メディア掲載  エネルギー・環境  外交・安全保障  2024.02.19

脱炭素政策が作り出す安全保障の脆弱性

月刊【正論】(202331日発売)に掲載

エネルギー・環境 国際政治・外交 安全保障
兼原信克

兼原  このたびのウクライナ戦争を見ていて思うことは、戦争というのは正規軍同士が正面からぶつかるところだけを見ていてはいけない、ということです。私たちも最近、国家安全保障戦略で「総合的国力」とかDIME(外交・情報・軍事・経済)とか言い始めましたが、振り返れば第二次世界大戦のときも補給がうまくいかなかったのが日本軍敗北の大きな要因だったわけです。軍事に意識が集中しがちですが、経済で負けたら戦争は負けなのです。
 今回のウクライナの教訓は、ロシア軍はウクライナ側の電力設備を破壊して、国としての継戦能力を痛めつけ、あの地域の冬は厳寒なので暖房を切って国民の厭戦気分をあおる、そういう攻撃をロシアのような国は当然やるのだということです。民間を狙わないというのは大間違いです。

杉山  おっしゃる通りで、エネルギーインフラ施設がロシア軍による攻撃対象になっていますが、その割には結構すぐ復旧して、何とか電力が供給されているようです。先日、ウクライナの電力会社の技術者のインタビュー記事が産経新聞に載っていました。会社の中だけで100人以上が亡くなっているけれども、それでも電力インフラが破壊されるたびに現場に行って数日かかっても危険を顧みずに復旧作業をしているという話でした。
 日本でも将来、同様のことがないとは限りません。その場合には攻撃されてもすぐ直して、電力網を維持していかねばなりません。聞いた話ではウクライナはもともと米ソの戦争に備えてあちこち要塞化されているようですし

兼原  核シェルターもつくっている国ですから。

杉山  電力インフラもある程度、戦争を想定してつくっていたのではないでしょうか。我々も教訓として学ぶべきことがあろうかと思います。

兼原  ウクライナ周辺の国々も、この戦争の影響を大きく受けています。特にドイツは極端なところがあって、対露関係の安定ということもあり、エネルギー供給でロシアへの依存を深めていましたが結局、プーチン露大統領のような人が戦争に訴えてくると、相互依存関係が武器として利用されてしまいました。ショルツ独首相は気の毒ですが、ロシアからすると「天然ガスなんていつでも止めてやる」という話です。ドイツはガスのおよそ半分をロシアに依存していました。EU全体でも4割ほどをロシアに依存しており、東欧のチェコ、ハンガリー、スロバキアあたりは特に依存度が高かった。そういうところがガス供給を断たれたら大変なことになる。そういうことが実際に起こるということを考えねばなりません。
 日本政府が、「安全保障に国家全体で取り組みましょう」と言い始めたのは安倍晋三政権からです。NSC(国家安全保障会議)ができて外務省、防衛省に加え警察庁などが一体化した取り組みを始めたのは最近10年のことです。経済官庁についていえば、GHQによる傷跡のひとつなのですが、軍事が全くわからない組織でした。最近はずいぶん状況は改善されましたが、以前は経済戦争しか頭になくて「敵はアメリカ」だったわけです。エネルギー安全保障については資源エネルギー庁に丸投げ状態でした。

杉山  そもそも平和ボケが日本の国中に蔓延していて、産業界も「安全保障」という言葉すら使っておらず、エネルギー安全保障というよりエネルギー安定供給という言い方をする人が多く、有事の発想などありません。エネルギーのベストミックスとか産油国との関係強化とか自主資源開発とか、そういうことには熱心でも、軍事忌避で有事の発想はこれまでまるでなかったのです。

