外交・安全保障グループ 公式ブログ

キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。

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2022年9月12日(月)

デュポン・サークル便り(9月9日)

[ デュポン・サークル便り ]


アメリカでは、95日のレーバー・デーの休日が終わり、夏休みの季節もおしまいとなりました。先週までの暑さが嘘のように、週明け以降は、朝晩、少しひんやりするほどの天気になり、秋の気配が漂い始めました。日本の皆様は、いかがお過ごしでしょうか。

8月の後半は、普通であればワシントンは、議会本会議が閉会中であることもあり、実質、開店休業です。ところが、今年はいつもの静けさはどこへやら。今から約1か月ほど前、88日に、FBIが突如、ドナルド・トランプ前大統領がフロリダ州に所有する私邸のマー・ラー・ゴを家宅捜索しましたが、この家宅捜索で発見された書類をめぐる騒動がワシントンでは今も続いています。

この騒動、前半はFBIが前大統領の私邸を家宅捜査するという大きな動きに踏み切ったことの是非をめぐる論争でした。トランプ前大統領はもちろん、「これは政治的な魔女狩りだ!」といつもの「トランプ節」全開で、捜索を行ったFBI,さらにFBIが家宅捜索令状取得を裁判所に申請することを認めた司法省を批判していました。また、FBIが家宅捜索に踏み切った背景の一つに、国立公文書館が「本来であれば大統領職を離任した際に国立公文書館に引き渡されなければいけなかった文書をトランプ前大統領が引き渡していない」と申し立てていたこともあったため、批判の矛先は国立公文書館にまで飛び火。普段、ほとんどラジオやテレビで聞くことのない「国立公文書館(National Archives)」という言葉が、メディアの中で飛び交いました。

このため、トランプ前大統領側は、実際に家宅捜索で押収された書類の中に、大統領特権や、トランプ前大統領と顧問弁護士の「顧客関係上の守秘義務」でカバーされるものが含まれていないかどうか(含まれていた場合はFBIはトランプ前大統領側にこれらの書類を返却する必要が出てきます)を検査するための「特別主事(Special Master)」を任命するよう、フロリダ州連邦裁判所に申し立てをしました。この申し立てをフロリダ州連邦裁は認めましたが、この決定を、なんと、トランプ前政権末期に司法長官を務めたビル・バー前司法長官が「間違った判断」とテレビの政治番組のインタビューで真っ向から批判、「司法省はこの判断に対して控訴するべきだ」と発言。司法省は、バー前司法長官が主張したとおり、フロリダ州連邦裁に控訴、トランプ前大統領法律顧問団vs.アメリカ司法省の法廷闘争に発展しています。ただ、法廷闘争が続く間にも、FBIが押収した書類の中に、核兵器に関連する情報、特に外国の核兵器能力に関する情報が含まれた極秘情報が含まれていることなどが少しずつ明らかになってきており、世論は徐々にトランプ前大統領にとって向かい風に。この事件について最初は声高にトランプ前大統領を擁護する発言をしていた共和党議員の舌鋒も少しずつ鈍ってきています。

というのも、中間選挙が近づく中で、トランプ前大統領がニュースに登場する回数が余り増えると、共和党にとって逆風となってしまうリスクがあるからなのです。通常、中間選挙は、現政権に対する中間成績表のようなものなので、現政権にとって厳しめの結果になることが殆ど。特に、今年は、年明け以降止まらないインフレや、値上がりを続けるガソリン価格など、国民の生活に直結する問題に対してバイデン政権がすぐに効果が出る対策を打ち出せてきていませんでした。そんなこともあり今回は、1994年の中間選挙で当時のクリントン政権率いる民主党が大敗したように、共和党のシンボルカラーの赤を取って「赤い波(Red Wave)」が選挙を席捲するのではないか、というのが大方の下馬評でした。

ところが、6月に最高裁判所が女性の妊娠中絶に対する権利は憲法で保障されているとした「Roe v. Wade」の判決をひっくり返す判決や、国内各地で銃乱射事件が続いている中で銃規制を強化することに後ろ向きな判決を相次いで出した結果、共和党の穏健派や無党派層が共和党離れを起こし始めました。さらに、FBIの家宅捜索で、トランプ前大統領の非常識っぷりが改めて表面化するなど、中間選挙の焦点が「バイデン現政権に対する中間成績表」から、「共和党対民主党」の「政権・与党選択選挙」に少しずつシフトし始めたのです。このため、当初は「Red Wave」が予想されていたのが、最近では「せいぜいRed Splash程度で終わるのではないか」という見方が、政治アナリストの間では主流になり始めています。最近では、ミッチ・マコーネル共和党上院院内総務ですら、「下院は過半数とれると思うけど、上院は、候補者の資質もあるし、過半数は奪還できないかも」などと弱音を吐いており、まさに選挙は「一寸先は闇」であることを窺わせます。

とはいえ、選挙までは、あと2か月もあります。まだまだ、何が起こるかわかりません。


辰巳 由紀  キヤノングローバル戦略研究所主任研究員