メディア掲載  グローバルエコノミー  2021.10.08

コロナとコメと選挙 〜立憲民主党がたどる日本社会党の道

野党第一党の驚くべきアナクロニズム

論座に掲載(2021年9月24日付)

農業・ゲノム

新型コロナがコメに及ぼす影響とは

アメリカ人がよく使う表現に、"Every cloud has a silver lining." があります。直訳すると、“どの雲にも銀の裏地がついている”ですが、悪い出来事にも明るい部分があるという意味です。日本語で言うと、“不幸中の幸い”とか“悪いことばかりではない”という表現に当たります。

新型コロナは、経済に大きな影響を与えました。ただし、どの産業にも一律に影響を与えたのではありません。一部の自動車メーカーは大きな利益をあげています。その一方で、対面でのサービス提供が必要な、大衆食堂、レストラン、居酒屋などの外食業界は、大きな被害を受けました。

同じサービス産業でも、大学などは、パソコンを利用したオンラインでのサービス提供という方法がありました。しかし、パソコンの画面を通じて料理を提供することはできません。持ち帰り、宅配、出前(ウーバーイーツなど)でも、売り上げを確保することは困難です。

外食店が影響を受けると、そこに食材を提供する農業も影響を受けます。新型コロナの影響が出始めたとき、ぜいたく品である和牛肉の商品券や和牛肉の学校給食への提供という案が農林族議員から出され、物議を醸しました。

牛肉の価格は高い水準で推移していて、新型コロナの影響をほとんど受けていません。他方で、主食であるコメについては、大きな影響が見られるようになりました。それは米価の低下です。

コメは家庭で食べるというイメージが強いと思いますが、主食用のコメのうち、7割が家庭内消費で、3割が弁当や外食店などで消費されています。巣籠もり消費でコメの家庭内消費は若干増えましたが、外食産業でのコメ消費の落ち込みをカバーすることはできませんでした。

消費が減少したので民間在庫は増加し、6月末は適正在庫と言われる180~200を超え、219万トンに達しました。JA農協は農家に支払う今年産のコメ代金を前年の2~3割減らしました。



コロナが減反を破壊する?

コメ政策の基本は高米価政策です。政府が農家からコメを買い入れていた食糧管理制度の時代、自民党政府は政府買入れ価格(生産者米価)を引きあげることで、農家の所得を補償しようとしました。

ところが米価を上げ過ぎたので、生産が増え消費が減少し、深刻な過剰を招きました。政府は過剰米の在庫を家畜のエサや海外援助へタダ同然で処分しました。これに3兆円もの血税が使われました。これとともに、農家に補助金を出して生産を減少させ、政府が買い入れる量を減らそうとしました。これが減反の起こりです。

1995年に食糧管理制度が廃止され、一般的なコメの買い入れがなくなり、政府の買い入れは備蓄米に限定されました。食糧管理制度時代の直接的な米価支持はなくなりました。それに代わり、今では、減反で生産を減少させ米価を高く維持しています。減反がなくなれば、米価は下がります。これは今でも続いています。減反廃止は安倍政権のフェイクニュースです。毎年農家に払う減反の補助金に、政府は3,500憶円もの血税を使っています。

ところが、今年の減反の消化は大変でした。コメの需要は毎年10万トンずつ減少しています。これに加えて、昨年は生産数量が目標数量を20万トン以上上回ったことから、今年は30万トン以上の減産が必要だとされました。農林水産省が示した適正生産量は693万トンで、ピーク時の1967年の1,426万トンから半分以下に減少することになりました。

昨年でも水田面積238万ヘクタールのうち主食用のコメを作付けしたのは137万ヘクタールにすぎず、水田の43%が減反されています。農家はもう昨年以上の減反はできないという反応でした。減反目標の達成(農水省が示した適正生産量までのコメ生産の減少)は危ぶまれました。しかし、これにJA農協は大変な危機感を持ちました。米価が下がると農協の販売手数料は減少します。また、コストの高い兼業農家や年金生活者が農業だけでなく農協組合員であることも止めると、兼業や年金の収入が農協口座に預金されなくなってしまいます(JAバンクの預金残高は2020年3月末で104兆円、うち農家等の個人は92兆円)。JA農協グループは必死になって農家等に働きかけを行い、ようやく減反目標を達成することができました。米価を維持するなら、なりふり構わず、主食であるコメの生産量を減少するという姿勢です。

