メディア掲載  エネルギー・環境  2024.01.19

エネ基計画で日本は自死するな

産経新聞「正論」(2024118日付)に掲載

エネルギー・環境

日本を取り巻く地政学状況は深刻だ。第7次エネルギー基本計画においては、安全保障と経済を重点とするほかない。経済が重要なのは、それが国家の安全保障の基盤だからでもある。

日欧の産業が大脱出

国連気候変動枠組み条約に基づくパリ協定で各国は20252月までに、35年のCO2数値目標を提出することとなっている。日本政府は第7次エネルギー基本計画の見直しに着手するが、それと整合性のあるCO2目標を提出する、というのが政府の考えのようだ。

だがこれは危険極まりない。国際交渉での相場が跳ね上がっているからだ。昨年末のCOP28では35年に世界全体で60%削減(19年比)という数字が打ち出された。それに合わせるとなると、産業に対する死刑宣告に等しい。

すでに産業はCO2規制がむやみに強化されつつあるEUや日本から逃げ出している。ドイツの化学業界は国内生産を縮小する一方、最大手BASFは中国へ100億ユーロを投じて工場を建設する。日本の製鉄業界も国内工場を閉鎖する一方、インドで高炉を建設し、米国の鉄鋼会社を買収する。政府が一部企業に補助金を出して誘致したところで、原資は他企業にさらなるコストとして跳ね返る。無数の企業を大脱出から引き留めることはできない。国家として存亡にかかわる。

世界の脱炭素の終わり

この数年間、EUと米国では左派的な政策を推進する政権が続いてきた。だがここにきて野放図な移民の受け入れに国民の怒りが爆発した。次いで脱炭素政策も、電気自動車の強制や再エネ導入等による国民への負担が明白になるにつれ、怨嗟(えんさ)の声があがっている。米国は今年末に共和党の大統領が選出されれば、トランプ氏であれ誰であれ、パリ協定から離脱し、グリーンディール(脱炭素のこと)を撤廃する。EUでは右派が国政選挙の度に勝つようになっており、今年6月の欧州議会選挙でも躍進するだろう。

グローバルサウスはどうかと言えば、昨年末のCOPでも、G7の「2050年脱炭素」の要請をはなから拒否した。パリ協定は完全に行き詰まり、先進国だけが自滅的な目標に執着している。

米国のバイデン政権、緑の党が入閣したドイツの連立政権のいずれも、支持率が低迷している中にあって、左派の支持基盤を喜ばすために、国際交渉においては環境主義がますます先鋭化している。彼らは「野心的」なCO2目標を掲げ、日本に同調を求めてくる。

だが共和党が大統領選に勝てば米国は百八十度変わり、化石燃料大国として君臨する。

EUはこのままではネットゼロ(脱炭素のこと)政策による自死に至る。だが今年にも政治の右傾化が進み、やがてネットゼロは放棄されるのではないか。グローバルサウスも、米国も、欧州も、どの国であれ脱炭素など不可能であり、見直しは必至だ。

翻って、日本はどうか。10年で150兆円のコストを伴うとされる脱炭素の法制化が着々と進んでいる。慣性のついた行政は氷山が現れても方向転換できない巨大船のようだ。このままでは無謀なCO2目標がパリ協定に沿って提出され、7次エネ基で部門別に割り当てられる。一体どうなるか。

光熱費は高騰し、産業空洞化は加速し、日本経済は沈没する。弱体化した日本は中国の影響力に太刀打ちできず属国となり、言論や政治の自由が制限されるかもしれない。事実上の日本の死である。

7次エネ基計画のあり方

エネルギー自死を避けるために7次エネ基に書くべきは何か。まず光熱費の低減だ。コスト増は国力を毀損(きそん)し安全保障を損なう。付け焼き刃の光熱費補助ではなく、以下の3点を通じ根本的な低コスト化を図るべきである。

1に原子力の最大限の活用だ。リスクゼロを要求するという不合理をやめるべきだ。原子力を利用しないことによる安全保障および経済のリスクこそ大きい。化石燃料は輸入に依存しており、再エネは不安定で高価だからだ。

2に化石燃料の安定調達だ。日本のエネルギー供給の柱はいまなお化石燃料である。現行の6次エネ基では、CO2目標に強引に合わせて供給量が少なく計画され、燃料の安定調達の妨げになってきた。この愚を避けるべきだ。

3に化石燃料の代替技術の開発について。再エネや合成燃料等は拙速な導入拡大を避け、コスト低減の技術開発に注力すべきだ。コスト低減の見込みがないと判明した技術開発は中断して基礎研究に戻す。

最後に、エネ基において部門別のCO2排出量の割り当てをしないこと。無謀な目標に基づく割り当ては、産業に対する死刑宣告となり、大脱出を引き起こす。パリ協定については、政権の意向としてのCO2目標提出はやむなしとしても、後は施策の羅列に留(とど)め無害化する。ただしこれは下策で、この自滅的な協定からは、米国と共に脱退するのが上策だ。