コラム  国際交流  2022.09.06

『東京=ケンブリッジ・ガゼット: グローバル戦略編』 第161号 (2022年9月)

小誌は大量の資料を網羅的かつ詳細に報告するものではない—筆者が接した情報や文献を①マクロ経済、②資源・エネルギー、環境、③外交・安全保障の分野に関し整理したものである。紙面や時間の制約に加えて筆者の限られた能力という問題は有るが、小誌が少しでも役立つことを心から願っている。

台湾海峡情勢は我が日本にとっても無関心でいられない程、不確実性に包まれた状態になっている。

米国国防大学(NDU)は、昨年末、同学の専門誌(Joint Force Quarterly (JFQ))の中で、中国の危険なAdventurismを予告していた。まさしくその通りに中国は弾道ミサイルを日本近海に向けて発射し、戦闘機を台湾の防空識別圏へ侵入させた。こうした状況を踏まえ、我々は米中台が発信する情報を綿密に分析し、de-escalationを念頭に対応策を練る必要がある。

そして今、①米国の資料に関して、また②中国は低迷する“一帯一路”の再活性化を図るために、台湾の大陸統一派を取り込む動きを見せているが、そうした動きを警戒する台湾の資料に関し、内外の友人達と議論を重ねている(pp. 4-5の図1、2を参照)。

またNDUが昨年1月に公表した資料に関しても、友人達と情報交換を行っている(“The PLA Beyond Borders: Chinese Military Operations in Regional and Global Context”)—その中で注目しているのは、台湾のthink tank (國家政策研究基金會(NPF))の揭仲・楊念祖両氏が、人民解放軍(PLA)の台湾侵攻作戦(大型岛屿联合进攻作战)に関連した兵站能力(战略投送)の評価を行い、台湾の対中防衛策を提言している部分だ。こうした中、台湾問題に対する米国の関与に関し、8月1日、米国連邦議会で5人の専門家による非公開の公聴会が開催された(次の2参照)。

中露と米欧との対立は世界に“分岐化したグローバル化(bifurcated globalization)”を深化させている。

米国の或る友人が次のように語った—The Caribbean Sea is to the United States as the South China Sea is to China. 続いて彼はカリブ海東端の国Trinidad and Tobagoの大学とHuawei (华为)とが提携した事を伝えた(次の2参照)。中国は対外政策としてGlobal South(全球南方)やGlobal Security Initiative(GSI; 全球安全倡议)を標榜し、中国沿海部だけでなく、南太平洋のソロモン諸島、更にはアフリカや中南米において、米欧と対抗するような形で影響力を強めている。

現在ウクライナで苦戦するロシアにとっても、頼りになる国は中国である。『日本経済新聞』の記事「ロシア製ドローン、隠せぬ技術劣位 半導体は中国頼みに」(8月29日)が語る通り、中露の力関係は嘗てとは異なり、主客転倒し“中主露従”の状態になっている。同紙が示す通り、プーチン政権による「2030年までのロシア連邦電子産業発展のための戦略(Стратегию развития электронной промышленности Росийской Федерации на период до 2030 года)」は“画餅”に過ぎず、現在の厳しい対露制裁下で頼りになるのは中国だ。その中国は欧米が撤退したロシアの市場を安価なエネルギー資源と引き換えに占有出来る地位を築こうとしている。

米中露欧(EU)の間で繰り広げられる“せめぎ合い”の中で、如何なる戦略を日本は採るべきか。

米国主導で築かれた現在の世界秩序にGlobal SouthやGSIで異を唱える中国。そして中国に依存しつつ、エネルギー資源でEUに圧力をかけ、継戦のために代替的な資源輸出先を探るロシア。この中露両国の動きから目を離す事が出来ない。こうした中、“反露”感情が高まるEUにおける経済大国ドイツは今エネルギー危機を起因とするインフレに直面している。

8月20日、ヨアヒム・ナーゲル独連邦銀行総裁が同行のWeb上に載せたインタヴュー記事に驚いた(「10%のインフレが秋に(Eine Inflationsrate von 10 Prozent ist im Herbst möglich)」)。更に総裁は、「過去に2桁インフレが記録されたのは70年も前の事なのです(Zweistellige Inflationsraten wurden in Deutschland das letzte Mal vor über 70 Jahren gemessen)」と述べた。欧州諸国の中でインフレに苦しんでいるのはドイツに限らない—EU域内ではエストニアやイタリア等、またEU域外の英国における状況は厳しいものがある。

コロナ禍“第7波”の来襲直前に、フランスの社会科学高等研究院(EHESS)の友人を自宅に招き、日欧経済や現在2人の共通関心事項(自立支援・介護ロボットの開発)について、フランスの美酒(RuinartやMeursault等)を飲みつつ議論した。その途中で筆者の愛読書の一つ—マルク・ブロック先生の本—に関して語った時に、その友人は興奮して語り出した—それは現在5歳の息子にも成長した時、自国の歴史を考える上で読ませたい本だという(『奇妙な敗北: 1940年の証言(L'Étrange Défaite: Témoignage écrit en 1940)』)。

ケッサクだったのは、彼が「その本は日本語に翻訳されているのか? ジュン」と尋ねた事だ。筆者は「勿論だ(Bien sûr)」と答えると同時に、筆者はHarvardの代表的国際政治学者で、2015年に逝去されたスタンリー・ホフマン教授が主催する集まりで、原書の仏語版で読んだ事を伝えた。同書は、第二次世界大戦直前まで、陸軍大国と見なされていたフランスがNazi Germanyに呆気なく敗退した原因を分析した著書だ。筆者は同書を読んだ時、それがあたかも80年前の我が日本帝国陸軍参謀本部及び海軍軍令部の機能不全を描いた本に思えたのだ—作戦担当の第一部(1er bureau)と情報収集・分析担当の第二部(2e bureau)との連携不足に代表される“指揮系統の機能不全(l’incapacité du commandement)”をはじめとする「知性上の破綻と行政上の破綻(une faillite intellectuelle et une faillite administrative)」こそが、帝国陸海軍の「奇妙な敗北」の原因だったのだ。

日本の「奇妙な敗北(une étrange défaite)」は先の敗戦にとどまらない。我々は現在、巷間“デジタル敗戦(la défaite digitale)”と呼ばれる状況下にある。否、“デジタル敗戦”どころか、現在、日本は全面的な経済的“後退”を経験しているのだ!! 8月3日に発表されたFortune Global 500に拠ると、トヨタが“Top10”から脱落し、“Top 500”社の国別企業数でも減少しているのだ(p. 6の表1、2を参照)。

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