シーレーンの安全確保が急務

兼原  そうですね。日本有事となったときにどうするかは、資源エネルギー庁の人は一生懸命考えているわけですが、石油ショック以降も石油やガスを備蓄するだけで、有事の際に石油タンクが爆破されたらどうするかまでは考えていない。国家全体のエネルギー安全保障には手が回っていません。原子力は普通の国では安全保障直結の話ですが、いわゆるNPT(核拡散防止条約)体制遵守とか、核物質防護の話とかはある程度、条約に従って動いているのですが、軍事面・防衛面との関係はゼロ。世界的には異常なことだと思います。

杉山  石油は200日分が備蓄されているとはいえむき出しのタンクで、テロなどやろうと思えば簡単にできてしまいます。一方で原子力発電所については厳重にテロ対策が行われ、そのために発電を止めることまで行われています。それはバランス的にいかがなものか。テロリストが来たとして原発を壊すのは結構、大変でしょう。敷地に侵入して、建物を壊して、さらにその中の格納容器や、補助電源設備まで壊さなければいけない。そんなことをするよりは石油タンクを狙ったり、LNGタンカーを東京湾の入口あたりで狙うほうがよほど容易です。

兼原  エネルギーも含め経済全体が軍事とは別の世界を私たちはつくってしまっているわけです。いま、そこをつなげる動きが始まっていますが、最優先で進めるべきことがエネルギー安全保障です。エネルギー安保の世界では政府の横串がささっておらず、エネ庁が一人でやっている。これでは戦争になったら負けます。太陽光発電にしても安全保障系の省庁との連携はゼロですから。
 最近やっと、土地利用のあり方がおかしい、なんでここに太陽光発電がいっぱいあるんだという話になってきています。沖縄県の宮古島では自衛隊の駐屯地ができる前に中国企業関連の太陽光発電のパネルがずらっと並んでしまい、そのために駐屯地の場所が10キロほど離れたところに変更になったほどです。経産省は今、技術流出阻止の話などで安全保障の話に乗ってきているので、エネルギー安全保障についても話を進めていかねばなりません。私たちが現役時代にやり残した仕事で申し訳ないと思っています。シーレーン(海上輸送路)の安全確保もそうです。まったく動いていない。
 台湾有事の際、中国が日本にも手を出すと決めた場合、中国が米軍基地と自衛隊基地だけを攻撃するという保証はありません。戦争は相手の一番弱いところを突くわけだから、当然ながら石油の備蓄タンクを狙うわけです。全部、むき出しになった青空タンクですから。そうすると半年分の油が吹っ飛ぶ。しかも東・南シナ海は戦場になっているからタンカーは通れません。タンカーはフィリピンの南方から太平洋へと大回りせざるを得ません。自衛隊はとても護衛には手が回らない。中国のドローンや潜水艦によって23隻でもタンカーが沈められたら大騒ぎになりますよ。20万トンのタンカーが115隻は入ってこないと日本経済は回りませんから、23隻が沈むことで日本が倒れるかもしれない。そこで倒れるとわかったら習近平は実際やるかもしれない。戦争となれば卑怯も何もありません。先の大戦で、米軍が真珠湾攻撃を受けた後で何をまずやったかといえば、日本の商船隊の壊滅です。中国がそれをやらない保証はない。こういう話は、日本政府はまったく手当てができていません。

