メディア掲載  財政・社会保障制度  2022.12.02

現役世代ばかりに 防衛費の財源負担を負わせるな

WEDGE Infinityに掲載(2022年11月25日付)

国際政治・外交

昨年12月、岸田文雄首相が安保関係3文書の見直しを表明した。安保関係3文書とは、「国家安全保障戦略」「防衛計画の大綱」「中期防衛力整備計画」を指し、このうち、「国家安全保障戦略」は国の外交・防衛政策の基本方針を定めるもので、201312月に初めて策定したものをいう。また、「防衛計画の大綱」は略称で「防衛大綱」と呼ばれ、国家安全保障戦略に沿って、概ね10年間で保有すべき防衛力の水準を定めたものをいう。最後の「中期防衛力整備計画」は略称で「中期防」と呼ばれ、5年間の防衛関係の経費や装備品の数量を定めたものをいう。

今回の見直しにより、「防衛大綱」「中期防」は各々、「国家防衛戦略」「防衛力整備計画」に改称される模様だが、この動きと連動して、大きな注目を集めているのが内閣官房に設置された「国力としての防衛力を総合的に考える有識者会議」の議論である。

ロシアによるウクライナ侵攻が契機となり、自民党が防衛費を5年以内に国内総生産(GDP)比で2%以上に引き上げるように主張しており、その財源をどう確保するか、が大きな争点になっている。現在の防衛費はGDP比で概ね1%程度で推移しているため、仮に2%に引き上げるとなると、5兆円程度の追加財源が必要となる。

この財源につき、有識者会議の資料(22119日開催)では、「恒常的な歳出である防衛費については国債に頼らず恒久財源を確保すべき」であり、「防衛力強化の受益が広く国民全体に及ぶことを踏まえて、その費用も国民全体で広く負担するというのが基本的な考え方であり、国民の理解が必要」と指摘している。有識者会議の最終的な報告書(221121日公表)では税目に関する明示はなかったが、119日の資料では、財源の例として、他の歳出削減による財源の捻出のほか、所得税や法人税が記載されている。

まず、有事になれば、想像を絶する戦費を賄うケースもあるため、平時の防衛費は国債に依存せずに恒久財源を確保すべきという指摘は正論に思われる。例えば、太平洋戦争では、大量の国債を発行した。1937年度に国民所得比で約70%であった国債等の債務残高が、44年度には約270%に膨張した。僅か7年で、200%ポイントも増加している。

有事の時こそ大規模な国債発行が可能となるよう、平時では財政基盤を強化し、財政的な余力を確保する必要がある。国債の国内消化にも一定の限界があり、国内での資金調達が難しくなると、日露戦争の時のように、海外から資金を調達するしかない。しかしながら、現在の日本のように、過剰な政府債務を抱える国が、有事の際に国債発行を行おうとすると、投資家から非常に高い利回りを要求される可能性がある。

また、財政ファイナンスで戦費調達をする方法もあるが、その場合、円安やインフレが加速するだろう。インフレが加速すれば国民生活は疲弊するとともに、石油など戦争遂行に必要な物資を購入するためにも為替の安定が必要となる。有事の前や最中に財政が破綻すれば、安全保障上の脅威に対応することもできなくなってしまう。このため、平時では、防衛費の増強に関する議論のみでなく、過剰な政府債務を適切な水準まで引き下げることにより、有事に陥っても大規模な国債発行が可能となる余力を高める議論も重要となろう。

人口減少が加速し定員割れが続く自衛隊

この意味では、他の歳出削減や増税により、防衛力の拡充に必要な財源を確保することが重要となる。有識者会議の資料では、所得税や法人税が例示されているが、経済学的に防衛は純粋公共財であり、高齢世代を含む全世代が防衛力強化の便益を受ける。このことは有識者会議の資料でも触れられており、所得税や法人税といった現役世代が中心に負担する税目で、防衛力強化の財源を賄うという議論はおかしい。

そもそも、本当に有事になったら、戦争に赴くのは若者などの現役世代の可能性が高いはずであり、現役世代の負担で賄えば、全ての負担を現役世代に押し付けることになる。このような議論は理不尽であり、防衛力強化にあたっては、政治がリーダーシップを発揮し、年金課税の強化を含め、高齢世代にも一定の負担増をお願いするのが筋だろう。

また、資料では、「負担能力に配慮しながら」という記載もあり、この原則も当然だが、現実的に考えて、仮に所得税の見直しで対応する場合、高所得者に対する増税のみで5兆円もの財源を徴収するのは難しく、低所得者にも負担をお願いすることになると思われる。

そもそも、防衛費が2倍になったからといって、防衛力が2倍になるとは限らない。「財源の規模ありき」の議論でなく、本当に必要な予算を見極め、全体戦略の中で議論を行う必要があろう。

