メディア掲載  外交・安全保障  2014.11.26

首脳会談の「限界効用」

産経新聞【宮家邦彦のWorld Watch】(2014年11月20日)に掲載

 11月7日、中国の深センで開かれたシンポジウムに招かれた。当日に例の「日中4項目合意」が発表され、10日には日中首脳会談が実現したが、日本国民は北京で開かれた米中首脳会談に次のような素朴な疑問を持っていた。

 ●オバマ大統領には満面の笑みを浮かべていた習近平国家主席がなぜ安倍晋三首相との握手の際には仏頂面だったのか。

 ●日中首脳会談が僅か25分だったのに、オバマ大統領は習主席と9時間も何を話し合ったのか。

 ●やはり米中関係は蜜月なのか、米国は中国が主張する「新型大国関係」なる概念を受け入れたのではないか、等々。

 オバマ政権が主として対中懸念から「アジア重視」政策を発表してはや3年たつ。それでも、米中関係となると多くの日本人は浮足立つ。どうも米中関係を客観的に見ることは苦手らしい。

 中国側の本音はこうだ。あの場で習主席が安倍首相にほほ笑みかければ、逆に大問題となっただろう。中国の国家主席は内政的に「笑うに笑えなかった」のであり、それ以上でも以下でもない。

 そもそも、今回の日中首脳会談は中国側も内心望んでいたのではないか。中国側は、経済的圧力をかければ日本は譲歩すると考えたのだろうが、それは逆効果だった。日中経済活動が止まって困るのは中国側も同じだからだ。このままでは日本からの対中投資にも悪影響が及びかねない。

 近年の中国の強面作戦は政治的にも逆効果だった。日本を孤立させ日米を分断するつもりが、逆に日米は結束した。南シナ海での強硬策も裏目に出た。ここは従来の方針を一部変更し、体制の立て直しを図ったのだろう。

 それにしても、25分と9時間の差は大きいと訝る向きもある。だが、会談時間は長ければよいというものでもない。そもそも、中国の要人は偉くなればなるほどアドリブを避ける傾向がある。彼らの凄い所は、重要問題に関する中国側の統一見解をほぼ完璧に暗記していることだ。誰であろうと、中国側要人の発言内容は殆ど変わらない。しかも中国側は一度喋り始めたら、何十分でも、最後まで止まらない。日本側友好人士たちとの会談では、中国側要人が会談時間の9割以上喋り続けることも決して稀ではない。北京在勤当時、筆者はこれを「北京の壊れた蓄音機」と呼んでいた。

 中国側のさらに凄い所は、この「壊れた蓄音機」が相手を選ばず、たとえオバマ大統領であっても基本的に変わらないことだろう。昨年6月カリフォルニアでの米中首脳会談がまさにそうだったと聞いた。普通の国なら、9時間も話せば首脳同士話すことがなくなると思うのだが、中国に関する限り、その心配はない。何時間会談しても「壊れた蓄音機」だから効率は悪い。これに比べれば、たとえ25分でも日中首脳会談の限界効用の方がはるかに高かったのではなかろうか。

 では「新型大国関係」はどうか。そもそもこの概念は中国側の発明だが、米中は同床異夢だ。この「新型大国関係」について習主席は12日の共同記者会見で3度も言及したが、オバマ大統領は一切言及しなかった。以前米側閣僚が何度か言及したことを考えれば、米側の態度はむしろ後退したとすらいえるだろう。

 だからといって、米中は対話をやめない。中国は安保理常任理事国であり、大国として中東・アフリカだけでなく、南米、中央アジアなどにも既得権と発言力を有している。米中の基本的利益は異なるが、米国の国力は今も中国を凌ぐ。だが、中国もその気になれば、米国の国益を著しく害する力ぐらいある。だからこそ、米中は話し合い続けるのだ。日本はこの点を見誤ってはならない。