コロナによる需要の減少で、米価を維持しようとすると、来年は減反をさらに強化しなければなりません。しかし、もう減反は限界にきています。

通常の政策なら、政府が財政負担を行うことで、国民は安く財やサービスの提供を受けられます。これに対し、減反という政策は、国が補助金を出して生産を減少させ、価格を上げて消費者負担を高めるという、極めて異常な政策です。国民は、納税者として消費者として二重に負担します。価格が下がっても、欧米のように財政から直接支払いをすれば、農家は困りません。今の財政負担と消費者負担という政策から財政負担だけの政策に移行するのです。しかも、直接支払いの対象を米価低下で影響を受ける主業農家に限定すれば、財政負担も大幅に軽減できます。

これこそ真の減反廃止です。主食であるコメの価格を安くする国民消費者重視の政策です。生産者にも負担をかけません。私が、新型コロナにシルバー・ライニング“silver lining”を見出すとすれば、この点です。



驚くべき立憲民主党のアナクロニズム

コロナが正しい農業政策の実現につながるかもしれないと期待したのですが、衆議院選挙での農民票目当てに、時代錯誤の驚くべきコメ政策が立憲民主党から提案されました。

その一つは、政府の備蓄米の枠を拡大して、市場からコメを買い入れ、米価を維持しようというものです。これは今年JA農協グループが非公式に要求し、政府自民党が拒否したものです。立憲民主党に比べると、自民党が立派に見えます。

コロナによる需要の減少が一時的なものであるという保証はありません。また、来年直ちに外食需要が平年並みに戻るとは期待できません。仮に、平年に比べて、今年50万トン、2年目40万トン、3年目30万トン、4年目20万トン、5年目10万トン、それぞれ減少し、6年目に平年に戻ったとします。トータルのコメの買い入れは150万トン、一俵(60kg)当たり1万5千円で購入したとして3,750憶円の国費を必要とします。買い入れ費用だけでなく、金利保管料も加えると、納税者の負担は、これだけではすみません。

そればかりではなく、コロナがなくても、毎年10万トンずつ消費は減っています。これ以上の減反が困難となるなかで、米価を維持しようとすると、来年を初年度として10万トン、2年目は20万トン、3年目は30万トン、というように、政府の買い入れ量はどんどん積み上がり、それに必要な財政負担も増加していきます。

これに加えて、立憲民主党は、旧民主党の戸別所得補償の復活を提案しています。EUは1993年に穀物価格を下げて、直接支払いで補いました。消費者負担型の農政から納税者負担型の農政への転換でした。価格ではなく直接支払いで農家の所得を保証するという方法は、市場への歪みが小さいので、経済学者が勧める政策です(ただし、日本の農業経済学者の多くは、そう考えないようです)。しかし、旧民主党の戸別所得補償は、減反で米価を高くした上に直接支払いを加えるというものでした。つまり、今の財政負担と消費者負担という減反政策にさらに財政負担を加えるというものでした。確かに、余計にお金をもらえるので、農家は喜びました。立憲民主党は、選挙公約として、これを復活しようとしています。



矛盾の政策体系と化した立憲民主党

これらの選挙公約は、農民票が目当てであることは明白です。

しかし、立憲民主党は、農家の実態を知っているのでしょうか? 2015年65歳以上の農業者は全体の64%を占めます。農業者の圧倒的多数はコメを作っていますから、これはコメ農業の実態ととらえて間違いではありません。つまり、今のコメ農家のほとんどは年金生活者です。次に多いのは、平日は会社や工場などで働くサラリーマンです。コメだけで生計を立てている主業農家は、全体の9%に過ぎません、

年金生活者やサラリーマンは、余暇または片手間にコメを作っているだけです。主たる収入は年金や給料です。都府県の標準的な1ヘクタール規模の農家では、今の高い米価でも、肥料や農薬などのコストを引くと収益はマイナスになっています。コメで生活などしていないのです。

米と書いて八十八と読むのだと言われた時代は過去になりました。機械化が進んだので、コメ農業は農業の中で最も簡単にできる農業となりました。早乙女という言葉があるように、昔、田植えは女性の仕事でした。腰を曲げて作業するので、年を取ると腰が曲ってしまいます。しかし、今農村に腰の曲がったおばあさんはいません。一日8時間労働するとして、1ヘクタールの水田を耕すために、1951年は年間251日働きました。今(2015年)は、年間たった29日です。

