メディア掲載  エネルギー・環境  2024.03.14

第7次エネルギー基本計画

日本製造2030(21)

日刊工業新聞(2024年2月21日)に掲載

エネルギー・環境

CO2数値目標と決別すべき

パリ協定では20252月に35年の二酸化炭素(CO2)削減数値目標を「国別決定貢献(NDC)」として各国が提出することとなっている。今年、日本政府はエネルギー基本計画の見直しに着手することになっており、それと整合性のあるNDCを提出する、というのがいまの行政の考えのようだ。

だがこれは危険極まりない。NDCに関する国際交渉での相場は跳ね上がっているからだ。昨年末のCOP28では35年に世界全体で60%削減(19年比)という数字が打ち出された。これに各国の数値を合わせるとなると、産業、とりわけエネルギー多消費産業に対する死刑宣告に等しい。

すでに2030年目標に向けての現在の政策すら、産業の大脱出を引き起こしている。ドイツ化学最大手BASFは中国広州へ100億ユーロ(約16000億円)投資して工場を建設する。日本の大手鉄鋼メーカーはインドで高炉を建設する一方で、米国の鉄鋼大手USスチールを2兆円かけて買収すると報じられている。英国では国内で最後の高炉が閉鎖され、3000人の従業員が解雇される恐れがあると報道されている。

脱炭素ノルマが招く産業空洞化 「野心的貢献」を危惧

産業、中でもエネルギー集約産業はCO2規制がむやみに強化されつつある欧州連合(EU)や日本から逃げ出している。政府が水素技術開発の補助金などを出したところで引き留めることはできない。これは企業判断としてはやむを得ず、ある意味合理的かもしれない。だが国家としては、存亡にかかわる致命的な失敗である。

13年以降、日本の温室効果ガス(GHG)排出は減少している。伊藤信太郎環境相は「日本は196カ国の中でまれに見るオントラックな削減をしている」と述べた。このオントラックという言葉は、図1の直線に沿って排出量が順調に減っている、という意味で使われている。

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だが、排出量が減っている理由は何か。経団連の資料を見ると、産業部門についての要因分解が載っている(図2)。図で①②③とあるのは以下の通りだ。

 ① 経済活動量の変化。
 ② CO2排出係数の変化(エネルギーの低炭素化)。
 ③ 経済活動量当たりエネルギー使用量の変化(省エネ)

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つまり産業部門の13年から22年までのCO2排出削減の内訳は、76%が経済活動の変化①によるものである。エネルギーの低炭素化と省エネは合計で24%しかない。つまり日本のCO2が「順調に」減っているのは、産業空洞化の結果に過ぎない。

日本政府は、これまでオントラックでCO2が減ってきたことを誇っているようだが30年、50年とこのまま行けるとでも思っているのだろうか。そんなことをすれば、産業は本当に壊滅するだろう。

ここ数年間、EUでも米国でも左派リベラル的な政策を推進する政権が続いてきた。だがここにきて、まず野放図な移民の受け入れで国民の不満が爆発した。国民に重い経済負担を強いる脱炭素の推進も、それに次いで不満の火種になっている。EUでは国政選挙のたびに右派が勝つようになり、24年夏の欧州議会選挙でも右派が躍進するだろう。米国は24年末にトランプ大統領が誕生すれば、パリ協定から離脱し、グリーンディール(脱炭素のこと)を止め、環境・社会・企業統治(ESG)投資に反対する。民主党政権のグリーンディールに強く反対するのは、トランプ大統領だけでなく共和党の総意に近い。

COP28では、グローバルサウスもロシアも、先進7カ国(G7)の偽善に満ちた「50年脱炭素」のお説教などに従わないことが改めて鮮明になった。グローバルサウスがG7に唯々諾々と従わないのはこの問題だけではない。対ロシア経済制裁でも、イスラエルとハマスの戦争においてもそうだ。

いま米バイデン政権、ドイツの信号機連立政権(社会党、緑の党、自由党)のいずれも、支持率が低迷している。国民に支持されない中、国際交渉については行政府が担当しているので、左派リベラルの支持基盤を喜ばすために、これら政権はますますグリーンな方向に先鋭化している。

