コラム  国際交流  2021.10.05

『東京=ケンブリッジ・ガゼット: グローバル戦略編』 第150 号 (2021年10月)

小誌は大量の資料を網羅的かつ詳細に報告するものではない—筆者が接した情報や文献を①マクロ経済、②資源・エネルギー、環境、③外交・安全保障の分野に関し整理したものである。紙面や時間の制約に加えて筆者の限られた能力という問題は有るが、小誌が少しでも役立つことを心から願っている。

国際政治・外交 安全保障 経済政策

感染症の危機は未だ消え去った訳ではないが、日本での第5波が漸く沈静化し始めてホッとしている。

COVID-19は事前準備不足のコストの大きさを人類に思い知らせる事となった。これを教訓として、9月1日、世界的・地域的感染症に関する情報収集のための拠点(WHO Hub for Pandemic and Epidemic Intelligence)をベルリンに設置する事を世界保健機関(WHO)及びドイツ政府が公表した。筆者の友人で皮肉屋の英国人は「北京に設立したら情報は変更・隠蔽されてしまうからね」と語ったので噴き出してしまった。冗談はさておき、新型コロナウイルス危機の第6波に備えて、国家・地域・組織・個人の各レベルで、制度的・技術的な対策を検討する必要がある。さもなければ、漸く復活の兆しが現れ出した経済活動が再び沈滞する事になってしまう。

筆者の関心はICTを活用した統合的医療技術の動向だ。これに関し7月21日、IEEE Standards Association (IEEE SA)主催のウェビナーに参加し、MITのロザリンド・ピカード教授によるウェアラブル電子機器の開発状況の話を聞いた。医療分野のICTはまさに日進月歩だ。9月23日、ドンヒー・ハム(함돈희/咸燉憙)ハーバード大学教授がサムスンと共同で人間の脳を半導体へ“コピペする”技術に関する論文がNature Electronics誌上で公表された(Neuromorphic Electronics Based on Copying and Pasting the Brain)。専門外の筆者は、関連知識を持つ友人達に連絡を取り、やさしく“かみ砕いて”説明をしてもらった。こうした画期的要素技術を、個々の研究組織と複数組織間の研究ネットワーク、更には国家レベル・地球レベルで、統合して実用化する社会システムを再編・構築する事が肝要であると考えている。

これに関して7月29日、OECDが発表した報告書(Making Life Richer, Easier and Healthier: Robots, Their Future and the Roles for Public Policy)は、ロボット技術の現状と将来の方向性に関し論じている。この報告書の中で筆者が注目したのは、医療関連ロボットを創出するためのrobotics ecosystems形成の重要性と難しさだ。関係者—医者、政策担当者、研究者、企業等—が、ネットワークを地理的に集積した状態で形成する事、しかも当然の事ながらそれをゼロから創り出す(create ab initio)は容易ではないと述べられている。だが、我々はこうした難題に長期的視点に立って挑戦しなくてはならないのだ。

先月も中国政府の経済政策や、米中関係の動きに関する情報収集に忙しくしている毎日であった。

最近の中国国内における政治的な制約を考慮して、筆者は中国国内の友人達と電話・メール・Zoomで情報交換する事を控えている。筆者から彼等への問い合わせによって彼等の地位や立場が危うくなるというような迷惑をかけたくないからだ。従って自然と情報収集は中国関連情報であっても、多少バイアスがかかっている中国国外からの情報収集が支配的となってしまう。こうした状況下で営業が開始された北京のUniversal Studio(环球影城主题公园)で楽しそうに過ごす中国の家族を、テレビのニュース報道を通じて観てホッとしている。

西側の中国情報に目を移す時、対中姿勢が益々厳しくなっている事を感じている。マット・ポッティンジャー(波廷杰)元大統領副補佐官がForeign Affairs誌9・10月号で発表した論文(Beijing’s American Hustle)の中に、筆者が驚く程の「反中」的な言葉を発見して、米中関係の更なる悪化に不安を感じている。そして①ラッシュ・ドシ(杜如松)安全保障会議(NSC)中国部長が今年著したThe Long Game («长期博弈»)や②英国チャタム・ハウスのビル・ヘイトン(海顿)氏が昨年著したThe Invention of China («中国的发明»)の中に紹介されていた史実を大変興味深く感じて、現在そうした史実の原資料を探し求めている。またそれと同時に優れた専門家からの情報を待っている状況だ。

①の本の中に次のような記述がある—米中接近初期の1973年、米国代表団が訪中した時の話だ。周恩来総理が最年少の団員に声をかけて、「中国は将来好戦的・拡張主義になると思うか」と尋ねた。この問いに対して外交的配慮から「No」と団員が答えた時、周総理はすぐさま「そんな楽観的観測を当てにしてはならない。もし好戦的・拡張的な途を辿る事になれば、反対しなければならない。その時には中国人に対して、私(周恩来総理)自身がそう言ったのだと語らなければならない」と話したらしい。ドシ部長はこの記録をミシガン大学の政治学者ジェイコブソン教授と中国専門家オクセンバーク教授の本(China’s Participation in the IMF, the World Bank, and GATT: Toward a Global Economic Order, 1990)を基にして記している。残念な事に筆者は同書の中に出所を見つける事が出来ず、また著者である両教授は既に亡くなっているため、この史実を更に確認する事が出来なかった。このため優れた専門家からの情報を待っている状況だ。

②の本の中に次のような記述がある—2014年3月、習近平主席の訪独時の時の話だ。メルケル首相の側近は訪独した主席への贈り物として、18世紀の西洋で作成された中国地図を用意し(ラテン語でRegni Sinae (China Kingdom))、首相はそれを楽しそうに主席に説明している写真があるらしい。だが、その地図に描かれているのは明朝時代の中国であって、その地図の中国には、満州、蒙古、西蔵、新疆、そして台湾は記されてないらしい。この史実に関して、新型コロナウイルス危機後にベルリンを訪れ、中国専門家に尋ねる事を楽しみにしている。

9月26日に実施されたドイツの総選挙に関して、欧州の友人達との情報交換を続けている。

メルケル引退後のドイツは「欧州化したドイツであってドイツ化した欧州ではない(ein „europäisches Deutschland“ und nicht ein „deutsches Europa“)」というトーマス・マンの言葉に基づく考えを継続してゆく事が出来るかどうか、次の訪欧時の友人達との対話を楽しみにしている。

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『東京=ケンブリッジ・ガゼット: グローバル戦略編』 第150 号 (2021年10月)