外交・安全保障グループ 公式ブログ

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2022年11月11日(金)

デュポン・サークルだより(11月11日)

[ デュポン・サークル便り ]


日本でも大きく報じられているとおり、アメリカでは118日に中間選挙が実施されました。前号(119日)では、「共和党が下院で多数党奪還確実、上院でも多数党の座に返り咲く可能性濃厚」とお伝えしたばかりですが、やはり、選挙は水物。ふたを開けてみると、驚きの連続でした。

投票日から2日もたった今も、アリゾナ州、ネバダ州、ジョージア州の上院選で「当確」はでないまま。ジョージア州は、得票数50%を超える候補がいないため、上位2名での決選投票が126日に行われます。現在の議席獲得数は、共和党49,民主党48と拮抗していますので、上院では、どんなに早くても選挙結果が確定するのは、12月に大きくずれ込んでしまうわけです。下院も、獲得議席数こそ共和党211、民主党198と、共和党が一歩リードしている感があるものの、共和党が多数党の座に就くためには、あと7議席必要です。つまり、少し前に言われていた、共和党の「赤い波(Red Wave)」は結局、今回の中間選挙では出現しなかったということです。

最大の驚きは、民主党が予想以上に善戦したことです。民主党は、今回の選挙を非常に厳しい状況で迎えました。何といっても「選挙の顔」であるはずのバイデン大統領が、「不支持」が「支持」を上回る状態で選挙当日を迎えた民主党です。直前の選挙予測では、妊娠中絶や、マイノリティが選挙に一票を投じる権利の保障などの社会問題にばかりフォーカスし、有権者の毎日の生活に直結するような「物価高」「景気対策」「教育問題」といった問題で明確なメッセージが出せていない民主党の選挙戦略が、浮世離れしすぎていて共和党に付け込まれている、という雰囲気でした。

ですが、ふたを開けてみれば、トランプ前大統領に支持を受けた候補を、ペンシルベニア州の上院選や、バージニア州の下院選、メリーランド州知事選を含め、複数の選挙区で民主党候補が退けて勝利したのです。特に、ペンシルベニア州の上院選は、共和党側の予備選でトランプ前大統領の支持を受けたことで勢い付いて予備選を勝ち上がり本選の候補となったセレブ医師の「ドクター・オズ」ことメメット・オズ氏が、なんと投票日の5か月前に心筋梗塞で倒れた民主党現職のジョン・フェダーマン氏に挑戦するという構図(ちなみに、同州では、知事選でも、民主党のシャピロ候補が共和党のマストリアノ候補に圧勝しています)。投票日直前までトランプ前大統領がオズ候補の応援に、バイデン大統領やオバマ元大統領がフェダーマン候補の応援に何度もペンシルベニア州入りし、さながらトランプ対バイデン代理戦争の様相を呈しました。メリーランド州でも、これまでの政治経験ゼロ、陸軍で勤務した経験を持ち、大学時代にはフットボール選手として活躍した民主党のウェス・ムーア氏が、トランプ前大統領の支持を受けたダン・コックス・メリーランド州議会議員を圧倒的大差で退けて、メリーランド州史上初の黒人知事に就任することになりました。バージニア州でも、リッチモンド周辺を選挙区に持つ現職のアビゲイル・スパンバーガー氏(民主党)が、トランプ大統領の支持を受けた共和党のイェスリ・イェガ女史を僅差で退けました。実はこの選挙では、民主党のスパンバーガー氏に対して複数の共和党の反トランプ派議員が支持を表明。選挙戦終盤にはトランプ前大統領の「天敵」といっても過言ではないリズ・チェイニー下院議員もスパンバーガー氏への支持を表明する、という奇妙な現象が生まれました。

「選挙の顔」は不人気、選挙戦の戦い方にも、すでに党内からジワリと批判が出ている。。。そんな民主党が一体、なんでこれほど善戦したのでしょうか?この謎を解くカギとして、ちょっとスパイスがきいた分析で知られるCNNの政治アナリストのクリス・シリッザ氏があげるのは「『meh』有権者」。日本語に訳すと「『なんかイマイチ』有権者」。つまり、同氏によると、通常の選挙では、現職の大統領に対して「なんかイマイチ」と思っている有権者は、対立政党の候補者に一票を投じることが圧倒的に多いのに、今回の選挙ではバイデン大統領のことを「なんかイマイチ」と感じている有権者の大半が、それでも民主党候補に投票するという、これまでにない現象が発生しているというのです。

この奇妙な現象が発生した原因として真っ先に挙げられるのがトランプ前大統領の不人気ぶり。つまり、バイデン大統領に対しては「なんかイマイチ」と思っている有権者でも、対する共和党の「選挙の顔」が、共和党の岩盤支持増以外の層には、バイデン大統領以上に不人気なトランプ前大統領であったこと、更には、無党派層の票が民主党に集まったことなどが民主党の大善戦の原因だ、というのです。

確かに、今回の選挙は、トランプ前大統領の支持表明を受けた候補者が激戦区でことごとく落選しました。つまり、トランプ前大統領の支持だけだと、予備選は勝ち上がれても本選で戦えないケースがほとんどであることが明らかになったのです。特に、上院では、今年の夏の終わりに、マコーネル共和党上院院内総務が、記者からの質問に答える形であるとはいえ、共和党候補について「下院はともかく上院は、候補者の資質の問題もあるし、難しいのでは」という半ば開き直りに近い発言をして物議をかもしましたが、彼のコメントはある意味、的を得たものだった、ということです。

上下両院とも、選挙結果が確定していない今の段階では、今後の政権運営への影響などについて推測するのは早すぎますが、民主、共和両党にとって明らかになったのは、それぞれの党の将来を担う次世代指導者の問題です。トランプ前大統領の選挙の顔としての価値は、正直下がる一方ですが、民主党側も、バイデン大統領が人気抜群でないことは明らかで、両党の悩みは当分続きます。


辰巳 由紀  キヤノングローバル戦略研究所主任研究員