メディア掲載  グローバルエコノミー  2022.12.05

食料・農業・農村基本法見直しに隠された意図

農業の構造改革の放棄と零細農維持政策への転換

「金融財政ビジネス」 (2022年11月17日号掲載)

農業・ゲノム

食料安全保障の強化や1次産業の成長産業化などを理由に、食料・農業・農村基本法が見直される。国際的な農産物自由化圧力が低下したために、農業界では農業の構造改革への意欲や緊張感が低下し、零細で非効率的な農業と農業人口を維持すべきだという主張が高まっている。さらに、自民党農林族議員・JA農協・農林水産省の農政トライアングルは、ロシアのウクライナ侵攻で食料安全保障に対する国民の関心が高まっていることを国内農業保護の強化に利用しようとしている。農水相は国民の各層の意見を聞くと言っているが、方針は決まっている。


戦後農政を規定した農地改革

戦前の農家が貧しかったのは、収穫した米の半分を小作料として現物で納めさせられたことと、「三反百姓」という言葉があるように耕作規模が零細だったためである。農地改革は、戦前から小作人解放のために努力した農政官僚の執念が実現したものだった。しかし、これによって「自作農=小地主」が多数発生し、零細農業構造が固定されてしまった。

農政官僚たちは、農地改革の後に零細農業構造の改善のために〝農業改革〟を行おうとしていた。1948年の農林省「農業政策の大綱」は「今において農業が将来国際競争に堪えるため必要な生産力向上の基本条件を整備することを怠るならば、我が国農業の前途は救いがたい困難に陥るであろう」と述べている。この時、既に国際競争が意識されていたことは注目に値する。

他方で、当初、農地改革に関心を示さなかったマッカーサーのGHQは、その政治的な重要性に気付く。終戦直後、小作人の解放を唱え、燎原(りょうげん)の火のように燃え盛った農村の社会主義運動は、小地主となった小作人が保守化したため、急速にしぼんでいった。これを見たGHQは、保守化した農村を共産主義からの防波堤にしようとして、農地法(52年)の制定を農林省に命じた。農地法が目的としたのは、〝自作農〟という農地改革の成果を固定することだった。農地法は、小農固定による強力な防共政策であり、保守党の政治基盤を築くものだった。

この保守化した農村を組織し、自民党を支持したのが、戦後につくられたJA(農業協同組合)だった。戦後の食料難時代、政府は貧しい消費者にも均一に米を割り当てる配給制度を実施していた。しかし、農家は価格の良い闇市場に米を販売してしまうので、政府に米が集まらない。このため、農林省は1948年、戦時中の統制団体だった「農業会」を食料の供出団体として活用するため、「農業協同組合」に改組した。

農協には、他の法人には禁止されている銀行業務と他の業務の兼業が認められ、これが農協発展の基礎となった。そればかりではない。政治活動を行っていた「農会」と経済活動を行っていた「産業組合」(協同組合)を統合した農業会を引き継いだ農協は、経済活動とともに政治活動も行う団体となった。ここに、戦後政治を規定する最大の圧力団体が出現したのである。

日本医師会も圧力団体だが、それ自体が経済活動を行うわけではない。戦前の農業団体も、欧米の農業の政治団体も同じである。しかし、JAだけは違う。その政治運動は、農家の利益というより自己の組織の利益を考慮したものになる。高米価で滞留した兼業農家は、そのサラリーマン収入等をJAバンクに預金し、JAバンクは預金量100兆円を超える日本有数のメガバンクに発展した。JAが高米価・減反政策を推進する理由はここにある。

数奇な運命をたどった農業基本法

農業基本法が作られたのは1961年だった。終戦直後の食料難から米を中心に生産は大幅に拡大し(米の生産量は45587万㌧、46921万㌧から601286万㌧に増加)、農村地域出身の国会議員は、農業関係の予算が縮小されるのではないかという危機感を持つようになった。このため、ドイツで基本法が作られ、これを契機に農業予算が拡大したことに着目し、日本でも基本法を作るべきだという主張が農業関係議員の間で高まり、農林省に法の制定を迫るようになった。

これに対して、政府・農林省は、59年に農林漁業基本問題調査会設置法を制定し、同調査会を総理の諮問機関として設置した。会長は、経済学者シュンペーターの高弟である東畑精一・東京大学教授、同調査会事務局長には、後に政府税制調査会会長を16年間務め「ミスター税調」と呼ばれた小倉武一・前食糧庁長官が就任した。東畑、小倉という、当時の学界、官界を代表する最高の人材が基本法の検討に当たった。

当時、経済が復興してくるにつれ、農業所得が工場勤労者の所得を下回るようになった。このため、農業基本法の目的として〝農工間の所得格差の是正〟を掲げた。農業所得は、農産物価格に生産量を乗じた売上額からコストを引いたものである。価格または生産量を上げるか、コストを下げれば、所得は増大する。しかし、価格を上げれば家計に影響する。このため、基本法は農家規模を拡大してコストを下げる方法を選択した。

