メディア掲載  エネルギー・環境  2024.03.29

空⽂化必⾄のパリ協定

日本製造2030(22

日刊工業新聞(2024321日)に掲載

エネルギー・環境

離脱か破滅か日本の分岐点

パリ気候協定は実現不可能な数値目標と南北の分断によって行き詰まっており、遠からず空文化してゆく。2025年1月に共和党のトランプ大統領が誕生すれば米国が離脱することは確実であり、早ければこれがきっかけとなろう。ここで共に日本も離脱すれば、パリ協定はかつての京都議定書と同様に事実上消滅する。

先進国経済に影

2312月にドバイで開かれた締約国会議(COP28では南北の分断があらわになった。もはや、先進国にとって地球温暖化対策の枠組みである「パリ協定」は害悪でしかない。パリ協定では「1.5C」「50年二酸化炭素(CO2)排出ゼロ」という極端で実現不可能な目標が設定されたが、事実上先進国しかこの数字にとらわれておらず、ロシアやグローバルサウス(南半球を中心とする新興・途上国)は化石燃料利用の拡大を続けるなど、事実上排出量の上限がないに等しい。

また「自然災害がすでに激甚化しておりそれが人為的な温室効果ガス(GHG)排出によるものだ」という、科学的知見に基づかないカルトのごとき見解が、この協定では共通理解となってしまっている。この見解に基づいて、年間5兆ドル(約750兆円)を先進国から途上国に損害の賠償、温暖化への適応、および温暖化対策費用として支払うことが、途上国が先進国と同様に脱炭素に取り組む条件とされている。だがこれも実現不可能である。

このように、パリ協定は日本の経済を壊滅させ、中国を利する、科学ではなくカルトに基づいた鬼子になってしまった。この害毒は京都議定書に千倍する。先進国経済が崩壊し中国を利するだけのパリ協定は、維持不可能な状態になっており遠くない将来に破綻必至であると見込まれる。

25年に、米国でトランプ政権が成立すればどうなるか。ドナルド・トランプ前大統領は公式ホームページに、バイデン政権のグリーンディール(脱炭素)政策を撤廃し、不公平で高コストなパリ協定から離脱するとしている。公約通りにパリ協定から離脱することは必定である。

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トランプ氏はパリ協定離脱を公約している(同氏公式ホームページより)

COP28、南北の分断鮮明に

COP28では諸国が「化石燃料からの脱却」に合意したという報道があったが、これは意図的に広められた偽情報である。実際の合意は「COP28が各国に化石燃料から移行する世界的な努力に寄与するように呼びかけた」ということのみである。しかも各国が約束したわけではなく、原子力推進や再エネ推進など、8項目もあるオプションの一つとしてこれが取り上げられたに過ぎない。

中国もインドもサウジアラビアも、この合意があるからといって石炭や石油の採掘や利用を制限しようとは微塵(みじん)も感じないだろう。他方、あまり報道されていないが、COP28の本質は南北の分断であった。COP28に先立ち、234月に札幌で開かれた先進7カ国(G7)閣僚会議の合意では、途上国にも「50CO2排出ゼロ」を宣言するよう要請していた。だがこの案は端から拒絶されたので議題にもならなかった。しかしこの「戦わずして負けた」ことがCOP28の最重要点である。もはやグローバルサウスもロシアもG7のお説教などに従うつもりはないことがあらためて明白になっている。

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グローバルサウスは年間5兆ドルに上る資金提供を先進国に求めている

いまや、パリ協定は「先進国だけがCO2排出を30年に半減、50年にゼロとする約束をする」という京都議定書とそっくりの一方的な協定になってしまった。のみならず、数字が極端に深掘りされ、経済に破滅的な悪影響を与えるものになった。

そもそも日本が京都議定書を10年に離脱したのは、米国が参加しないことに加え、先進国だけが義務を負い、中国をはじめとした途上国が義務を負わない、一方的な枠組みだったからである。日本の離脱で京都議定書は事実上消滅した。日本の大英断だった。

