メディア掲載  グローバルエコノミー  2021.10.12

台湾のTPP加入を淡々と進めよう

中国には反対する権限が何もない

論座に掲載(2021年9月27日付)

通商政策

9月22日、台湾がTPP加入申請を行った。

16日の中国の加入申請に間髪を入れずに行ったものだ。新規加入申請国は既加盟国の了承が必要となるので、中国が加入すると、台湾が加入できなくなることを恐れたのだという解説が行われている。同時に、中国からの圧力が高まる中で、政治的な対抗措置としての性格もあるのだろう。


台湾のTPP加入に障害はない

中国のTPP加入に関する記事で、私は対中国との関係でも台湾のTPP加入を活用すべきだという趣旨から、「台湾はTPP協定を熱心に勉強している。加入交渉に時間はかからないだろう。台湾が高いレベルの協定を受け入れて中国ができないということになれば、中国のメンツは保てない。」と述べた(「中国のTPP加入申請、安易な妥協をしてはならない」2021年09月21日付け論座)。

これについて説明する前に、トランプが2016年大統領選挙に勝利した直後に私が書いた「トランプ氏が世界貿易を破壊する」(2016年11月16日付け論座)という記事の一節を引用したい。

「11月10日、11日に台湾で開催されたTPP(環太平洋経済連携協定)のシンポジウムに招かれ、発表・討議に参加した。9日に台北のホテルに到着したら、テレビでトランプが勝利宣言をしていた。わが目を疑う光景だった。

このシンポジウムは、台湾がTPPに参加するためには医療や食品の安全性の分野でどのような対応をすればよいのかという狙いを持って、台湾の厚生労働省が各国の専門家を招いて開催したものだった。

開始の前日にTPPへのアメリカの参加が困難になったというアクシデントが起きてしまった。しかし、いずれ同じような協定が結ばれるだろうから、台湾としてTPPやWTOについて専門家の意見を聴取するべきだという観点にたって、台湾の法学研究者等も交え熱のこもった議論が行われた。」

9月23日付の朝日新聞は、「台湾は10年前から、関連法令の整備を進めてきた」という言葉を紹介しているが、そのとおりだろう。このシンポジウムが開催されたのは5年前だが、台湾政府の行政官も、大学の法学者も、TPP協定の細部についてまで、高い理解を持っていた。23日、台湾の蔡英文総統は、日本語で、「石の上にも五年!」「総統になってからこの水準の高い貿易協定の参加を準備してきました」「台湾は全てのルールを受け入れる用意がある」と投稿している。シンポジウム開催後、TPP加入のための5年間の蓄積があるのだろう。

台湾がシンポジウムを開催していたころ、中国では、TPPに参加するのが良いかどうかという入り口の議論が中心で、TPPに入ることを前提として国内の法制度をどのように修正すべきかという、より進んだレベルの議論まで行われていなかったように思われる。中国と違い、台湾がTPPの諸協定を受け入れるのに、ほとんど問題はないだろう。

加入交渉で問題となるのは、加入申請国の法制度がTPP協定に整合的かどうかという問題に加えて、加入申請国が既加盟国の市場開放に関する要求に応えられるかどうかである。台湾のWTO加入交渉では、コメの扱いが問題となった。今日でも、これが一番の問題になるかもしれないが、コメの市場開放を要求しそうなアメリカはTPPから離脱中だし、アメリカが復帰したとしても、TPP交渉での日本の対応(米豪への国別輸入枠の設定)を参考にすればよい。オーストラリアは日本への輸入枠すら消化困難な状況なので、台湾にコメの市場開放を迫ることは考えられない。

ある主要紙は、福島県などの5県産の農産物輸入禁止の解除を日本が要求すると、台湾の政権運営にかかわる問題になると指摘しているが、日本の農産物輸出にとって台湾市場は大きなものではない。輸出解禁にシンボル的な意味はあるかもしれないが、台湾のTPP加入による大きな利益を考慮すると、日本政府がこの問題を台湾の加入交渉で取り上げるとは思われない。


中国との関係をどう処理するか?

