メディア掲載  エネルギー・環境  2022.08.08

日経もダマされた「環境白書」のデータ誤用は、ひょっとすると意図的なもの?

令和4年版白書を読む

現代ビジネス(2022年8月1日)に掲載

エネルギー・環境

「被害2.5倍」のワナ

今年67日に令和4年版の環境白書が出た。

以前から批判しているけれども、環境白書は、毎年、そもそも観測の統計をほとんど出さないうえに、たまに出す図は使い方を間違っていたり誤解を招くようなものでしかない。

今年は日経新聞が《気候変動は「経済・金融リスク」 被害2.5倍、環境白書》という見出しで、以下のように報じていた。

《気候変動に関連する災害の被害額は17年までの直近20年間で2.2兆ドル(約280兆円)となり、1997年までの20年間と比べて約2.5倍に増えた。》202267日付)

この元になったデータを見ると下図があった。

fig01_sugiyama.jpg

令和4年版環境白書より

環境白書の説明では

1998年から2017年の直近20年間の気候関連の災害による被害額は22,450億ドル(全体の被害額29,080億ドルの77%)と報告されていますが、これは、1978年から1997年の20年間に生じた気候関連の災害による被害額8,950億ドル(全体被害額13,130億ドルの68%)に比べて約2.5倍です。》

となっている。

こうするといかにも、地球温暖化のせいで被害が2.5倍になった、大変だ、ということになりがちで、実際に、日経新聞の記事はそのようなニュアンスになっている。

けれども、上図は物理的な気象災害の激甚化を示すものなどではない。以前書いたように台風やハリケーンの物理的な激甚化など起きていない。

起きたことは、人間の経済活動が盛んになり、生活空間が広がり、資産価値が高まったことで、被害の金額が増えただけだ。

8年間で温暖化に影響?

下図で、青い格子の領域が洪水になるとしよう。この面積は1950年から2010年まで一定であるとしても、人間の居住領域(黄色、オレンジ、茶色の丸)が拡大し、しかも資産価値の高い地域(茶色の丸)が広くなっていくにつれ、被害金額は大きくなっていく。

牛の目が広がっていくようなので、これを「牛の目効果」(以下のロンボルグ論文を参照)という。

fig02_sugiyama.jpg

https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0040162520304157?via%3Dihub

環境白書にはあと2つしか観測の統計が載っていないので、ついでにそれも見ておこう。

fig03_sugiyama.jpg

令和4年版環境白書より

本文を読むと、こうある。

《風水災害等による過去の支払保険金の金額は、平成後半以降に起こった災害が上位を占めています。》

そもそもこんなわずか8年間という短期間の統計では長期的な地球温暖化の影響のトレンドなど読めるはずがないし、「牛の目効果」があるから支払保険金の金額が増えてゆくのは当たり前だ。

これで環境白書に載っている観測データの統計の図は全て終わりなのだ!

ちなみに図は載っていないが、以下の記述があった。

《我が国では、長期的には極端な大雨の強さが増大する傾向が見られ、アメダス地点の年最大72時間降水量には、1976年以降、10年あたり3.7%の上昇傾向が見られます。その背景要因として、地球温暖化による気温の長期的な上昇傾向に伴い、大気中の水蒸気量も長期的に増加傾向にあることが考えられています。》

じつは長期変化の傾向を捉えてはいない

この記述について引用元が書いていないので(きちんと引用してください、なにしろ白書なのだから…)データを探してみると、それらしきものが気象庁ホームページにあった(気候変動監視レポート20212.4)。

fig04_sugiyama.jpg

気候変動監視レポート2021より

これを見るとたしかに増加傾向にあるが、この図の下にある赤い▲は何か?

説明を読むと、こう記述されている。

200311日から、毎正時の1時間降水量の最大を求める方法から毎正10分(144個)の最大を求める方法に変更した。これにより、観測値には▲の前後でサンプリング間隔に起因する系統的な違いがある(例として、日最大1時間降水量が50mm以上の場合には、平均して8mm多くなる傾向がある)。》

待ってくれ。この補正をしないで「増加傾向3.7%/年」なんて環境白書に堂々と書いてよいのか?

それから、この「監視レポート」には環境白書にはない以下の記述もある。

《ただし、大雨や短時間強雨は発生頻度が少なく、それに対してアメダスの観測期間は比較的短いことから、これらの長期変化傾向を確実に捉えるためには今後のデータの蓄積が必要である。》

その通り。1976年以降だけを見たのでは、長期的な傾向を捉えるには不十分なのだ。1950年代、1960年代にはスーパー台風も頻繁に上陸していた。

環境白書というのは、何よりも、環境の現状を正直に国民に伝えるべきだ。そのためには、観測データの統計をきちんと整理することが第一のはずだ。それがおろそかになっていたり、あるいはデータの使い方を間違ったりしているのでは、落第である。

実際のところ、きちんと統計を見れば、台風や大雨などの極端な気象の頻度や強度は、はほぼ横ばいかせいぜい僅かな増加にすぎない。例えば台風は増えてもいないし強くもなっていないことは、以下の図から明らかだが、これは環境白書には載っていない。

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気候変動の観測・予測・影響評価に関する統合レポート2018より

こういった観測データの統計を正直に見せると温暖化対策の推進に不都合だから、わざと環境白書はこんなことをやっているのかと勘繰られても仕方がないのではなかろうか。