メディア掲載  エネルギー・環境  2023.06.30

台湾有事を抑止するエネルギー政策とは? 日本の備えはこれで大丈夫なのか

まったく緊張感がないエネルギー白書、継戦能力を高めるために必要なこと

JBpressに掲載(2023626日付)

エネルギー・環境

エネルギー白書が発表された。台湾有事にはどう備えているだろうか。読んでみて愕然としたのだが、「台湾」という言葉は統計の説明と各国のエネルギー状況を概説する部分の一部に出てくるのみ。「シーレーン」という言葉に至ってはそもそも一度も出てこない。これで大丈夫なのだろうか? 日本の置かれている状況、そして緊急に採るべき対策について考えてみたい。


中国による台湾の軍事侵攻は「時間の問題」との見方

66日に閣議決定されたエネルギー白書(正式名称:令和4年度エネルギーに関する年次報告)には、「エネルギーの安定供給」については書いてある。だが過去10年間に発行された白書と大筋では何ら変わるものではない。

エネルギー供給の多様化を図ること、石油などの備蓄をすること、資源供給国との関係を強化すること、などが書いてある。また、台風や津波などの自然災害への防災の強化についても指摘している。これらはいずれも大事だけれども、日本の事態はもっと切迫している。

特に、台湾有事のリスクは高まっている。中国の習近平政権は、これまでの慣例を覆して3期目(2023年から2027年まで)に入った。この間に中国が台湾併合に動くとの見方が高まっている。

「ヒゲの隊長」の愛称で知られる佐藤正久・自民党国防会長は、中国の公式文書や人事に基づいて、習近平政権が台湾に軍事侵攻するリスクは極めて高く、する・しないの問題というより、いつするか、という時間の問題だとみている(佐藤氏の著書『中国の侵略に討ち勝つハイブリッド防衛 日本に迫る複合危機勃発のXデー』による)。米国でも同様の見方をする識者が多い。

キヤノングローバル戦略研究所の峯村健司氏は、それに加えて、台湾統一は習近平氏自身の最重要な関心事でもあり、また、台湾統一に関しては中国国民の幅広い支持があることを指摘する。

米空母機動部隊はグアムまで下がる

峯村氏は、2024年末の米大統領選を巡って米国が混乱するなどの事態になれば、早くも中国が台湾に侵攻するおそれがある、としている(石平氏との共著『習近平・独裁者の決断』による)。

武力を伴う侵攻となると、米国はどう動くか。

米中軍事衝突のリスクが高まると、米軍の空母機動部隊は台湾付近から退避し、グアムまでいったん下がると見られている。

なぜか。

いま台湾付近での通常戦力バランスは中国が米国を上回っており、なかんずく、中距離ミサイルについては中国2000発に対して米国はゼロという圧倒的な中国優位の状態だからだ(図1)。

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【図1】米中の戦力バランス(出所:ハーバード大ケネディ行政大学院ベルファーセンター)

空母はこの中距離ミサイルの攻撃に対して脆弱であるため、グアムまで退避して、中国の中距離ミサイルの射程外から、米軍は台湾付近の中国軍を攻撃するという。話題になった米国戦略国際研究所(CSIS)のシミュレーションでもこのように予想されている。

シーレーンの喪失は継戦能力の喪失

ということは、日本付近の制海権は、米中どちらも完全には把握しない、という状態になる。この状態で、日本に向かう輸送船が、ミサイル、潜水艦、あるいはドローンなどで攻撃を受ければ、日本への海上物資輸送は滞ってしまう。

武力を伴う侵攻ではなく、政治的に台湾が統合される場合においても、台湾の東側にある港を基地にすることで、中国は西太平洋における軍事的プレゼンスをますます高めることになる。

中国本土の港は、東シナ海のように付近の水深が浅いため潜水艦の活動などに制約を受けるが、台湾の東側の港であればこの問題が解決されるという。中国による台湾の併合後は西太平洋において軍拡競争がますます激化し、中国が日本のシーレーンを脅かす能力もますます高まるであろう。

つまり武力侵攻であれ、武力を伴わない政治的統合であれ、ひとたび台湾有事となれば、日本のシーレーンは脅かされる。現状では、日本のシーレーンの喪失は、即、継戦能力の喪失を意味する。

ということは、かかる台湾有事を抑止するためには、シーレーンを脅かされても日本が屈服しない備えをして、中国にあらかじめ見せつけておかねばならない。

エネルギーに関する日本の継戦能力の現状と強化については、323日の本コラム「中国を抑止する継戦能力は日本にあるのか?武器弾薬以外にエネルギー、食料も」で概略を書いたけれども、さらにいくつかデータをお見せして深掘りしよう。台湾有事への意識は薄いが、エネルギー白書には、現状について知るためのデータは豊富に図示してある。今後どうすべきか検討するために有用だ。

化石燃料の供給維持がなによりも重要

まず日本のエネルギーの9割はいま化石燃料である天然ガス、石炭、石油である(図2)。発電も75%が化石燃料に頼っている(図3)。そして化石燃料資源の事実上ゼロの日本は、ほぼ全量を輸入に頼っている。

