コラム  国際交流  2018.01.23

「東京=ケンブリッジ・ガゼット:グローバル戦略編」第105号(2018年1月)

小誌は大量の資料を網羅的かつ詳細に報告するものではない-筆者が接した情報や文献を①マクロ経済、②資源・エネルギー、環境、③外交・安全保障の分野に関し整理したものである。紙面や時間の制約に加えて筆者の限られた能力という問題は有るが、小誌が少しでも役立つことを心から願っている。

 年初にあたり読者諸兄姉と共に平和と繁栄を願っている。さて昨年末、シンガポールで海外の友人達と久方ぶりに再会した。彼等との意見交換に加えて有益なのは最新情報に関する彼等の評価である。

 彼等は何事についても賛否両論を相混じえた評価を下し、そのお陰で筆者の読書は一段と効率的になる。今回は発売直前のプリンストン大学のアラン・ブラインダー教授による著書(Advice and Dissent: Why America Suffers When Economics and Politics Collide, Basic Books, 2018)、また格差問題に関する本(After Piketty: The Agenda for Economics and Inequality, Harvard University Press, 2017)が興味深い書籍情報であった。

 安全保障分野では、シンガポールの外交官であるビラハリ・コーシカン氏の見解と近著(Dealing with an Ambiguous World, World Scientific, December 2016)が筆者にとって衝撃的であった。影響力を全地球的に拡大させる中国に対し、同氏が同国民に示した見解は予想されたものとはいえ、驚くべきものであった。即ち、「中国の台頭は歴然としている。従ってあなた達(シンガポール国民)は、台頭する中国が見えない次元に身を置いて目をつむり、耳をふさぎ、口をふさがなくてはならないのだ(It is very clear that China is rising. You have to be blind, deaf, dumb and living in a different dimension not to see that.)」 (前掲書 18ページ)。

 高まる不確実性の中を生き抜くため、我々は①的確な意思決定を行うために必要とされる情報は何か、を正確に把握し、②必要とされる情報の取得方法、或いはその情報が取得不可能な事態における代替手段を常に考えなければならない。更には③手持ちの情報を基に的確な行動をタイミング良く果敢に実行するよう迫られる。これに関し筆者は2年前の12月、ベルリンで友人達と交わした言葉を思い出している。

 世界大戦でドイツが失った領土-東プロイセン-の郷土料理を出すレストラン(Marjellchen)が市内に在り、そこでドイツの友人は次のように語った-「米国は第2次世界大戦に参戦する前、ドイツの陸軍士官学校に留学経験を持ち、また中国(天津)に駐在経験を持つアルバート・ウェデマイヤーに戦略(the Victory Plan)を立案させた。またジャーナリストで戦後はCIAにも務めたフレデリック・エクスナーは、15年に近い在独経験を基にドイツ社会の実相を詳述した書物(This Is the Enemy)を戦時中に著した。ジュン、君はいつでも"敵を知り、己を知れば(Wenn du dich und den Feind kennst)"と言っているけれど、日本は大戦前、ドイツを一体どこまで知っていたのか、ボクは疑っている」、と。

 確かに指導者を含め大多数の日本人はドイツに憧れてはいたが、知らなかった。帝国陸軍の優れた情報将校、小野寺信の夫人(百合子)の著書『バルト海のほとりにて』に興味深い記述がある-「当時ヨーロッパに居た日本人でドイツの敗色を知らなかったのはベルリンの日本大使館と武官室だけだ、と陰口がささやかれた嘘のようなほんとうの話がある」、と。

 史料によれば、真珠湾攻撃より前の11月19日、ヒトラーが敗北の可能性を初めて漏らし、12月6日にはソ連が反撃に転じていた。またドイツ国防軍最高司令部総長ヴィルヘルム・カイテル元帥は、戦後処刑される直前に親しい人達に残した記録の中に次のような情景を描いている-真珠湾攻撃から2週間後の"総統大本営での殺風景なクリスマス(trostlose Weihnachten im F.H.Qu.)"では、「誰の顔にも暗い影が漂い、陰鬱な祈りの中で我々は"きよしこの夜"を歌ったのだ (Es lag ein tiefer Schatten der Sorge auf allen Gesichtern, als wir in Andacht und wehmut-Stille Nacht, Heilige Nacht" anstimmten.)」、と。必要な情報が何であるかを知らず、そうした貴重な情報を得るために努力をしている少数派の日本人の意見を無視して、"清水の舞台から目をつぶって飛び降り"ようとし、誤った判断を下した結果が対米開戦であったのであろう。

 現在も複雑な国際情勢下で、悪意に満ちた権謀術数を弄する人々は多い-しかも彼等はAI等の高度情報通信技術(ICT)を駆使し、政治・軍事・経済・技術の諸側面にわたり国際秩序を乱そうとしている。核技術が発展した冷戦時代、国際政治学者のジョン・ハーツは核の破壊力に驚愕して、"軍事技術が国策に従属するというよりもむしろ国策が軍事技術に左右される"と説いた(International Politics in the Atomic Age, 1959)。現在は核技術同様に影響力の大きいICTが国策だけでなく国全体の興隆を左右する。こうした現実を我々は銘記すべきである。



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「東京=ケンブリッジ・ガゼット:グローバル戦略編」第105号(2018年1月)