メディア掲載  エネルギー・環境  2021.07.13

英国の「脱炭素」にNO!大物与党議員から批判が相次ぐ

Daily WiLL Online HPに掲載(2021年7月3日)

エネルギー・環境 英国

ボリス・ジョンソン率いる英国保守党政権は日本と同じく「脱炭素」にまい進するスタンスであるが、日本と異なるのは、その政策に対して与党の大物議員から多くの批判が出されている点だ。「脱炭素」を当然の事の様に推進するのではなく、日本の政治家もそのリスクを学び、きちんと国民に伝える勇気を持つべきであろう―

ボリス・ジョンソン率いる英国保守党政権は、今年11月に主催する国連気候会議(COP26)でリーダーシップを発揮するとしていま脱炭素政策に邁進している。だが国民への負担が明らかになってゆくにつれ、与党保守党内から苦言が相次いでいるのだ。

先日、強く脱炭素政策を批判したのはベイカー元ブレクジット大臣だったが、それに続いて、2人の保守党国会議員が苦言を呈した。

スキッドモア元エネルギー大臣の主張=エリート主導の政策は失敗する

1人目は、2年前にエネルギー大臣を務めていたクリス・スキッドモア議員である。氏は、テレグラフへの寄稿記事で、2050CO2ゼロという目標は肯定するものの、その進め方を誤ってはいけない、とする。

以下がその概略だ。

  • 最近の世論調査では、人口のわずか10%しかネットゼロの意味を知らないことが示された。我々は、一般市民を置き去りにして国際会議で取引をするというリスクを冒している。
  • 我々は空洞化で失った産業をイギリスに取り戻すことでネットゼロを目指すべきだ。
  • 環境運動家はCO2等の削減のためには「肉の消費を減らす」など「ライフスタイルの変更が必要だ」などと言っている。だがこのような政策には、人々はついてゆかないだろう。
  • 最悪なやり方は、エリート主導で壮大なプロジェクトを作成することだ。普通の人々が普通に交わす会話から隔絶した国際会議で定められた2050年にCO2ゼロ(=日本では脱炭素と呼んでいるが、英国ではNet Zeroと呼ばれている)というミッションは、悲惨な結末を迎えるだろう。
  • すなわち、ポピュリストの運動が起きて、気候変動政策に反対し、今年末に国際的なコンセンサスとして政権が合意しても、それを覆す可能性が出てくる。

ブレクジットの国民投票の時にはポピュリストを味方につけて勝利した保守党だが、それだけに庶民を敵に回したときの恐ろしさも想像できるということだろうか。


イアン・ダンカンスミス元保守党党首の主張:中国依存が深まるだけの「電気自動車」

2人目はかつて保守党党首も務めたイアン・ダンカンスミス議員である。頭文字を取ってIDSとも呼ばれる。対中強硬派としても知られ、日米欧の議員らに呼びかけて「対中政策に関する列国議会連盟(IPAC)」を立ち上げている

ダンカンスミスは、電気自動車へのシフトについてデイリーテレグラフへの寄稿で明確に反対
している。

  • まずは経済面の問題。英国の公共充電ネットワークを準備するのに167億ポンドかかる(1ポンド=150円なので25千億円)。いまのところ政府は英国全体でわずか13億ポンドしか割り当てていない。
  • 予想される電力消費の規模に合わせて国の送電網を整備するために更に数千億ポンドが必要になる。
  • グラスゴーの電気バス事業は2023年の完了見込みだが、10,000人の町と同じ電力を消費する。たった1つの都市についてだけで、それだけ電力が必要になる。
  • 電気自動車は道路税と燃料税を免税されている。このままだと財務省の損失は400億ポンドになる。
  • 以上は経済の話だったが、本当の問題は中国依存が深まることだ。
  • 中国は、世界の電気自動車の50%と、世界のバッテリーの73%を生産している。
  • 英国政府は、1つか2つのバッテリー工場の建設を検討しているが、中国は数週間ごとに新しい巨大な工場を建設している。バッテリー製造については、英国は国際競争に参加すら出来ていないのが実態だ。
  • 産業革命は安価なエネルギーに基づく革命で経済成長をもたらしたが、深刻な環境への影響があった。
  • ところが今、我々は正反対の問題に直面している。脱炭素という煌びやかな目標に邁進することで、英国の政治家は、エネルギーを高価にし、最も貧しい人々を最も傷つけ、生活向上を不可能にする、というリスクを冒している。
  • ネットゼロという計画が国の債務を急増させ、税金を引き上げ、そして残忍な中国への依存を深めるのであれば、我々は何もかも全て再考すべきだ。

日本の政治家も勇気を持て

政府の「脱炭素」に向かう政策が同じでも、英国では政権の「脱炭素」に対してこれだけの反対意見が公然と相次いでいるだけ健全であろう。

勇気が必要なことかもしれないが、日本の政治家たちも、妄信的に脱炭素にまい進するだけでなく、脱炭素がもたらしかねない重大なリスクについて学ぶとともに、積極的に情報発信をしてゆく姿勢が必要ではないか。我々が政治家に期待するのは、世間への迎合ではなく、真に国益となる議論を行ってもらうことなのだ。さもなければ、やがて真実を知った国民に、手痛い審判を下されることになるだろう。