しかし、このような基本法は国会議員たちの考えたものとは異なっていた。彼らは、農業の発展よりも、農業保護・予算の確保に関心があった。特に、社会党は「貧農切り捨て反対」というイデオロギー的な主張を行い、基本法に反対した。組合員を丸抱えしたいJAも、基本法の構造改革を選別政策だと非難して協力しなかった。

成立後も、基本法は実施されなかった。自民党最大の支援団体であるJAの強力な政治運動を受けて、政府・自民党は、農家所得向上のため、食糧管理法の下で政府買い入れ価格(生産者米価)を大幅に引き上げた。

米価引き上げはコストの高い零細な農家の米作継続を可能とした。都市との格差是正のため、地方に工場が積極的に誘致された結果、農村に居ながら工場に勤務できるようにもなった。機械化の進展で米作への投下労働時間が大幅に減少し、工場勤務者等の週末労働だけで米は作られるようになった。こうして、農村に零細な兼業農家が大量に滞留してしまい、主業農家の規模拡大は実現しなかった。65年以降、サラリーマン収入と農業所得を合わせた農家所得は勤労者世帯を上回るようになったが、それは農業の構造改革ではなく、農家の兼業化(サラリーマン収入)によって実現したものだ。

基本法による零細農業構造の改善には、農家戸数が減少していくだろうという見込みがあった。しかし、農村が工業化され、農家は農村を離れなかった。さらに、日本ではフランスのような厳格な土地利用規制(ゾーニング)がないため、農地が宅地や工場用地の価格と連動して上昇した。農地価格は農業の収益還元価格を大幅に上回るようになり、農地の売買による規模拡大も困難となった。農地法は賃借(小作)権を強く保護したので、所有者は貸したら返してもらえないと思い、賃借による規模拡大も進まなかった。

農業基本法は、制定後10年も経たたないうちに農林省からも顧みられなくなった。なぜなら、零細農業構造の改善のため規模を拡大しようとすると、農家戸数を減少させなければならない。そうなると、農業の政治力が低下して農業予算を獲得できなくなることに気付いたからだ。

農業基本法から食料・農業・農村基本法へ

米価引き上げで60年代後半から米が過剰となり、3兆円もかけて過剰米を飼料や援助用等に処理するとともに、1970年からは減反政策を本格的に実施するようになった。

減反は単なる米減らしではなく、米から他の作物への転作に対して補助金を払うことで食料自給率を高めるのだと主張された。しかし、麦や大豆へ転作するには新しい機械や技術が必要である。週末しか農業をしない兼業農家はこのような対応はできないので、転作補助金をもらうため、麦等の種まきをするだけで収穫しない〝捨て作り〟という対応をした。収穫しないので食料自給率は上がらなかった。

80年代に入ると、日本の大幅な貿易黒字が米国等から問題視され、日本に対して農産物自由化の要求が高まるようになった。経済界やマスコミからも農政批判の声が高まった。

農政でも、再び規模拡大等で農業の国際競争力を高めるべきだという考えが出てきた。同時に、米の部分開放、食糧管理法の廃止、経済界からの株式会社による農地取得の要求、中山間地域の荒廃など、農政を巡る状況も変化した。こうして「食料・農業・農村基本法」が作られた。

新基本法が理念として掲げたのは、農家所得の向上ではなく、食料安全保障と多面的機能(水資源かん養等の外部経済効果)である。農業構造については「国は、効率的かつ安定的な農業経営を育成し、これらの農業経営が農業生産の相当部分を担う農業構造を確立するため、(中略)農業経営の規模の拡大その他農業経営基盤の強化の促進に必要な政策を講ずるものとする」(第21条)とし、農産物自由化への対応を強く意識したものとなった。

見直しの背景〜再度の揺り戻し

ところが、2020年の政府の「食料・農業・農村基本計画」は「経営規模や家族・法人など経営形態の別にかかわらず、担い手の育成・確保を進める」とし、大規模農家育成を軸とした基本法から大きく舵(かじ)を切ったとして、JAや守旧的な農業経済学者を中心とした農業界から高く評価されている。この「基本計画」の方向に沿って、基本法を見直すのだろう。

WTO(世界貿易機関)は機能不全に陥っており、関税撤廃を要求されるかもしれないと思って戦々恐々としたTPP交渉も農業には大きな影響なく妥結した。農産物貿易の自由化は遠のいた。農業の国際競争力を心配しなくてもよい。

人手不足を指摘される野菜や果物など労働力を多く必要とする農業と異なり、米麦などの土地利用型農業では、農家戸数が減少し1戸当たりの規模が大きいほどコストは下がり、所得は増大する。しかし、農家戸数の減少は、JAや自民党農林族にとっては好ましくない。

自民党農林族議員・JA・農水省の農政トライアングルは、農業従事者や農家戸数が減少すると農業生産が減少して食料安全保障が危うくなるという主張を行うようになった。しかし、1995年から今日まで農業従事者数は7割も減少しているのに、農業生産額(物価変動を除いた実質値)は2割しか減少していない。この60年間で酪農家戸数は40万戸から14千戸に減少したにもかかわらず、生乳生産は200万㌧から750万㌧に4倍弱も増加した。

