メディア掲載  外交・安全保障  2020.01.22

2020年に「起きない」こと

産経新聞【宮家邦彦のWorld Watch】(2020年1月16日)に掲載

 謹賀新年、本年もよろしくお願い申し上げる。今年初となる本稿はシンガポールのホテルで書いている。

 昨日、当地の国立博物館を訪れ、改めて周知の事実を再発見した。1819年「シンガプーラ(サンスクリット語でライオンの町)」と呼ばれていたこの島に上陸したのは英国東インド会社の社員トーマス・ラッフルズ。当地を象徴する美しいネオ・ルネサンス様式ホテルは彼の名にちなんでいたのだ。最近は「インド太平洋」に関する議論が盛んだが、当時英国はシンガポールを対中進出の経由地と考えていた。昔から「インド太平洋」的発想はあったのだ。

 されば、今年は世界で「何が起きないか」を東南アジアから考えたい。

 昨年筆者は、(1)ユーラシア大陸の2つのランドパワー帝国が再び「力による現状変更」を志向し(2)大陸周辺部諸国が両帝国の勢力下に組み込まれ(3)これにシーパワーが結束し牽制し始めると考えた。アジアの戦域は海上中心で、西太平洋・インド洋・ペルシャ湾の一体性が一層重要になる。

 以上を前提に今年「何が起きないか」を予想しよう。


◆北朝鮮は非核化しない

 金正恩朝鮮労働党委員長が勝手に決めた昨年末の期限は過ぎたが米朝に対話再開の兆しはない。米大統領選で北朝鮮の優先順位は低く、仮に本年米朝首脳会談が開かれても北朝鮮の「非核化」は進展しない。


◆中国は米国に屈しない

 貿易合意の第1段階が署名されても、中国が貿易制度や補助金で米国に大幅譲歩することはない。米中大国同士の覇権争いは、仮にトランプ氏が敗れても、今後も続く。


◆東南アジアは統一しない

 当地で改めて感じたのはシンガポールと中国の温度差だ。ASEAN(東南アジア諸国連合)各国は国情が違うので当面同地域が反中で結束することはない。だが当地域の対中懸念や不信感は想像以上に大きいと感じた。


◆印は米同盟国にならない

 当地人口の1割弱はインド系で、シンガポールではインドの宣伝活動が増えているそうだ。中国の一帯一路に対する懸念は高まっているが、インドが南シナ海で対中牽制を深めることは当面なさそうだ。


◆中東は安定しない

 新年早々米国はイランにけんかを売った。トランプ氏の本音とは裏腹に当面米国は中東でプレゼンスを維持せざるを得ない。米イラン地政学ゲームは新段階に入り、中東は不安定のまま迷走を続ける。


◆EUは分裂しない

 英国離脱でも独仏連携で当面EU(欧州連合)は安泰だ。EUの究極目的は欧州の生き残り。この点欧州政治エリートにはコンセンサスがある。引き続き注目点は独内政だろう。


◆露は諜報活動をやめない

 ロシアの対欧米スパイ工作は大統領の専権事項。諜報活動をこれほど熟知する大統領は他にいない。特に、今年は米大統領選がある。西側の脆弱性は今年も変わらない。


◆「トランプ有罪」はない

 昨年の予測で唯一外れたのが大統領弾劾だ。昨年末、下院民主党はウクライナ疑惑で弾劾を決めたが、上院の弾劾裁判でトランプ氏が有罪となる可能性は低い。それどころか、今の民主党では「まさかの再選」の可能性すらある。


◆日本の安定は続かない

 最後は日本。国際情勢は急変しつつあるが、最大の課題は日本の国内政治がこれに耐えられるか否かだ。閉塞感を伴う内政状況が続けば、ポスト安倍をめぐる動きが始まる可能性すらある。それが日本の国際的地位と影響力に悪影響を及ぼすことのないよう祈るしかない。