杉山  たしかにシーレーンを止められたら大変です。ウクライナを見ていて思うことは、何だかんだいってもポーランドとは地続きで補給を受けられるということです。日本の場合は周りが海ですから、どうなることか。
 石油は200日分の備蓄ができるとはいえ、脆弱性がある。一方、天然ガスは23週間分しか備蓄ができません。石炭も現状では最小限の在庫があるにすぎず、これは1カ月分程度しかない。原発の場合、いったん燃料を装荷すると普通は1年くらいで交換しますが、頑張れば3年くらい発電は可能です。装荷する前の燃料を長期保管もできる。いざ有事で海上輸送が滞っても電気を供給し続けられるのは原子力のメリットでしょう。
 ウクライナとも地続きの欧州ですが、ドイツが中心になって進めていた欧州のエネルギー政策の転換は大失敗だったといえます。この戦争の勃発前、欧州はCO2を減らすために石炭などの資源がたくさんあるけれども使わない、さらにドイツは原発も使わないことにしていました。それで風力発電か、ロシアの天然ガスしか頼るものがなくなった。風力は結局、あまり頼りになりません。
 それでロシアと相互依存のつもりで天然ガスをどんどん輸入していたら、それを武器化されてしまった。プーチンがウクライナへの侵攻に踏み切ったのは、ドイツを筆頭に経済制裁なんて本気でやらないだろう、という計算があったからでしょう。結果としていま、G7(先進7カ国)はロシアからの資源を輸入しないよう結束して経済制裁を科していますが、そもそもロシアに対して「制裁なんてタカがしれている」と思わせてはいけなかった。その点で完全に失敗でした。実は欧州の脱炭素政策が安全保障上の脆弱性をつくり出した、これは非常に重い教訓だと思っています。

GDPの3%を脱炭素に投入

杉山  いまの日本政府のエネルギー政策は環境への配慮が最優先になっています。岸田文雄首相肝いりのグリーン・トランスフォーメーション(GX)が国の基本方針として閣議決定されました。
 関連する法案も今通常国会で可決される見通しです。GXとは、ひらたくいえば「脱炭素」です。官民あわせて10年で150兆円を脱炭素の社会実現に向けて投資するとのことで、年間15兆円の投資という計算ですが、これはGDP(国内総生産)の3%にあたります。しかも、政府はこの動きを支持するため新たな国債を発行します。

兼原  防衛省に聞かせてやりたい話ですね。バイデン政権もGXやインフラや半導体に巨額の補助を出していますが、みな、国家安全保障と絡めて考えています。日本ではGXと安全保障産業政策が全く絡んでいない。

杉山  防衛費がGDP2%弱になる、と大騒ぎしているときに、それを上回るGDP3%をグリーン投資につぎ込むという話が、ノーマークで国会を通ってしまいそうな気配なのです。これは一体、何なのか。GXの目玉はやはり太陽光発電で、さらにはその電気を使って水素をつくるという話も出ています。「化石燃料の輸入が減るので安全保障上もプラスだ」と言う人もいますが、実際には幾重にも問題があります。まず太陽光発電は高くつきます。近年、太陽光や風力の電気が安くなったといわれますが、ドイツやデンマーク、あるいは米カリフォルニア州など、再生可能エネルギーの導入を進めた国・地域ほど電気代が高騰しているのは動かぬ事実です。不安定な電源をいくら入れても、安定的な電源が別途必要になり、二重投資にならざるを得ないわけです。そうしてエネルギーのコストが高くなれば、産業は逃げていきます。いま米国で投資が起きているのはレッド・ステート、すなわち共和党知事のいる内陸部の州です。エネルギーの安いそれらの州に、欧州からも企業が集まっている。日本の産業も空洞化が進んでいますが、エネルギー価格が高いというのも大きな要因でしょう。
 また現在、世界の太陽光パネルの8割が中国製ですが、数年以内に欧州の企業も製造から撤退するため、95%が中国製になる見通しです。中国製のうち半分ほどは新疆ウイグル自治区製で、これを輸入することは人権上も大問題です。
 太陽光発電についての不安を言い出すと際限がありません。自衛隊基地のそばにもメガソーラーが多数あり、通信の傍受・妨害やテロの基地になりかねない。複数の太陽光発電所の発電を一斉に止められたら周辺は大停電になります。そうしたことが公の場でほとんど検討されていません。

