コラム  国際交流  2021.12.01

『東京=ケンブリッジ・ガゼット: グローバル戦略編』 第152号 (2021年12月)

小誌は大量の資料を網羅的かつ詳細に報告するものではない—筆者が接した情報や文献を①マクロ経済、②資源・エネルギー、環境、③外交・安全保障の分野に関し整理したものである。紙面や時間の制約に加えて筆者の限られた能力という問題は有るが、小誌が少しでも役立つことを心から願っている。

米国 中国 欧州

新型コロナウイルスが再び世界各地を襲い、世界経済の行方に暗雲が立ち込め始めている。

ドイツ連邦銀行は「各地で生じた中間財不足のために経済活動が停滞し、そしてデルタ株による諸州への負荷が再び増大した(Gravierende Knappheiten bei Vorleistungsgütern behinderten in vielen Regionen die Wirtschaftsaktivitäten. Mit der Ausbreitung der Delta-Variante des Coronavirus verstärkten sich in einigen Ländern zudem wieder die pandemie-bedingten Belastungen.)」と先月22日公表の月報の冒頭で述べ、欧州最大の経済が既に変調を来した事を伝えた。

隣国オーストリアでも都市封鎖(Ausgangssperre; ロックダウン)が12月12日まで敷かれているが、最悪の場合、延長される危険性がある。今年のニューイヤー・コンサート(das Neujahrskonzert)では、残念な事にマエストロ・リッカルド・ムーティが聴衆の居ないホールでタクトを振った。来年のNeujahrskonzertが無事に聴衆に満ちた場で、マエストロ・ダニエル・バレンボイムが指揮出来る事を願ってやまない。

先月も中国情報を巡り内外の友人達と意見交換を行った。

習近平主席が語った「歴史決議(«中共中央关于党的百年奋斗重大成就和历史经验的决议»)」と中国・ASEAN対話関係樹立30周年記念サミットでの講演「«命运与共 共建家园»; “For a Shared Future and Our Common Home”」に関して、“知中派”の友人達から多くを学んだ。

歴史に関し興味の尽きない中国。新型コロナウイルス危機のために、昨年生誕250年記念行事が小規模開催となったヘーゲル大先生は、『歴史哲学講義(Vorlesungen über die Philosophie der Geschichte)』の中で、「中国と共に歴史が始まるのだ…。 中国ほど歴史家を次々と輩出した民族は無い(Mit dem Reiche China hat die Geschichte zu beginnen . . . . Kein Volk hat eine so bestimmt zusammenhängende Zahl von Geschichtschreibern wie das chinesische.)」と述べた。だが留意すべき点は、中国の歴史家が真実を語っているかどうかだ。弊研究所に以前約半年滞在したハーバード大学のトニー・セイチ教授は「決議」の内容と将来展望との間に存在する複雑な関係に関し、英The Guardian紙に小論を載せている(次の2を参照)。

またこれに関して10月に放映されたNHKのTV番組「中国新世紀 中国共産党 一党支配の宿命」は興味深いものだった—毛沢東の秘書を務めたが政治の民主化を訴えたために失脚し、約8年間投獄された李鋭氏の日記を中心に共産党の歴史を伝えた番組だ。この日記は共産党内部の「真実」を詳述した史料で、Wall Street Journal紙に拠れば、日記の所有権に関して、法廷闘争になっているらしい(9月15日付記事“A Former Mao Aide’s Diaries Spark a Custody Battle over an Unofficial History of China” )。同紙の記事の中で前述のセイチ教授はインタビューに答えて、故李鋭氏の日記が党内政治に関し、“正确党史观”と呼ばれる現在の共産党の歴史観とは異なるものの、貴重な研究資料である事を指摘した。

ASEANとの対話関係樹立30周年記念に関し、習主席は南シナ海を「和平之海、友谊之海、合作之海」と語った。この“語りかけ”に対し、ASEANは米中双方を睨みつつ如何に対応するのか、興味は尽きない。スタンフォード大学のドナルド・エマーソン名誉教授による著書(The Deer and the Dragon: Southeast Asia and China in the 21st Century, Asia-Pacific Research Center, 2020)の中で示された対中戦略やシンガポール南洋大学のタン・シー・セン教授が、英国シンクタンク(国際戦略研究所(IISS))の本年6月発表の資料(Asia-Pacific Regional Security Assessment)の中で示した意見に関して、内外の友人達と意見交換を行った。また小誌前号で触れた対中強硬派、シカゴ大学のジョン・ミアシャイマー教授による小論(“The Inevitable Rivalry: America, China, and the Tragedy of Great-Power Politics”)は、対中関与に対して非常に厳しい見解を提示している。彼の著書(The Tragedy of Great Power Politics, 2001)の訳本(«大國政治的悲劇»)が台湾から10月に出版された(大陸では2008年版の修訂訳が本年1月に出た)。中国の友人達との議論が円滑になる事を願い、台湾の友人に先月頼んでこの訳本を入手したので、これから台湾語訳で再読する予定だ。

米中間の緊張が高まる中、ロボットや人工知能(AI)の国際研究体制が一段と複雑になりそうだ。

11月5日に米国の研究者が発表したロボット開発に関する報告書に拠れば、中国での進歩が顕著で、特に軍事開発に関して米国に肉薄する勢いを示している(p. 4の表1参照)。こうした中、我が国のロボット開発は如何なる分野を重視すべきなのか。筆者は今、人類全体に役立つサービスロボット産業の発展に関し、10月28日、国際ロボット連盟(IFR)が発表した資料を基に分析を進めている(p. 4の表2参照)。

AIに関し先月、ヘンリー・キッシンジャー氏が、Googleの元CEOであるエリック・シュミット氏とMITに新設された Schwarzman College of Computingのダニエル・ハッテンロッカー初代学長と共に著書を公表した(The Age of AI: And Our Human Future)。同書はAIが全人類の将来に対し、特に人類の倫理感と絡んで、多大なる影響を与える事を強調している。そして国際秩序に対して、20世紀に出現した人類の将来を左右する技術—核(nuclear)技術—に比べると一段と複雑かつ予測不可能な形で、AIが影響を与える事を警告している。

同書の最後では、カント大先生の『純粋理性批判(Kritik der reinen Vernunft)』の中の一節を引用して、“人間の「理性」が避ける事が出来ず、また理解出来ない問題”に関し、人工の「知能」を援用して取り組む時代の到来が示されている。確かにカント先生が『純粋理性批判』で論じた「何を知り得るか?」に関し、AIは人類を助ける事が出来るであろう。しかしカント先生が『実践理性批判(Kritik der praktischen Vernunft)』で論じた「善・道徳を念頭に何を為すべきか?」に関し、また『判断力批判(Kritik der Urteilskraft)』で論じた「美・芸術を求めて何を創るべきか?」に関し、AIは本当に人類を助ける事が出来るのだろうか。これらについて筆者は今も疑念を抱きつつ友人達と議論している。

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『東京=ケンブリッジ・ガゼット: グローバル戦略編』 第152号 (2021年12月)