メディア掲載  グローバルエコノミー  2014.12.15

消えたバターの秘密―乳製品を一元的に輸入する国の機関と国内の酪農保護で抑制される輸入―

WEBRONZA に掲載(2014年12月1日付)

 バターが不足している。安いバターは普段の倍も値上がりしており、洋菓子店の業界ではバターからマーガリンやショートニングに切り替えた店もあるという。

 農林水産省は、昨年の猛暑の影響で乳牛に乳房炎等が多く発生したことや、酪農家の離農等で乳牛頭数が減少していることなどにより、生乳(=搾ったままの牛の乳)の生産量が減少したためだと説明している。

 ある報道では、酪農家の離農が止まらない最大の原因は、生乳の価格が上がらず、酪農家の経営が苦しいためだという。また、内外の酪農政策に詳しいという大学教授の意見を紹介して、牛乳の値段が上がらないのは、大手スーパーなどの買い手側が価格決定の主導権を握っており、牛乳が安売りの目玉となり、値崩れしやすいこと、アメリカやカナダでは酪農家の生産コストをカバーする政策があるのに、日本の飲用牛乳にはそのような政策がないためだとしている。


■酪農家の離農は以前から続いている

 しかし、酪農家の離農は、今に限ったことではない。酪農家の経営が極めて好調だった1990年頃や2000年頃でも酪農家の離農はあった。酪農家の戸数は1963年の42万戸から2000年には3万にまで大きく減少し、それからは微減で現在2万戸となっている。

 大手スーパーなどのバイイングパワーも今に始まったことではない。しかも、飲用牛乳向けの生産が多い都府県の乳価は、2005年から2007年までキログラム90円を切っていたのに、2009年以降は100円程度で推移している。乳価は一頃よりも高いのだ。また、2007年以降、都府県の生産コストは90円程度であり、乳価が生産コストを賄えないというのは誤りである。

 日本の酪農政策は、バターや脱脂粉乳などの加工に向けられる生乳の価格を政府が保証することによって、これより高い飲用牛乳向け乳価を下支えしてきたのであり、それは機能してきたのである。日本の酪農政策がアメリカやカナダに比べて不十分と言うのであれば、これらの国にバターや脱脂粉乳を国の機関が一元的に輸入し、それ以外は輸入できないようにしている制度があるのだろうか?

 90年代には850万トンほどあった生乳生産量が750万トンに減少しているのは、飲用の需要を急増した緑茶の清涼飲料にとられたからだろう。90年にはほとんど消費がなかった緑茶の清涼飲料は2007年頃には250万キロリットルまで拡大している。


■報道されない欧州での生産増加とロシアの買い付け減少

 バター不足の報道が見落としている重要な点がある。それは、国際市場ではヨーロッパの暖冬の影響で生産が増加したことやロシアの買い付けが減少したことなどで、需給が大幅に緩和し、10月のバターの価格は年初からは半分、前年比では4割も下落している点だ。なぜ、国際市場では過剰にあるバターが国内市場では不足するのだろうか?モノは安い価格のところから高い価格のところへ輸出されるのが普通の経済である。なぜ、安いバターが入ってこないのだろうか?

 それは、バターについては高関税によって民間の輸入は事実上禁止されており、低い関税の輸入枠もあるが、これは、国内酪農保護を最重要視する農林水産省の指示を受けて、国の機関(独立行政法人農畜産業振興機構)が一元的・独占的に輸入しているからである。

 農林水産省は、国内の乳製品需給が緩和し、価格が低下することを恐れて、なかなか輸入しようとはしないし、輸入する場合でも抑制された最小限の量しか輸入しないため、必要な量が必要な時に国内市場には輸入されないからだ。これが、バターが不足する大きな原因である。

 関税やこのような組織がなくなり、民間の商社などが自由に輸入できるようになれば、国内でバターが足りなくなるようなことはない。関税がなくなることで、酪農家の経営が悪化するというのであれば、国からの直接支払いを増額すればよい。逆進性の塊のような、高価格・高関税政策がなくなれば、価格が下がることで消費者は利益を得る。TPPはこのような政策を見直す好機である。