【第211-3-2】主要国の化石エネルギー依存度(2020年)

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(注)化石エネルギー依存度(%=(一次エネルギー供給のうち、原油・石油製品、石炭、天然ガスの供給)/(一次エネルギー供給)×100。資料:IEAWorld Energy Balances 2022 Edition」を基に作成

【図2】出所:エネルギー白書

【第214-1-6】発電電力量の推移

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(注1)1971年度までは沖縄電力を除く。(注2)発電電力量の推移は、「エネルギー白書2016」まで、旧一般電気事業者を対象に資源エネルギー庁がまとめた「電源開発の概要」及び「電力供給計画の概要」を基に作成してきたが、2016年度の電力小売全面自由化に伴い、自家発電を含む全ての発電を対象とする「総合エネルギー統計」の数値を用いることとした。なお、「総合エネルギー統計」は、2010年度以降のデータしか存在しないため、2009年度以前の分については、引き続き、「電源開発の概要」及び「電力供給計画の概要」を基に作成している。資料:2009年度までは資源エネルギー庁「電源開発の概要」、「電力供給計画の概要」、2010年度以降は資源エネルギー庁「総合エネルギー統計」を基に作成

【図3】出所:エネルギー白書

石油は運輸燃料だけでなく工場でも多く使われている。天然ガスも家庭や店舗だけでなく工場での使用量の方が多い。石炭は製鉄と発電が主な用途である。このいずれが欠乏しても、日本の継戦能力は危うくなる。

この現状に鑑みて、シーレーン途絶に備えてなによりも重要なのは、化石燃料の供給を維持することである。このためには、備蓄の量の積み増し、そして既存の備蓄基地の対テロ防御の強化などが喫緊の課題となる。原子力の再稼働も、もちろん急がねばならない。

ところで図2を見ると、中国の化石燃料依存度も日本並みに高く、9割近いことが分かる。ひとたび台湾有事となると、マラッカ海峡は米軍の勢力圏なので、中国も海上封鎖を受ける可能性がある。それで中国のエネルギー供給はどれだけ打撃を受けるだろうか?

中国の継戦能力は日本より頑強

もちろん中国にとっても一定の痛手にはなるが、日本に比べると、事態はそれほど深刻にはならない。なぜなら、中国は国産のエネルギーも豊富な上に、ロシアや中央アジア諸国からのエネルギー供給もあるからだ。以下、エネルギー・金属鉱物資源機構(JOGMEC)の竹原美佳氏のレポートからデータを拾ってみよう。

まず何よりも、一次エネルギー供給の6割を占める石炭について、中国は95%が国産である。このため、シーレーンが途絶しても基本的にはエネルギーに困ることはない。発電についても石炭が主力なので極端な電力不足になる心配は薄い。

天然ガスは最近になって環境対策のためとして発電用や民生用の使用が増えており、それに伴い輸入もしている。しかし海上ルートによる液化天然ガス(LNG)輸入は天然ガス供給全体の4分の1に過ぎない。6割は国産であり、残りはロシアや中央アジアからのパイプライン輸入である。このため、海上輸送によるLNGが途絶えても、深刻な供給不足は考えにくい。

石油については、中国は中東から日量562万バレルと大量に輸入していることを含め、海上輸送による輸入への依存度は高い(図4)。

【第222-1-9】世界の主な石油貿易(2021年)

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(注)上手の数値は原油及び石油製品の貿易量を表す。資料:BPStatistical Review of World Energy 2022」を基にBPの換算係数を使用して作成

【図4】出所:エネルギー白書

だが、中国全体の石油消費量1600万バレル(日量)のうち、4分の1400万バレル(同)は国産である。ロシアからも200万バレル程度(同)の輸入があるので、シーレーンが途絶したとしても、一定の継戦能力は確保されるだろう。

もちろん、これが長期化すれば、経済的な打撃は甚大にはなる。しかしながら、周りを全て海に囲まれている日本と比べると、中国の継戦能力におけるエネルギー供給は、マラッカ海峡などのシーレーン喪失に対して頑強である。

このままでは日本が先に倒れる

したがって、西太平洋におけるエネルギー海上輸送の安全性が崩壊したとき、中国と日本のどちらが先に倒れるか、というと、現状では、日本が先に倒れてしまう。

だからこそ日本は、①原子力発電の再稼働、②原子燃料、石油、石炭の備蓄の強化、③全てのエネルギーインフラのテロ対策の強化、の3つについて、ただちに、大規模に着手しなければならない。

ひとたび政治的な決断さえ下せば、1年間でもかなりの成果を上げることができるだろう。技術的、経済的に、さほどハードルの高いことではない。

前出の本コラムでも触れたように、1年間の戦争を戦い抜けるエネルギー継戦能力があれば、中国は日本に手を出しにくくなり、恫喝も通用しなくなる。平和のためにこそ、戦争への備えが必要だ。