メディア掲載  エネルギー・環境  2023.06.06

米国共和党の反ESG運動 次期大統領候補がけん引

エネルギーフォーラム・オンラインより転載(202359日)

エネルギー・環境

ESG(環境・社会・統治)は、米国の存立基盤である経済と自由を脅かす。だからフロリダでは死産とする(dead on arrival)

何と強烈な言葉だろうか。そして、これを述べたのは誰かと言えば、いま最も米国で注目を浴びている政治家であるフロリダ州知事ロン・デサンティスである。トランプに次ぐ人気を誇る、共和党の有力な大統領候補だ。4月24日には来日して岸田首相と会談した。日本政府としても、次期大統領になる可能性があるとして、早期の関係構築に動いた形だ。

そのデサンティスが強力に反ESG運動を率いている。これまで日本では、ESGは今後「世界の潮流」になると宣伝されてきた。だが、果たして本当にそうなるのか。

経済と自由の損失 共和党の州知事が連盟で声明

国民の年金を運用する基金などの運用においては、普通は、お金を預ける国民の利益を第一に考える。

これに対してESGとは、要は「良い」会社や事業に投資しましょうということなのだが、その「良い」とはいったい何か、それを誰が決めるのか、といった問題が生じる。

バイデン政権は、投資アドバイザー、投資ファンド、年金基金、金融機関などに対し、投資に際してESGの視点を織り込むよう、ルールを整えてきた。例えば労働省は、年金の運用に際し、ESGを考慮するよう関係機関に求めるようになった。

これに対し、デサンティスは3月16日に18の州知事とともに、「バイデンのESG金融詐欺と闘う」という連名での声明を発表した。名を連ねたのはいずれも共和党の州知事たちである。いわゆる米国のレッド・ステートだ。

声明のポイントは二つだ。第一は経済的なもので、運用の在り方がESGによってゆがめられ、環境などの目的が優先される結果、国民の利益を損なうことだ。第二は自由に関わるもので、選挙された訳でもない高級官僚や金融機関が、自分達エリート好みの特定の価値観に沿った投資を強制するのはおかしい、ということだ。

「覚醒した資本主義」に反発 党派的分断深まる

米国ではここ数年、民主党政権の下、LGBT(性的少数者)、人種・移民問題、銃規制、そして環境などのさまざまな問題について、左翼リベラル的な価値が相次いで制度化されてきた。その対象は投資や融資などの経済活動にも及んだ。ESGはまさにそれを最前線で具現するものだった。

だが、かかる動きは「覚醒した資本主義(ウオーク・キャピタリズム)」と揶揄されるようになり、これではまるで社会主義だとして、反対が巻き起こった。伝統的な価値を重んじる保守層とあちこちで軋轢を起こし、党派的な分断が深まった。

デサンティス知事はフロリダ州において、州政府のみならず民間企業の業務からも徹底的にESGを排除するよう、あらゆる禁止を規定した法案を提出している。

上述の19州の共同声明については、今のところ法的な意味は全くない。だがこのフロリダ州の法案が成立すれば、他の18州も類似の法律を制定していくと見られ、影響は大きくなるだろう。

ESGへの反対にはもう一つの側面がある。それは州民のお金を預かったり、州内で事業をしたりしておきながら、ESGを理由に州内の産業に投資をしないことは不適切だ、ということだ。

これまでも実際にESGを理由に、石炭、石油、天然ガスの採掘や、それを燃料にして事業を営む企業が、投資や融資を受けられなくなったり、事業の売却を余儀なくされたりといった圧力を受けてきた。

だが、米国には化石燃料に関連する産業で潤っている州は多い。米国は世界一の石油生産量、天然ガス生産量を誇る。石炭の埋蔵量も世界一である。

このため共和党はバイデン政権の進めるグリーンディール(日本で言う脱炭素)や、その推進手段であるESGの強化には強固に反対してきた。

のみならず、民主党の議員であっても、ウェストバージニア州選出のマンチン上院議員などを筆頭に、化石燃料産業への抑圧には反発がある。

その民主党から造反者が出たため、3月の初めには、米国連邦議会において上下両院とも、「労働省の年金基金運用はESGを考慮する」という規則を否定する決議が通ってしまった。結局これにはバイデン大統領が拒否権を行使したので無効になったが、米国ではいかにESGが不人気なのかよく分かる。

それでは気候変動はどうなるのか、と読者は思われるかもしれない。実は米国共和党は、気候危機説は誇張が過ぎ、極端な脱炭素は不適切だと認識している。トランプだけが例外なのではなく、デサンティスも含めて、共和党の重鎮はみな同じだ。デサンティスが2月に出版した著書「自由という勇気(The Courage to Be Free)」でも地球温暖化は一度しか言及されておらず、しかも危機を扇動している(alarmism)として取り上げられているだけだ。

いま米国ではインフレ抑制法(IRA)の成立でグリーン産業への巨額の補助金が出ており、折からの欧州のエネルギー危機を受けて、米国への産業立地がブームになっている。だがこの立地のほとんどは、エネルギーが安価な共和党の州(レッド・ステート)向けになっている。そのレッド・ステートがESGに叛旗を翻すとなると、いったい何が起きるのだろうか。