それを受けてパリ協定の交渉が始まり「全ての国が参加する枠組み」と銘打ったパリ協定が15年に合意された。それは、工業化前からの気温上昇を世界全体としては2Cを目標として、各国がCO2排出量削減について自主的に決定した貢献(NDC)をすればよい、しかもその約束の内容や達成に法的拘束力はない、ということになっていた。これは妥当な枠組みとも評価される面もあった。

だが問題はあった。先進国と途上国という区分は京都議定書とほぼ同じ形で維持されていたことであり、そして中国は途上国に位置付けられていたことである。この合意があった15年は、自由主義陣営が中国を存亡に関わる脅威として明確に認識する直前だった。

その後起きてきたことは何か。欧米では左翼リベラル的な政権が大勢となり、G7CO2排出量削減の数値目標を深堀りしていった。おおむね30年に半減、50年にゼロといった数値に行き着いた。パリ協定上では本来、NDCとは文字通り自主的に決めるものであり、他国に言われて決めるものではない。だがG7ではこれがコンセンサスとされ、日本も同調してきた。

左翼リベラルは脱炭素が国益のためだと本気で信じているが、現実にそれを目指せば経済が壊滅する。欧州や日本ではエネルギー多消費産業の空洞化がすでに起きていて、このままでは、一層悪化する。

他方で中国のように途上国に分類されれば、形式的にはいくらか約束はするが、ほとんどその内容は問われないし、達成を真剣に迫られることもない。

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バイデン大統領は、地球温暖化が1.5Cを超えることは人類存亡に関わる唯一最大の核兵器を上回る脅威であることを
繰り替えし述べてきた。

50年CO2排出量ゼロといった数字の深堀りは「科学に従って」という決まり文句の下で進められてきたが、これは科学ではなくカルトである。左翼リベラルが言うように、気温上昇が1.5Cを超えたら世界が破局に至る、などという科学は存在しない。過去150年で1C程度の気温上昇があったのは確かだが、冷静に統計を見れば台風などの災害の激甚化など観測されていない。

米と新たな枠組み必要

米国が251月にパリ協定を離脱すると想定しよう。その後、252月に各国から35年についての数値目標がパリ協定に提出される予定になっている。その相場観は60%削減となっており、これを目指すとなるといよいよ日本経済は破綻するだろう。これは30年目標に続くパリ協定2度目の目標である。しかし、この目標は米国抜きの協定に提出されるものとなる。途上国にとっては、パリ協定ではもともと実質上数値目標がない。

これには既視感がある。日本が京都議定書の08年から12年の第1約束期間に続く、13年から17年の第2約束期間の目標提出を拒否して10年に京都議定書から離脱したのと同じである。日本は253月のNDC提出をやめ、2511月のCOP2935年の数値目標を提出しないことを宣言し、パリ協定から離脱すべきである。

そうすれば、京都議定書同様、パリ協定は実質的に消滅する。これによって欧州も経済崩壊から救われることになるだろう。

最後に、パリ協定からの離脱はありえない、という見解について議論しておこう。パリ協定については、すでに多くの政治家がコミットしており、協定を前提とした法制化も進んでおり、既得権益も発生しているから、離脱はありえない、という意見がある。また、8年前のトランプ政権のときに米国は離脱したが、日本は追随しなかった。

しかし、すでに政治・行政が大規模に動員されているからこそ、早めに離脱しないと失うものがますます膨らむのである。いまや8年前と異なり新冷戦が勃発し、安全保障・経済環境は切迫している。このまま環境原理主義的なパリ協定を続けているのでは国家が破滅する。また8年前は米国に日本は追随しなかったが、そのころ、パリ協定はまだまともな枠組みであった。だがその後の8年で著しく変容してしまったので、いまや離脱すべきである。

なお本稿で「離脱」というのは実質的な意味で言っており、要は「パリ協定を無害化」できればよい。例えば252月にNDCを提出しないことで、法的にはパリ協定にとどまり続けるが、実質的には離脱できる。これは京都議定書を日本が事実上「離脱」したのと同じ構造である。

パリ協定離脱後は、日本は米国と共に主導して、新しい国際枠組みを構築すべきである。そこでは安全保障と経済成長に重点を置くことになるだろう。これについてはあらためて書きたい。