メディア掲載  エネルギー・環境  2024.03.08

いつもの梨でクレイジーなイノベーション!

「生産性向上」で 「温暖化への適応」も達成する新栽培方法の秘話

JBpress2024年3月1日)に掲載

エネルギー・環境 農業・ゲノム

これが本当に梨の木なのか? いつも我々が食べている梨の栽培で、まさかのクレイジーなイノベーションが起きている。神奈川県平塚市にある農業技術センターを訪ねて、生産技術部長の柴田健一郎さんから、わくわくするイノベーションの秘話を聞いた。

梨にも訪れたイノベーション

梨狩りにいったときの風景を思い出すと、広い敷地に大きな木が育っていて、人の背丈より少し高い棚いっぱいに枝が巡らせてあって、そこに葉が茂り、実がぶら下がっている——というのが普通だと思う。写真1は、このような伝統的な方法で栽培している梨だ。木1本が覆う面積は50平方メートルから100平方メートルにもなる。

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【写真1】梨の伝統的な栽培方法。神奈川県農業技術センターのホームページより転載

だがこれだと、農家はずっと上を向いたまま剪定や収穫の作業をしなければいけないので、くたびれる。それに何より、木を大きく育てるまでの間、収穫量がなかなか増えない。収穫量が本格的に増えて安定する(成園という)までに10年もかかるという。

リンゴなど他の果樹については、枝が勢いよく伸びなくなる矮性(わいせい)の台木を開発した上で、コンパクトな樹形に抑えるように剪定し、列状に並べることで、剪定や収穫をやりやすくする「矮化」栽培が当たり前になってきた。また隣の木との間隔を狭くした密植にすることで、収穫量が最大になるまでの時間が短い早期成園を実現した。

ところが梨についてはそのような技術開発は行われてこなかった——この理由は興味深いのだが、後ほど。

数珠つなぎに接ぎ木する「ジョイント仕立て」

そんな今から30年前の剪定作業中、柴田さんは同僚が「大きく伸びた枝同士、いっそのこと接ぎ木したらどうだ」と冗談を言っているのを聞いた。そんなことをしてもさしたる意味はないのだが、これで柴田さんは閃いた。

梨の木の苗を一列に並べ、数珠つなぎに接ぎ木したらどうか——

それでできたのが写真2のような梨の木である。

苗木を植えるとき、左側の木を途中で曲げて右の木に接ぎ木する。それを10本の木について繰り返すと橋の欄干のような形になる。写真2に写っているのは、そうして28年経ち、だいぶ太くなったものだ。

この奇抜な栽培方法は、「ジョイント仕立て」と命名された。

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【写真2】ジョイント仕立てをした梨の木。幹はまるで橋の欄干。写真中央は柴田さん、左は同僚の関達哉課長。筆者撮影

ジョイント仕立てを始めると、いくつも良いことがあった。

剪定・収穫などに要する労働時間が半減

主なメリットは、リンゴなどの矮化栽培と共通のものだ。つまり、隣の木との間隔が短い密植になるので、早期成園ができる。一列に並んでいるので、農作業の動線も直線になって、剪定や収穫などがしやすくなる。肥料投入などのための農業機械も使いやすい、等々。

加えてジョイント仕立て独特のメリットとして、枝の伸びる長さや実の成り方が均一になる、ということがある。写真3を見ると、むらなく枝が伸び、葉がついて、実がなっている。

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【写真3】ジョイント仕立てをした梨の木。均一に、整然と果実が並ぶ。 神奈川県農業技術センターのホームページより転載

実際に農園を作って試験してみると、ジョイント仕立てでは、剪定・収穫などに要する労働時間が従来の方法に比べて半減できることが分かった。

梨以外の果樹にも生かせる

このようなジョイント仕立てのメリットが確認されると、いくつもの国の技術開発プロジェクトによって研究がさらに推進され、また、梨以外の柿などの果樹にも応用された。すでに矮化栽培の発達している果樹品目であっても、ジョイント仕立てを併用することでそのメリットを活かせるという。

ところがこの柴田さん、「初めから全て分かっていたわけではまったくな無い」と言う。もう少し本人の言葉を聞いてみよう。

誰も相手にしなかった挑戦がイノベーションに結びつくまで

柴田さん:むしろ面白いからやった。私はそれまでミカンやキウイの農業改良普及員をやっていただけで、梨は研究所に異動になって初めて担当した。つまり素人だった。

それに梨の東西横綱と言えば千葉と鳥取で、神奈川の研究なんて相手にされていなかった。

だからこそ、何か変わったことでもしてやろう、と思った。調べてみると、梨の栽培方法の研究はたくさんあったけれど、どれも似たり寄ったりの話だった。チャンスがあると思った。

——それでジョイント仕立ての研究計画を書いたのですか?

柴田さん:そんなものは書かなかった。研究所の果樹園の隅っこで勝手に始めた。計画に載せるようになったり、予算を取るようになったりしたのは、ある程度やってみて、これはうまくいきそうだ、と分かってからの話だ。

当時は勝手なことができたのだけど、今では研究管理が厳しくなったので、同じことはやりにくいかもしれない。

——ジョイント仕立ての理論ってあるのですか。何かこう、ホルモンがここから出てこう作用するとか。

柴田さん:そういうことを考えていたら、ジョイント仕立ては出来なかっただろうね。一列に接ぎ木したら、強い部分が弱い部分を補って、全体の樹勢が揃うだろう、ぐらいのことは考えていたけれど。

職人気質が強い梨の栽培

——現場での試行錯誤から生まれたということですね。技術史の本では技術が科学に先行するという逸話をよく読みますが、現代でもこんな奇抜な発明が現場発で起きているとはわくわくします。ところで、世界では、梨(西洋梨)やリンゴは矮化栽培が広く普及しているのに、なぜ日本の梨はできていないのでしょうか?