だが米国は共和党が大統領選に勝てばグリーン路線は全て180度転換する。

EUはこのままではネットゼロ(脱炭素政策のこと)による自死に至るであろう。だが24年にも政治の右傾化が進み、やがて数年たてばネットゼロ目標は放棄されるだろう。

日本はやはり支持率の低い岸田文雄政権の下、脱炭素の制度化が着々と進んでいる。慣性がついてしまった行政府は巨大な船のように方向転換が効かない。今後、その一貫として「野心的な」NDCが設定され、35年の国のCO2数値目標が無謀な数値にピン止めされ、それを各部門に割り当てた「積み上げ」計算をして第7次エネルギー基本計画を策定するとなると、一体どうなるか。

エネルギーコストは高騰し、産業の空洞化には歯止めが掛からなくなり、日本経済は沈没する。その時には日本は中国の影響力を避ける術がなくなり、日本は中国の属国になるだろう。そこでは自由、民主といった我々が大事にしている価値が著しく制限される。これは事実上の日本の死である。

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COP28では35年に世界全体で60%削減(19年比)という数字が打ち出された

低コスト追求を 原発推進が突破口

中東、台湾などをめぐり、日本を取り巻く地政学状況も深刻であることから、第7次エネルギー基本計画においては、安全保障と経済を重点とするほかない。経済が重要なのは、それが総合的な国力の基盤であり、国の安全保障に直結するからでもある。第7次エネルギー基本計画に書くべきは以下のことだ。

  1. エネルギーコストの低減。脱炭素に伴うエネルギーコスト増は国力を毀損(きそん)し安全保障を損なう。エネルギーコスト、なかんずく、電力コストについては低減すべく明確に数値でコミットするべきだ。政府による光熱費補助のような付け焼き刃の措置ではなく、根本的な低コスト化を図るべきである。そのため、以下の三つが重要だ。
  2. 原子力の最大限の活用。再稼働はもちろん、新増設、小型モジュール炉(SMR)の導入、輸出など。原子力についてはリスクゼロを追い求めるのを止めるべきだ。原子力を利用しないことによるエネルギー安全保障上のリスクおよび経済上の不利益は大きい。化石燃料は輸入依存であるし、再生可能エネルギーは不安定で高価だからだ。
  3. 化石燃料の安定調達。日本のエネルギー供給の柱はいまなお化石燃料である。現行の6次エネルギー基本計画については、CO2目標に強引につじつま合わせをしたために供給量の見通しが少な過ぎて、燃料の調達や利用の妨げになってきた。この愚を避け、石油・石炭・ガスのいずれについても世界各地に多様化された供給源からの安定した調達を実現すべく、政府はコミットすべきだ。
  4. 化石燃料代替技術の技術開発。再エネや電気自動車(EV)、水素・アンモニア、メタネーション(CO2と水素によるメタン製造)などの合成燃料については、いまなおコストが高いため、そのコストを低減する技術開発に注力し、結果として世界全体で普及させることを目指すべきだ。コストの下がる見込みがないと判明した技術開発プログラムは中断して基礎研究に戻す。これら技術の国内での導入量拡大については、1のエネルギーコストの低減に寄与する限りにおいて行うべきである。

以上の計画を進めた場合、うまく行けば、原子力が最大限導入され、電力コストが安価になり、EVやヒートポンプなどの電気利用技術も技術開発によって安価になる結果、需要部門の電化も進み、日本のCO2は大幅に削減される。

CO2の総量についてそのような試算をしてもよいが、それはエネルギー基本計画の一部にすべきではない。独立した機関があれこれ試算すればよい。米国はそのようになっている。バイデン政権は2030年までにCO2等を半減することをNDCに掲げて政策措置を講じているが、CO2の総量の予測は独立機関であるエネルギー情報局(EIA)が実施している。その予測では半減という目標は未達である。

日本において第7次エネ基にCO2総量を書きこむと、そのNDCとの整合性を取るような圧力が働く。そして計画内のあらゆる数値が部門別の「数値目標」として運用されることになり、化石燃料の調達と利用に支障をきたす。これでは安全保障と経済を損なってしまう。

NDCをもし提出するならば、首相の意思としての国全体の数値目標を掲げ、部門別の詳細は示さず、原子力推進などの施策を列挙しておけばよい。NDCとは普通はその程度のものである。エネルギー基本計画で数値を細かく積み上げてそれをNDCにする国など、日本以外にあるとは寡聞にして知らない。