台湾のTPP加入自体には問題はない。問題なのは、台湾を中国の一部とする中国政府の反発である。23日中国政府は、台湾が中国の一部だとする「一つの中国」原則に基づき、台湾のTPP加盟を認めない姿勢を明確にした。しかし、台湾の加入を認めるのは、TPP既加盟国であって、中国には何の権限もない。

中国については、加入に至るまでTPP整合的な法制度の実現や各国が要求する市場アクセスへの対応について高いハードルがあることに加え、加入のための交渉入り自体が行なえるかどうかという問題がある。

9月21日付の記事で既に紹介したように、アメリカ、カナダ、メキシコの自由貿易協定であるUSMCAで、メンバー国に対し中国との自由貿易協定の締結を事実上禁止する規定がある。TPPの加盟国であるカナダ、メキシコが、TPPを通じて中国と自由貿易協定の相手国となることは困難である。また、オーストラリアは、中国の一方的な関税引き上げをWTOに提訴中である。遠くない将来TPP加盟国となるイギリスは、9月15日、オーストラリア、アメリカとともに、中国を意識したAUKUSという安全保障の枠組みを立ち上げている。さらに、ベトナムも中国との間で領土問題を抱えている。中国の加入申請を歓迎したとされるマレーシアは、未だにTPP協定を批准していないため、加入交渉に影響力を持たない。

こうした事情から、台湾が加入交渉入りして中国ができないとすれば、中国は反発するだろう。


中国には反対する権限が何もない

しかし、USMCAは別として、このような事態を招いたのは中国の行動である。オーストラリアに対する措置以外でも、台湾産の果物について、害虫を発見したという理由で、3月にパイナップル、9月にバンレイシとレンブを、それぞれ輸入禁止にした。中国は、自国の大きな市場を他国に圧力をかける手段として利用してきた。このような態度が改まらない限り、TPPに中国を受け入れることは困難だろう。中国も申請すれば加入できるという認識は改めるべきである。TPP加盟国の信頼を得るよう、中国は努力する必要がある。

日本を含めTPP加盟国は、中国政府に要求されれば、なぜ中国が加入できないのかを淡々と説明すればよい。中国と台湾のWTO加入交渉では、台湾との交渉は1996年頃には実質的に終了していたのに、中国のメンツを考えて、中国が加盟した2001年まで台湾の加盟を遅らせる(加入議定書の発効は、中国2001年12月、台湾2002年1月と、一月ずらした)という対応を行った。しかし、TPPは国連の下部組織であるWTOとは異なる。自由貿易推進という共通の利益を持つ国々のクラブ的な集まりである。TPP加盟国が中国に配慮する必要はない。

中国政府の報道官は、「公的な性格を持ついかなる協定や組織にも、台湾が加わることは断固として反対する」と述べたが、既に台湾は、貿易に関して、クラブ的なTPPより公的な組織であるWTOにもAPECにも参加している。中国とは切り離して、台湾の加入交渉を事務的に粛々と進めるべきだ。


アメリカのTPP参加を促そう

同時に、中国のTPP加入申請は、アメリカがTPPから離脱したために起こったものである。アメリカでは自由貿易に反対する勢力も強いが、中国に厳しい態度で臨むべきだとする勢力も強い。アメリカが中国に対抗しようとすれば、TPPに復帰することが望ましいことをアメリカに働きかける必要がある。TPP交渉を開始したオバマ政権の副大統領だったバイデン大統領なら、中国との関係でもTPPは重要であることを理解するだろう。また、通商関係では、連邦議会は大きな力を持っている。中国の台頭を懸念するチャック・シューマー民主党上院院内総務などにもTPPの重要性を訴えるべきだろう。仮に復帰のために必要があるとアメリカが要望するのであれば、アメリカが希望するTPPの環境章や労働章を見直してもよい。