米でも兼業農家が退出した後は主業農家が農地を引き受けるので、食料供給に支障はない。これまで農水省は、米作農業について、担い手(主業農家や法人)への農地集積による規模拡大、これによるコストダウン、競争力の強化を掲げてきた。このためには、農家戸数が減少しなければならない。現在の主張はこれまでと矛盾している。

また、彼らはウクライナ侵攻で高まっている食料危機への不安を農業保護強化の好機だととらえている。国民からすれば、同じ負担をしてコストの高い国産穀物を少量(例えば100万㌧)手に入れるよりも、安い外国産穀物を大量に(1000万㌧)輸入し備蓄する方が、いざというとき飢餓を免れる。どんなに高くても国産の戦闘機を買うべきだという人はいない。それでは、国内農業が維持できないのではないかという疑問もあるかもしれないが、それは国内農業や農政が自ら競争力向上で対応すべき問題である。

しかし、国産の方が安心できるという非論理的な主張が通ってしまう。既に、岸田文雄首相や農林族議員は、食料安全保障のためには、麦、大豆、飼料の国産振興が必要だと主張している。ただし、これは50年以上も膨大な財政負担を行いながら効果を挙げなかった政策の繰り返しである。

農水相は国民各層の意見を聞くと言い、食料・農業・農村政策審議会で1年かけて検討するとされている。しかしそのメンバーは、形の上では各層から選ばれているように見えるが、選んでいるのは農政トライアングルの一員である農水省である。農政の問題点を指摘する研究者、米の生産縮小で廃業に追い込まれている卸売業者、米が高くて買えない生活困窮者などが選ばれることはない。また、審議会に農水省が提出する資料は、特定の結論に誘導するために作られたものである。農政トライアングルの意向に反するような報告書が出されるはずがない。

医療のように、本来財政負担が行われれば、国民は安く財やサービスの提供を受けられるはずなのに、減反は補助金(納税者負担)を出して供給を減らし米価を上げる(消費者負担増加)という異常な政策である。国民は納税者としてだけでなく、消費者として二重の負担を強いられている。主食の米の価格を上げることは、消費税以上に逆進的だ。

経済学の費用便益分析をすれば、「経世済民」とは対極にある減反はだれが考えても最悪の政策である。それなのに、会長が経済学者であるこの審議会が減反政策に異を唱えたことは、これまで一度もない。農政トライアングルが決めた政策を、そのまま了承してきた。

政府の審議会の委員になることは、大学内の出世のための大きな評価材料となる。農政トライアングルが決めた政策に反論したりすると、委員に再任されなくなる。国民のためなら、むしろ大学経済学部の1年生を委員・会長に任命した方がよい。

農政を国民の手に取り戻す

国民全体の利益を考え食料安全保障や多面的機能を確保し向上させるために必要なことは、農業保護を第一にするという考えをやめて、国民に食料を安価で安定的に供給することを基本とし、ここから発想することである。

現基本法第2条第4項は次のように規定している。

「国民が最低限度必要とする食料は、凶作、輸入の途絶等の不測の要因により国内における需給が相当の期間著しくひっ迫し、又はひっ迫するおそれがある場合においても、国民生活の安定及び国民経済の円滑な運営に著しい支障を生じないよう、供給の確保が図られなければならない」

輸入途絶という危機の時に、どれだけの食料が必要なのか?この場合、小麦も牛肉もチーズも輸入できない。輸入穀物に依存する畜産は、ほぼ壊滅する。生き延びるために、最低限のカロリーを摂取できる食生活、つまり米とイモ主体の終戦後の食生活に戻るしかない。

当時の米の11日当たりの配給は23勺(一時は21勺に減量)だった。12550万人に23勺の米を配給するためには、玄米で1600万㌧の供給が必要となる。しかし、1967年に1445万㌧の米産を実現したが、それ以降は減少させ、今年産米の生産は670万㌧である。輸入途絶という危機が起きると、半分以上の国民が米を買えなくなり、餓死する。

農政トライアングルは、米生産を維持するためには高い米価が必要だとして米生産を減少させている。言っていることは支離滅裂だ。60年から比べて、世界の米生産は3.5倍に増加した。日本は4割の減少である。しかも、補助金を出してまで主食の米の生産を減少させる国がどこにあるのか?

減反を廃止すれば、1700万㌧の生産は可能だ。平時には1000万㌧を輸出し、危機時にはこれを食べればよい。米価を下げれば、貧しい人のための物価対策になるし、財政的にも3500億円の補助金を廃止できる。米価が下がって困る主業農家への補てん(直接支払い)は1500億円くらいで済む。サラリーマン収入に依存している兼業農家には直接支払いは不要である。

農政は、JAを中心とした農政トライアングルという特定の利益集団のために運営されている。農水省は「国民全体の奉仕者」ではない。

見直すべきは基本法ではなく、基本法の掲げた目的に反している農政である。国民は農政を自らの手に奪い返さなければならない。