外交・安全保障グループ 公式ブログ

キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。

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2021年9月13日(月)

デュポン・サークル便り(9月10日)

[ デュポン・サークル便り ]


ワシントンは、ようやく過ごしやすい天気になったと思ったら、来週はまた、真夏の陽気が戻ってきそうです。日本の皆さんはいかがお過ごしでしょうか。

今週のワシントンの大きなニュースは、どちらも内政問題です。まずはコロナ対策から。今日(9月9日)の夕方、バイデン大統領が自ら記者会見を行い、ワクチン未接種の人々の間でデルタ変異株の拡散が止まらない現状を踏まえた、追加的なコロナ対策の発表をしました。記者会見の中で、大統領は、コロナ対策に関する大統領令にいくつか署名したことを明らかにし、今日署名した大統領令の中で、全ての連邦政府職員及び連邦政府と契約関係を持つ企業の社員にワクチン接種を義務付けたことを明らかにしました。これまでも、ワクチン接種を「強く奨励」し、ワクチンを接種していない連邦政府職員や企業関係者は、毎週、PCR検査を受けることを義務付けていました今日発表された大統領令は、そこからさらに一歩踏み込んで、一切の例外を認めない形でワクチン接種を義務付けるものです

さらにバイデン大統領は、記者会見の席上、連邦政府職員や連邦政府と契約関係を持つ企業に加えて、メディケア(高齢者対象の健康保険)やメディケイド(低所得者層対象の健康保険)を取り扱う病院や医療施設、老人ホームに勤務する医療従事者や、100人以上のスタッフを抱える民間企業に勤務する人々に対しても、75日以内にワクチンを接種することを義務付けることを発表しました。また、空港や飛行機・電車の中などでマスク着用を拒否する人に対する罰金を3倍増。これにはさすがに私もびっくりしました。

実際のところ、アメリカでは、12歳以上であれば、近所の薬局で予約なしでワクチンが打てるほど、ワクチン接種の敷居が下がっているにも拘わらず、接種を完了した人は、接種対象人口の62%程度にとどまっている、というデータを全米疫学統制研究所(CDC)が出しています。これは、デルタ変異株の感染が7月に広がり始めた後も、「選択の自由」や宗教上の理由からワクチン接種を頑なに拒否する人が、今でもかなりの数存在することによるものです。さらに、夏以降は、デルタ変異株による感染例が全米で急増。8月から全米各地で学校の新年度が対面授業で再開した後は、12歳以下の子供がまだワクチンを接種できないことから、児童の間で感染が広がることに対する懸念が急上昇しました。それにも拘わらず、フロリダ州のように学校構内でマスク着用を義務付けようとする各州各学区の教育委員会と、州知事の権限でマスク着用の義務付けを阻止する知事との対立が表面化する州も出てきています。

バイデン大統領が9日に発表した一連のワクチン接種義務付けその他の追加措置は、このような、ワクチン接種もマスク着用も頑なに拒み続ける人たちに業を煮やした結果、設定されたようです。実際、記者会見の席上でも、バイデン大統領は、ワクチン未接種の人々に対して「我々はこれまで辛抱してきました」「でも我慢の厳戒に近づきつつあります」と発言、ワクチン接種率がなかなか上がらないことへのいら立ちをあらわにしました。

ですが、今回の追加的措置には共和党が猛反発しています。今回は、ワクチン接種義務を全米の労働人口の約3分の2に義務付け、連邦政府職員や連邦政府と契約関係にある企業など、職種によっては、毎週のPCR検査などの代替措置も認めないのですから。共和党全国委員会(RNC)に至っては、今回の措置は「連邦政府としての権限を超えるもの」としてバイデン政権に対し訴訟を起こすことも辞さない構えです。同様の動きは、今後も続くことが予想され、中間選挙の争点にもなりかねません。

また、「デュポン・サークル便り」9月3日号でお伝えしたテキサス州で成立した妊娠中絶法案をめぐっても、今週司法省は「連邦政府が管轄する問題に踏み込んだ」としてテキサス州を相手取り訴訟を起こしました。こちらも、同法の執行停止をしないと判断した先週の最高裁判決を受けたものです。バイデン政権によるワクチン接種義務化も、テキサス州の中絶禁止法案も、これから長い法廷闘争に発展することは必須です。

これだけでも、内政問題で課題がてんこ盛りのバイデン政権ですが、更にダメを押すように、バイデン政権が数か月前に「ポスト・コロナの経済再活性化」の旗印のもとに発表した「人的インフラ投資法案」の審議が今週から連邦議会下院で始まります。この法案は、公立保育園の無償化、コミュニティ・カレッジ2年間の無償化、企業に対する有給育児・介護休暇提供の義務付けなど、共和党が「国庫支出をさらに増やし、債務を肥大化させるだけ」と法案審議前から猛反発していた案件です。すでに審議1日目にして、「いったい、貨幣をいくら刷ったら足りるんだ!」と叫ぶ共和党下院議員、対して「有給育児・介護休暇提供の義務付けが中小企業の活動に悪影響になるという議論は間違った神話だ」と法案をサポートする論陣を張る、自分も小企業のオーナーだった民主党下院議員が対決するなど、こちらも波乱模様です。

英語には「雨が降る時は、土砂降りになりがち(when it rains, it pours)」という言い回しがありますが、まさにこの表現を地で行く、今週のバイデン政権の内政なのでした。


辰巳 由紀  キヤノングローバル戦略研究所主任研究員