兼原  土地利用規制法に関しては菅義偉政権のときに成立しましたが、もともとは地方議会で最初に火がついた話です。先ほど触れたように沖縄県の宮古島であったような、中国資本の太陽光発電施設のために自衛隊の駐屯地が場所を変えざるを得なかった。
 中国資本はおそらく、太陽光発電にしても当初は公明正大に参入してくるでしょう。ただ、3人以上の中国人がいる企業には必ず共産党の細胞をつくらねばならず、党の細胞ができてしまうと党には絶対服従ですから、もう日本の憲法や法律など関係なく、平気でいろんなことをやるわけで、後からこの人たちが入ってきたらアウトです。土地利用規制法がザル法だ、という批判はありますが、ともかく施行されたのは立派なこと。私は「ナフタリン法」と呼んでいますが、法律があることに意義があるのです。ナフタリンは置いておけば虫が寄って来ませんから。
 経産省の太陽光に補助金を付けている部署は、どこに自衛隊の基地があるとかいうことをそもそも考えていませんでした。やっと最近は経産省も安全保障の土俵に乗ってきましたが、まだまだこれからです。国の根幹であるエネルギーの分野と安全保障とのすり合わせが一番、遅れています。これはGHQの日本非軍事化政策の爪痕です。
 戦後、GHQが入ってきて陸海軍がつぶされ、「一切の軍事をやめろ」と言われて全ての官庁が軍事関連業務をやめてしまった。その後「再軍備しろ」と言われたときに手を挙げたのは外務省、警察庁くらいで、他の役所は軍事とは完全に関係が切れていたのです。

有事にはたちまち飢える都市住民

杉山  エネルギーが国の根幹だというのはおっしゃる通りで、エネルギーが断たれると、たちまち食料も干上がってしまいます。
 食料を1カロリー生産するために、エネルギーはその10倍も使っているのです。何に使うかといえば農業機械もありますし、肥料や農薬も化石燃料からつくられています。もちろん物流や冷蔵などもあり、日本のエネルギー消費の3分の1程度が食料関係ともいわれます。エネルギーがショートしてまず何が起きるかといえば、物が運べなくなって都市の中が飢餓状態になるでしょう。ウクライナ戦争のように長引くことになれば、農業機械も動かせなくなり、肥料に至っては日本はほとんど輸入ですし、その備蓄も非常に心もとないのが現状です。最近、自衛隊の「継戦能力」が話題になっていますが、日本は食料もなければ肥料もエネルギーもない、そういう状態ですから、国全体の継戦能力という観点から考えなければ。

兼原  肥料は昨年、制定された経済安全保障推進法の中の「特定重要物資」に入っています。

杉山  入ってはいるのですが、まだ種類も量もわずかなのでこれからの課題が大です。

兼原  そもそも日本は島国ですから、すべてを自給することは不可能です。自給だけではないから12千万の人を養えている。自給だけだった江戸時代は3千万人ですからね。日本の食料・エネルギー安保の根幹中の根幹はシーレーンであって、これを切られたら日本は負けで、いかんともしがたい。

杉山  それでも脆弱性をつくらないことが重要で「豊富な貯えがあるから1年くらいは大丈夫だぞ」という姿勢を見せておけば

兼原  それだけ頑張れば、その間にアメリカが敵海軍をたたきつぶしてくれるでしょう。

杉山  敵が「1カ月で勝てる」と思ったら

兼原  そうなれば当然、仕掛けてきますね。エスカレーション・コントロールという考え方があって、やられたらやり返せるところには仕掛けてこない、ということです。日本の国会での議論というのは面白くて、土下座して謝ればやられない、という議論が大真面目になされていますが、そんなことはありません。土下座して謝ったら蹴り殺されるかもしれない。
 食料自給率の問題にしても、いま農業従事者の平均年齢は68歳と高齢化が進んでいます。この国の農業をどうするかを真剣に考えねば。オランダやニュージーランドなど、生まれ変わっている農業国はいくらでもあります。日本も、農林水産物の輸出額が昨年は1兆円を超えました。本当はもっと頑張れるはずです。農協はこれまで日本の農業を支えてきましたが、地方に行ってみるとほとんど銀行化していたりします。漁業も同様で「何かあれば漁業補償でおカネがもらえるから」みたいな話になっている。日本の農林水産業は農政・漁政を根本から考えなければ、自給率の向上は望めません。