柴田さん:技術的にできなかった面もあったかもしれないが、矮化をそもそも試みなかったということだと思う。

梨の栽培は伝統があり、職人気質が強い。大きな木を枝ぶりよく立派に育てて、広々と枝を伸ばして頭上の棚に誘引する、という技術は江戸時代から連綿と受け継がれてきた。浮世絵にも描かれているが、この様子は現代でも基本は変わっていない(写真4)。剪定作業は丁寧に時間をかけて行うものであり、それによって品質の優れた梨を生産することが良し、とされてきた。今でもこの気風は根強い。

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【写真4】浮世絵に描かれた江戸時代の梨園。現代のものと基本は変わらない。『江戸名所図会』7巻より。
松濤軒斎藤長秋 著、長谷川雪旦 画。画像は国立国会図書館デジタルコレクション

柴田さん:けれども、現代の産業として梨栽培を継続させたいのであれば、これではもう無理だ。人件費は下げねばならない。資金には金利が付くから早期成園も必須で、10年もかかるのではなかなか投資できない。

それに農業者の高齢化が進む中、職人技に頼っていたのでは、若手の育成もままならない。樹形は単純にして、誰でも少し習えば剪定作業ができるようにしないといけない。

新しいことをするには門外漢が役に立つ

——つまり、梨の栽培方法が変化しなかったのは、技術的というより、文化的な要素が大きかったというわけですね。成功体験に縛られて、過去を否定できず、イノベーションを起こせないという話は工業分野でよく聞きますが、梨の栽培でもそのような状態になっていた、ということのようです。その中にあって、なぜ柴田さんだけは、ジョイント仕立てに着手することができたのですか?

柴田さん:私は、中退しましたがもともと物理を勉強していたし、剪定がアバウトなミカンの農業改良普及員で、梨については門外漢だった。でもだからこそ、普通の産業として梨の栽培を考えることができたのだと思う。

もしも梨の職人気質の伝統にどっぷりと染まっていたら、そこから抜け出すような発想はしなかっただろう。実際に、ジョイント栽培を始めたころは、梨の専門家の方々から、非常識だ、こんなのはダメだ、と非難ごうごうだった。新しいことをするためには、門外漢が役に立つのではないか。

——ジョイント仕立ては普及しているのですか。

柴田さん:まだ日本全体の作付面積で言えば2%程度だけれども、着実に増えている。いま、既存の「幸水」「豊水」などの梨畑の面積は、農家の高齢化と引退に伴って激減している。「二十世紀梨」の本場、鳥取県では、究極の職人芸に頼る梨づくりをしてきたが、担い手がいなくなり、栽培面積が激減して、存亡の危機を迎えた。

そこでジョイント仕立てを県、JA、生産者が一致団結して導入して、復活に向けた取り組みが進められた。いまでは標準的な樹形はジョイント仕立てになっている。技術開発者としては、成果が有効に活かされているので、非常に嬉しい。

本格的に果実が収穫できるまでの期間は10年から5年に

梨の伝統農法では、苗木を植えてから本格的に果実が収穫できるようになる成園まで10年以上かかった。これがジョイント仕立てであれば、成園まで5年しかかからない。

その後、木が衰えることなく収穫を続けられる経済寿命は幸水で25年、豊水で35年といったところで、これはジョイント仕立てでも同じくらいになりそうだという。

リンゴなどの他の果樹でも、矮化栽培によって、成園まで5年以内というのは普通になっている。ただしその反面、経済寿命は短くなっていて、15年から20年くらいだという。これに対して伝統農法で大きなリンゴの木を育てると成園までは10年かかるが、経済寿命は50年もあるという。

つまり矮化栽培やジョイント仕立ては、「早く、低コストで実が成るが、経済寿命は短い」ということになる。樹木になる果実が、畑に植える野菜のように育てられるようになる、ということだ。これは、現代の経済にとってはおおいに望ましい。

社会は変化を続ける。労賃が高くなり、高齢化が進み、熟練労働者もいなくなる。

これに対応して、現代の産業として継続するために、生産性を向上させるために、矮化栽培や今回紹介したジョイント仕立てが技術開発されてきた。

農業は退屈な産業だというのは大間違い

その一方で、地球温暖化も起きているが、実は、この生産スタイルの変化によって、温暖化への適応はしやすくなる。定植から成園を経て経済寿命を終えるまでのサイクルが短いということは、気候が変化したとしても、それに合わせて栽培する作物、品種や技術を選択する機会が増えるからだ。

農業が退屈な産業だと思ったら大間違いである。どの作物についてもそうだが、農業の本質は、イノベーション(技術革新)とアダプテーション(適応)だ。キャベツは地中海沿岸から、ぶどうは中央アジアからといったように、世界中の原産地から日本まで作物を持ち込んで、それを一年中国内で生産するという周年栽培までしている。つまりイノベーションによって、まったく違う気候にアダプテーションするということをしている。

地球温暖化が起きても、それが相当に急激なものでない限り、農業は技術で乗り越えるだろう、と楽観できる理由がここにある。