メディア掲載  グローバルエコノミー  2017.03.24

トランプ米政権と世界貿易機関(WTO)-自由貿易と保護貿易のどちらが重要か、政権は壮大な経済実験をしようとしている-

WEBRONZA に掲載(2017年3月8日付)
WTOの判断を無視する姿勢を打ち出した政権

 トランプ米政権は、議会に提出した通商政策の年次報告で、米国に不利な世界貿易機関(WTO)の判断が出ても拘束されない、つまり無視することを鮮明に打ち出した。

 少し解説しよう。

 アメリカがWTOに約束している品目ごとの関税は低く(例えば自動車で2.5%)、45%のような高い関税はほとんどない。トランプ氏が大統領選挙中に主張したように、アメリカが中国のみに一律45%という関税をかけるとすれば、WTO協定の中のモノの貿易を規律しているガットの第一条(どの国も同じように扱うという最恵国待遇の原則)及び第二条(約束した税率を上回らない)に明白に違反する。

 中国がアメリカの措置をWTOの紛争処理手続きに提訴すると、必ず勝つ。アメリカはWTOから是正勧告を受ける。今回のアメリカ年次報告は、この勧告に拘束されない、つまり一律45%の関税は撤回しない・維持すると言っている。これ自体はWTO上、許される。違反していても是正する必要はない。そのかわり、WTOは訴えた国に対抗措置を打つことができることを認めている。中国はアメリカからの輸入品の関税を大幅に引き上げることが可能となる。


過去の例を見ると......

 過去には、次のような例がある。中国がWTOに加入する前の2001年、日本は中国からのネギやシイタケなどの農産物の輸入が増加しているとして、これらの中国産品の関税を大幅に引き上げるセーフガード措置を発動した。これに対して、中国は、日本からの自動車、携帯電話、エアコンに100%の追加関税をかけたため、日本側はセーフガード措置を撤回せざるを得なくなった。

 この時は、自動車等に100%もの追加関税をかけられた日本はたまらずにセーフガード措置を撤回することになったが、トランプのアメリカはどうするのだろうか。

 アメリカが一律45%の関税を撤回するのであれば、中国の報復的な関税はWTO上の根拠を失う。両国の高関税は撤回され、アメリカが45%の関税を導入する以前の元の状態に戻るだけである。

 しかし、今回のアメリカ年次報告は、このようなことはしないと明言しているし、トランプ氏の性格からも中国に報復されたからといって撤回するとは思えない。ただし、多くのマスコミ報道とは異なり、今のWTO体制の下では、これ以上の報復合戦に発展することはない。


今回のアメリカ年次報告の意味は

 実は、WTOで敗訴していても、報復措置を許容する代わりに、アメリカなどが是正措置を講じていない例はたくさんある(EUの牛肉ホルモン事件、アメリカの綿花事件や牛肉原産地表示事件など)。その意味で、今回のアメリカ年次報告は、法的には間違ってはいないし、これまでのアメリカの行動を是認しただけだと言える。

 しかし、米中双方の高関税が維持されたままとなると、両国間の貿易が大幅に縮小することは事実である。しかし、話はそこで止まらない。自由な経済活動はこのような高関税を回避して目的を遂げようとするからだ。

 米中双方に相手国の産品を必要とする消費者や産業があるとすれば、この高関税を迂回する形で貿易が行われる。中国企業は中継地であるA国に輸出し、そこからアメリカに再輸出すればよい。アメリカ企業も同様のことを行うだろう。政策が生み出そうとした経済上のダメージは、自由な経済活動によってコントロール、抑制されることとなる。


抜け穴を認めない場合に起きること

 問題は、トランプ氏のアメリカがこのような迂回措置、抜け穴(アメリカ人は"ループホール"と呼ぶ)を認めようとしない場合である。日本のようなほとんど関税を課していない国は、この場合の中継地としては最適である。日本経由で中国産品がアメリカに輸出されるとすれば、アメリカは日本に中国に課したと同様の高関税を課そうとするだろう。そうなると日本のWTO提訴により、日米間でも米中間のように高関税を課し合うということになる。

 これが、次の経済連鎖を生めば、アメリカと世界中の国との間の関税が高くなってしまう。これはいかなる意味を持つのだろうか。

 アメリカについては、その輸入も輸出も高い関税が適用されるということである。もちろん、それ以外の二国間の貿易(例えば日本と中国の間など)はこれまで通り、WTOで約束された低い関税が適用される。世界中が低い関税で自由貿易を行っている中で、アメリカだけが孤立して保護貿易をすることになる。アメリカ産品は売れないし、アメリカの消費者は高い価格を払うことになる。


アメリカは再び病気になる?

 かつて、ノーベル経済学者、ポール・サミュエルソンは、関税などの貿易障壁を道路に自ら穴を掘るようなものだと形容した。わざわざ、モノが移動できないような自分の首を絞めるようなことをするのだと言ったのである。

 経済学を知らなくても、上記のような事態になれば、一番苦しむのはアメリカのはずである。経済学では実験は出来ないと言われてきた。

 自由貿易と保護貿易のどちらが、その国の経済にとって望ましいのか?

 トランプ氏のアメリカは壮大な経済実験をしてくれようとしているのだ。しかも、それはトランプ氏が主張するような、アメリカを再び偉大にする("make America great again")ものではなく、アメリカを再び病気にする("make America sick again")結果となるだろう。