メディア掲載  エネルギー・環境  2021.09.15

ドイツ・洪水被害を理由に「脱炭素」を推進する欺瞞

Daily WiLL Online HPに掲載(2021年9月12日)

エネルギー・環境

今年の7月にドイツのアール川周辺で大規模な洪水被害が発生した。メルケル首相や環境問題の有識者がこの災害とCO2排出を結び付け、例によって「脱炭素」をさらに訴える結果となっているが、ちょっと待ってほしい。記録を見るとCO2の排出量が現代よりもはるかに少なかった時代にも同地区には洪水は起きているし、しかも今回より流量が多かった、という記録もある。とすれば今回の洪水被害は「準備不足」ではないのか。何でもかんでもCO2と温暖化に結び付ける欺瞞を斬る!




自然災害を「脱炭素」に利用

7月半ば、ドイツのアール川周辺で洪水がおき、数十億円の被害が出た上に、200人以上の命が失われた。

ドイツでも大規模な洪水が起きるたび、「地球温暖化によって未曽有の異常気象が起きている」という主張がある。だがこれは前例のない気象などではない。歴史的には、200年も前の大洪水の方がはるかに規模が大きかったのだ。

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アール川の洪水の模様 via notrickszone.com


今回の洪水に関して言えば、数日前から正確な気象予報が出されていたにも関わらず、避難などの対策が不十分だったことが被害を拡大させたのが実態だ。だがメルケル首相はじめ、ドイツの政治家はこれが地球温暖化によるものだとして、「脱炭素」を訴えている。

ドイツ気候コンソーシアムの会長であるモジブ・ラティフ教授は、「これまでの洪水は物質的な被害があっただけだが、今回は多くの人が亡くなった。これは発展途上国でしかありえなかったことだ。私たち人類は快適に生活が出来る領域(コンフォートゾーン)を離れつつある。ますます危険は高まっているが、政治家はまだ理解していないのではないか」、として、人為的なCO2排出によって、前例の無い異常気象が起きている、と示唆している。

それでは、彼らの言うように今回の洪水は本当に未曽有の異常気象だったのか? というと、全くそんなことはない。



「前例のない気象」のウソ

1804年に起きたアール川の大洪水は大きな被害を出した。当時のフランス政府の記録によると、129の住宅、162の納屋と厩舎、18の製粉所と8の鍛冶屋が全壊した。また、数百棟の住宅、納屋、厩舎、2つの製粉所、鍛冶屋などが大きな被害を受けた。ブドウ畑や果樹は大きく破壊され、30近くの橋が崩壊しました。洪水で溺れた多くの馬や牛のほか、63人が命を落とした。

1910
年にも同地に壊滅的な洪水が発生した。1804年の洪水ほどではなかったが、家屋や国の建物、建設中だったアール渓谷鉄道などに甚大な被害が出た。

アール側はライン川の支流で、大きな川ではない。普段の水量は毎秒8立方メートルに過ぎない。

今回の7月の洪水では、アール側の流量は最大で毎秒470立方メートルに達したと推定されている。これは確かに莫大な流量だった。

だが1910年の洪水ではこれを上回る毎秒585立方メートルのピーク流量があり、1804年の洪水ではなんと3倍近くの毎秒1208立方メートルのピーク流量があったと推計されているのだ。

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via Historische Hochwasser der Ahr


アール川の洪水時のピーク流量。縦軸が流量となる。単位は毎秒あたり立方メートル。1945年以降は観測値、それ以前は推計値だが、今回7月の洪水より被害が少なかった洪水でも、流量が大きかったことが分かる。

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1910年の洪水時の写真 via Historische Hochwasser der Ahr



CO2
排出が少なかった時代にも大洪水は発生していた

なお、なぜこのような「推計」が可能かというと、当時の写真や文書記録に加えて、洪水当時の水位が何カ所にも彫り込まれているためである。

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アール川近くの通りの壁に彫り込まれた1804年の洪水の水位の記録 via notrickszone.com


日本でも各地に洪水時の水位を記した水位標が建っているが、それと同様なものがドイツでは通りの壁に記されている。

洪水の「原因」に関して言えば、人類によるCO2排出が顕著に増えたのは1950年代以降ぐらいだから、1804年と1910年の洪水は明らかにCO2のせいなどでは無い。 

また、上記のような水位標があるぐらいだから、現地の人であれば、今回の洪水が未曽有のものなどはないことは知っていそうなものだ。

「地球温暖化のせいで前代未聞の災害が起きた、脱炭素が必要だ」とのたまう「専門家」、政治家、メディアは、問題の本質を間違っている。

無策だったことの責任逃れをしたいのか、それとも何が何でもCO2を悪者にしたいのか、どんな意図なのだろうか勘繰りたくなる。

本当の問題は、過去に起きた規模の洪水にすら備えが出来ていなかったことだ。予報や避難の態勢を整えたり、必要な土木工事をするなど、やるべきことははっきりしている。脱炭素をいくらやっても、1804年の大洪水はまたすぐにでも再来するかもしれないのだから。







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