杉山  食料自給率については、実はエネルギーをふんだんに使った上での自給率であり、有事を想定した食料自給率になっていません。その食料をどうやって運んでくるか、生産の際に農業機械を動かす油がなくなったらどうするか、肥料が入ってこなかったらどうするか、が度外視されているのです。

兼原  有事に備えたシミュレーションが必要でしょう。地震に関しては、関東大震災が起きた91日に全閣僚を集めて、防災服を着てもらって2時間みっちり訓練をします。年に1回、リアルにやっていますので、官僚が用意したシナリオもあり、閣僚もおおよその流れが理解できます。しかし有事については、国民退避から始まって、杉山さんがおっしゃるエネルギー自給とか食料自給とかという一番初めに出てくるべき話が考えられていない。シミュレーションを繰り返せば「あれをやらねば、これもやらねば」という点が出てくるのですが、有事の話はさわるのも嫌だ、となってしまっている。ここを何とかしないといけません。いまはエネルギーや農業の話には火がついておらず、まだ国民保護をどうするかという議論です。沖縄県の先島諸島からどう逃げるかという話の段階ですが、本土に逃げてきても食料がないかもしれない。杉山さんがおっしゃるように、こういう話も全部考えなければいけません。

ミサイル攻撃の標的になる石油タンク

杉山  CSIS(米戦略国際問題研究所)の台湾有事シミュレーションが最近、話題になりましたが、最初の3週間程度でミサイルを撃ち合った末に中国が台湾占領に失敗する、という筋書きになっています。しかしその後については書いておらず泥沼化することもあり得ます。台湾有事が1年、2年あるいはもっと長期に及んだ場合に日本の安全保障は、シーレーンはどうなるか、という議論を本当はしなければなりません。

兼原  台湾有事における軍事的な相場観はある程度あって、中国側は何千発ものミサイルを用意していますから、米空母もなかなか台湾には近づけないでしょう。周囲をイージス艦と潜水艦で固めて半径200キロの巨大な防空圏をもっている米空母は、グアムの基地が動いて来るのと同じようなものです。しかし台湾近海まで来ると叩かれるので、その手前で控えているわけです。今は米軍といえど台湾近海の制空権・制海権は握れない。米側からすると、出来ることは限られていて、中国軍を台湾に上陸させなければいいのです。台湾には20万人の軍隊がいます。その台湾を占領するには20万人では足りず、定石としては3倍の60万人が必要です。60万の軍隊を200キロある海峡を渡って上陸させるのは至難の業です。米軍は制海権を100%は取れませんが、敵の船を沈めるのは得意なので、やる。そうすると中国軍は台湾に上陸できません。一部が上陸できたとしても殲滅されますから、戦争はどこかで終わる。それで何が見えてくるかというと、米軍が遠くから撃ってくるだけだとすると、中国側から日本にもミサイルや爆撃機がたくさん飛んでくるわけです。それに関しては米側から「お前、自分で対処するんだぞ」と言われることでしょう。ミサイル攻撃にさらされるに決まっていますから、アメリカは空母機動部隊を後方に下げます。日本防衛では自衛隊が頑張らないといけない。日本は前線国家になるわけです。
 そのときに中国はどこを狙ってくるか。石油の備蓄タンクを全部つぶせば継戦能力はゼロになるので、そこを狙わないと考えるほうがおかしい。
 シーレーンを破壊するには、中国としては潜水艦が23隻出ていけばいい。最近、『暁の宇品陸軍船舶司令官たちのヒロシマ』という本が出ましたが、先の大戦で商船隊を徴用したのは陸軍でした。結局、その商船隊は海軍にもほとんど守ってもらえず9割、約15千隻が沈められます。6万人近い若い商船隊員が死んでいる。帝国海軍人の死亡率をはるかに上回る死亡率で、実態は輸送船団といっても特攻隊に近かった。しかしこれまでシーレーンの確保に向けた国の動きは、ほとんど進んでいないのが現状です。