アルバイト大学生でも、もっと働いているのではないでしょうか? アルバイト以下の就業のために、立憲民主党は所得を補償するのでしょうか? これだけ寛大な立憲民主党なら、コメ農家以上に働いているフリーターの人への戸別所得補償は、当然用意されていることでしょう。

立憲民主党の農業政策は米価の維持です。これは、コメを主食とする消費者にとっては大きな負担です。その一方で、消費税を5%に引き下げることを公約にするようです。国民消費者が高い農産物価格を払うことで農家に所得を移転している額は、2019年で4.1兆円に達しています(OECD)。消費税1%は2兆円に相当しますから、これは消費税2%に当たります。これだけではなく、輸入の小麦や牛肉などにも関税がかけられて、消費者は高い価格を払っています。これを逆進的と言わなくて、なにを逆進的と言うのでしょうか? また、消費税は引き下げておいて、農民票のためにお金はばらまくというのでは、財政再建に無責任すぎます。

食料は必需品です。消費税はぜいたく品にもかかっています。コロナで生活が苦しい消費者の負担を軽減しようとするなら、行うべきは消費税の軽減ではなく、高い農産物・食料品の価格引き下げではないでしょうか?



立憲民主党がたどる旧社会党の運命

食糧管理制度の時代、米価を自民党政府が引き上げると、社会党をはじめとする野党は、もっと引き上げるべきだと言って、政府を批判しました。米価を高くし、コストの高い小農を滞留させておいて、その小農のコストを賄うだけの米価が必要だといって、また米価を上げる、ということが繰り返されてきました。米が過剰になった後も、社会党は、減反に反対し全量政府買い入れを主張しました。自民党と同じく社会党の地盤も都市部ではなく農村部でした。

55年体制と呼ばれた与党自民党と野党社会党の構図は、1.5大政党制と言われました。自民党に代わり社会党が政権を取ることは、当の社会党さえ考えていませんでした。このため、財源などを考慮しないで無責任な主張を重ねました。

その原因は、1947年日本社会党委員長片山哲を首班とする内閣の失敗にありました。「社会党にやらせたことがあったんだ。でもうまくいかなかった。どんなに悪くても、政治は自民党にやらせるしかない」。これが戦後の昭和を生きた多くの国民の実感でした。国民は社会党の無責任な主張を見透かしていました。消費税導入後の総選挙のように、社会党がどんなに勝利した時でも、自民党の議席の半分しか獲得できませんでした。

私には、立憲民主党と社会党がダブって見えます。革新政党である社会党が政権を取ったときも、2009年の民主党政権誕生の時と同様に、国民の間に高揚感がありました。しかし、二つの政権とも、主義主張の異なる人たちの混成部隊だったので、やがて内部対立で崩壊しました。民主党政権では、鳩山由紀夫総理の混乱・迷走も加わりました。野田佳彦氏が初代の民主党総理だったらと思いますが、歴史に“たら”は禁物です。

国民の多くは、立憲民主党を自民党のオールタナティブ(代替案)とは考えていません。菅内閣の支持率がいくら低下しても、立憲民主党の支持は一向にアップしないばかりか、自民党の支持率は横ばいか、むしろアップしています。旧社会党と同様、立憲民主党も自らの農業政策が実現するとは思っていないでしょう。財源や政策の整合性を考えずに、選挙目当ての公約を打ち出す姿も似ています。

高米価政策という点で、立憲民主党の農業政策は自民党と同じ方向を向いています。違うのは、より過保護だという点だけです。これでは、自民党と対立軸を作れません。思い切って、私が主張してきたように、減反の完全廃止、米価の引き下げ、主業農家に限定した直接支払いという政策を打ち出してはどうでしょうか? 実は、2003年まで民主党の選挙公約は上記のように私が主張した案だったのです。

それができなければ、国民は立憲民主党を自民党に代わる代替案とは考えないでしょう。国民が期待できるのは、自民党内の政権交代しかないでしょう。自民党の総裁選挙に注目や関心が集まっているのも、こうした国民の認識を示しています。立憲民主党は“埋没”を心配しているようですが、本当に心配しなければならないのは、旧日本社会党がたどった“沈没”という運命でしょう。