた後、カイロ、ロンドン、ミラノ、ブリュッセルで医学を学び、Harvard公衆衛生大学院(HSPH)で医療関連政策及び管理学を学んだ人だ。パレスチナ人だが優れた医師としてイスラエルの病院に勤務していた2009年、ガザに在る自宅がイスラエル軍の砲撃で3人の娘と姪を失った。この悲劇の後、彼はトロント大学に移っているが、今次Israel-Hamas War勃発直後、Talk TVのピアーズ・モーガン氏司会の番組に出演している。彼は今次戦争で親族を22人失ったとして一人ずつ亡くなった人の写真を見せて語り始めた。YouTubeで観ていた筆者は途中から観る事が出来なくなってしまった。彼の本の中には、2009年に亡くなった娘(長女)が、生前に語った言葉が記されているが、それを読み直している—“To meet terrorism with terrorism or violence with violence doesn’t solve anything”、と。

全文を読む

『東京=ケンブリッジ・ガゼット:グローバル戦略編』 第178号 (2024年2月)