まだ深い眠りにある日本

杉山  先述したGXですが、いま経産省・資源エネルギー庁が力を入れています。20兆円の「GX経済移行債」なる国債を発行し、それを20年くらいかけて償還するということで、年に1兆円程度の新しい特別会計がまたできることになりそうです。そして「GX経済移行推進機構」がつくられ、再生可能エネルギーを普及させ、それで水素をつくるとかいった話が進められていますが、日本の電力コストは上がるばかりで、日本経済の発展に逆行する話です。それは当然、安全保障にも逆行する話となります。GXの話が持ち上がってきたのは一昨年で、その後にロシアのウクライナ侵攻があったので方針転換するかと思って見ていたのですが、全然そうした転換の動きはありません。「脱ロシアの次は脱炭素」などと言われているのが現状です。脱ロシアの後には中国というさらに怖い相手も控えているのですが。

兼原  GXの話は、安全保障とは全くすり合わせなく動いていますね。特にエネルギー関連の新産業技術開発の話が安全保障と絡んでいないのが残念です。

杉山  全くです。日本のエネルギーをどうするつもりなのか。欧州も平和ボケで、実態としては世界中の化石燃料を買いあさったりしながら、表向きは脱炭素を掲げて、「化石燃料を買っているのは一時的なものです」と言い張っている。

兼原  欧州で必要な天然ガスの量は、世界のLNG(液化天然ガス)のスポット(短期当用)取引の量とほぼ同じです。だから欧州諸国が天然ガスを買いあさると、発展途上国は困ってしまう。

杉山  実際に天然ガスを買い負けて停電に陥る発展途上国も出始めています。一方、アメリカではバイデン大統領が温暖化対策に熱心ですが、インフレ抑制法という謎の名前の法律が成立し、「アメリカは本気で脱炭素に取り組むのだ」と日本では報道されています。しかし法律の内容をみると、蓄電池製造や重要鉱物の採掘といった産業にテコ入れする補助金を日本円で年5兆円ほど投入することになっており、自国を強くする方向での施策なのです。バイデン大統領の発言には米民主党の中でも急進的な人たちが主張するグリーンな話も入りこんでいます。
 ただ、アメリカは世界一の産油国であり、石炭の産出も多く化石燃料で潤っている州が多いだけに、全米的な脱炭素の規制は絶対に採用されません。共和党議員が反対するのはもちろん、民主党議員も「やっぱり産業が大事」というわけです。彼ら米国の多数派の合言葉は「エネルギー・ドミナンス」、つまりふんだんにエネルギーを供給して自国を潤し、友好国にも供給するのだということで、アメリカらしい物量作戦の発想です。日本もそのくらいの心意気で原子力の推進や化石燃料の調達なども進めていけばいいのですが。

兼原  やはり日本は敗戦の結果GHQに解体されて一度、国としての生存本能が死んで、ボーッとした社会になってしまっています。その点、アメリカは生き残るためなら何でもやる、というところがあります。

杉山  ようやく日本も目が覚めつつあるかと

兼原  いや、眠りは深いと思いますよ。

杉山  いい加減、目覚めてほしいものですが。

兼原  軍事の面では、少し目が覚めつつあるといえます。ウクライナの状況を見て、「あれを中国にやられたらどうなるか」を考え始めている。それで弾薬が足りないじゃないか、防衛費も2倍にしなければ、と動き始めているわけです。純軍事面では進展があるのですが、では有事になったら国民全体で自衛隊をどう支えるのか、エネルギーは大丈夫か、国民生活は大丈夫か、というところまではまだまだ意識が回っていません。