この関係で、現在の防衛力拡充に関する議論で見落とされているのが、急速な人口減少が進む中、自衛隊の定員をどう確保あるいは見直すか、という問題ではないか。

22年度における国家公務員数は約59万人だが、その5割弱の約27万人が防衛省の職員である。防衛省職員の構成は、トップの防衛大臣を含む事務官等が約2万人、残りの約25万人が自衛官となる。あまり知られていないが、自衛隊の創設以来、自衛官の定員を充足したことは一度もない。

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(出所)「令和4年版 防衛白書」から抜粋

自衛官の階級は16階級制だが、大別すると、「将」「佐」「尉」「曹」「士」の5つがある。「令和4年版 防衛白書」によると、このうち、幹部(「将」「佐」や3尉以上の「尉」)の定員(約4.6万人)、准尉(「尉」で一番下の階級)の定員(約0.5万人)、「曹」の定員(約14万人)は、概ね93%~98%の充足率だが、会社組織で言うなら平社員に相当し、現場の中心となる「士」の定員(約5.4万人)は、充足率を約80%しか満たしていない。

また、有事などの際に必要な自衛官の不足に対応するため、「予備自衛官」(定員約4.8万人)、「即応予備自衛官」(定員約0.8万人)の制度もあるが、定員充足率は概ね70%や50%しかない。

もっとも、日本の自衛官の定員が適切とは限らない。この判断をするため、世界銀行の統計データ(2012年)を用いて、米国やロシア・中国などの諸外国と比較してみよう。

各国の人口が異なるため、労働人口当たりの兵士数を指標として比較すると、まず、北朝鮮における労働人口当たりの兵士数は約9%、イスラエルやシンガポールは約5%、韓国は約2.5%、ロシアは約1.8%、イタリアは約1.4%、タイやフランス、ベトナム、ノルウェーは約1%で、米国は約0.94%となっている。また、フィンランドは約0.9%、エストニアは約0.8%、インドや英国、スイスは約0.5%、オランダは約0.48%、オーストラリアは約0.46%、ドイツは約0.45%で、日本は約0.4%となっている。中国は、日本以下の約0.38%だが、人口が日本の10倍なので、兵士数も概ね10倍となる。なお、カナダは約0.34%、スウェーデンは約0.3%で、世界平均は約1.3%である。

世界平均(1.3%)は概ね日本(0.4%)の約3倍であり、急速に少子化が進むわが国が自衛官の定員で世界標準の体制を整備するのは、もはや現実的ではないことは明らかである。自衛隊は、精強さを保つため、若年定年制および任期制という制度を採用しており、自衛官の定年は現在55歳となっている。

防衛省の職員数(27万人)を維持するためには、毎年1万人以上を採用する必要がある。実際、ここ数年の自衛官等の採用状況をみると、毎年1.4万人~1.5万人を採用しているが、それでも自衛隊の定員は充足率を満たしてない。

22年の出生数が80万人割れとなるのは確実だが、今の出生数の減少トレンドが継続すると、40年には出生数が60万人割れとなる可能性も高い。その時の0歳児が20代になる場合、60万人のうち1.5万人、すなわち60人に1.5人が自衛官等になるとは思えず、現行の体制の見直しも急務であろう。人員の不足は、戦略や装備で穴埋めするしかない。

日本の防衛に山積する課題 日・米・韓で議論の場を

なお、今回のロシアによるウクライナ侵攻では、ウクライナ南東部ザポロジエ原発の付近で爆発が起こったが、幸いにして、最悪の事態は免れた。しかしながら、仮に大規模な爆発が起きていれば、放射線による被害は東欧諸国などにも及ぶ可能性があった。

ザポロジエ原発は欧州で最大規模の総電気出力を有するが、それは世界3位の規模に過ぎず、世界最大の総電気出力を持つのは、日本の新潟に立地する「柏崎刈羽原発」であり、有事の際に敵国が核を保有していなくても、原発施設を攻撃すれば、核攻撃と似た効果をもたらすことは可能であるという現実も忘れてはいけない。

この問題に対する議論は全く無いが、この防衛問題にどう対処するのか。一つの戦略は、防衛装備の増強で対処する方向性もあるが、政府債務が累増するなかで財政的な制約も存在する。また、人口減少が急速に進む中で自衛隊の人材確保にも限界があるとするならば、何か別の戦略を検討する必要があるかもしれない。

このような状況のなか、防衛力の強化を図るため、日米間での核シェアリングの議論もあるが、現実的に米国が日本と核の運用を共有する政治判断をする可能性は低いと思われる。しかしながら、実現に向けた協議を行っていること自体が「抑止力」として機能するとの考え方もある。

また、中国や北朝鮮などの国々をできる限り刺激せず、政治的な摩擦を回避する戦略も重要である。不確実性が増す国際情勢において、日本の防衛力を強化するため、議論を一歩でも前進させるためには、日本単独での米国との協議でなく、国内や国外の世論にも十分に配慮しながら、似た問題意識をもつと思われる韓国とも連携・協力し、日本・米国・韓国の3カ国で議論を行う場を構築する戦略も重要ではないか。