杉山  ウクライナの戦争でショックだったのは、アメリカが最優先したのが「核戦争を起こさないこと」で、ウクライナ人の命は二の次だったことです。台湾有事の際、日本は出撃拠点を米軍に提供しますから当然、日本も標的になります。そのときにアメリカは、やはり核戦争回避を最優先することでしょう。

兼原  アメリカは台湾有事の際、中国のA2AD(接近阻止・領域拒否)戦略を恐れて台湾近海には近づかず離れて戦う、しかも全面核戦争を恐れるので本気ではやらない、ということが明らかになりつつあります。核戦争にならない範囲で、アメリカは局地戦をやるつもりです。先ほどお話のあったCSISのシミュレーションですが、あれは日本人への「あなたたち、中国にやられますよ」というメッセージなのです。

有事に頼れる原発に注力を

兼原  ウクライナの状況を見て、国民は目が覚め始めたといえます。しかし国会での論戦があまりに低調です。安全保障について本質的な議論をする人がおらず、議員は次の選挙のことばかり考えている。本当の問題はこれだ、と言ってくれるリーダーが不在なのです。国民的議論を巻き起こす発信力があるのはやはり首相です。安倍首相はその点、凄かった。全左翼を敵に回しましたが、それくらいのガッツのある人でないと務まらないと思います。

杉山  発信力のある方はGXに熱心なんですよね。河野太郎さんに小泉進次郎さん、そして菅義偉前首相も。

兼原  それが間違いだとは言いませんが。ところで長年、役人をやっていて思うことですが、経産省というのは特殊な官庁なんですね。彼らの構想力・行動力は他の省庁にはないものです。GXも、経産省内でどのような意思決定過程があったのか、私には分かりませんが、首相を担いで突っ走っておカネも確保してきて、どうにか形にしてしまった。なかなか他の役所ではできないことです。

杉山  いま太陽光発電は全国各地で問題を引き起こしていますが、安全保障の観点から風向きが変わってきているように思われます。

兼原  安全保障ということでいえば2019年に秋田県の由利本荘沖の領海内で風力発電建設に向けた調査をするため、中国が公船を新潟港にまで派遣してきたことがありました。「何だこれは」と大騒ぎになってすぐに追い返したのですが、「誰が連れてきたのか」と調べたら民間の調査でした。そのころから経産省もだんだん安全保障について考えるようになってきました。
 それにしても、杉山先生が指摘されたエネルギー安全保障の話は、まだ十分にテーブルの上に載っていません。自衛隊の継戦能力の話ばかり出てきて、国家全体の継戦能力については議論が後回しになっています。いくら自衛隊が頑張っても、「電気がありません、油がありません」で国民が干上がってしまったら、日本はお手上げです。

杉山  シーレーンが封鎖されて石油・天然ガスの輸入が途絶えたら、日本は非常に厳しいことになります。その際には原子力発電所を全て稼働させることで、国内で必要な電力の2割程度は確保でき、加えて水力発電で1割程度は確保できるでしょう。それを優先順位の高い、継戦能力に関わるところに回せるようにしなければ。

兼原  そういう議論を今からきっちり進めておかねばなりません。そういう面倒なことは議論しない風潮がありますが、言いにくいことを言ってでも票を取ってくるのが本当の政治家です。
 その点で岸田首相は直接、お仕えしていないのであくまで印象ですが逃げない人ですよね。
 大きなものごとを決めるのには時間がかかりますが、進むべき方向は外していない。防衛費に5年で43兆円という決断もしましたし。原発の新増設も打ち出しました。そして結構、頑固で、いったん決めたら動じない人だと思います。

杉山  原発の再稼働・新増設という英断はありましたが、その先にまだまだ決めるべきことが残っています。一方でGXの導入に関しては、拙速なように思えてなりません。そうした国の存亡にかかわる議論が、国会できちんと行われることを望んでいます。