メディア掲載  グローバルエコノミー  2014.08.19

米の値下げとその対策

NHK第一ラジオあさいちばん「ビジネス展望」 (2014年8月19日放送原稿)

1.来月から米の収穫が本格化します。主食である米の価格はどうなるのでしょうか?

 消費税増税によって、食料品の価格が上昇すると、支出に占める食料品の割合が多い、所得の低い人の家計を圧迫するという心配がありました。逆進性といわれる問題です。これを緩和するため、食料品については一般の商品よりは低い消費税率、いわゆる軽減税率を適用すべきだという検討が行われています。このような中で、主食である米の値段が上がると、所得の低い人の生活はいっそう苦しくなります。

 しかし、幸いなことに、米の値段は下がってきています。私の自宅にも、新潟県産コシヒカリ10kgあたり4,700円を3,580円に24%値下げするという米屋さんのチラシが入っていました。


2.どうして米の値段が下がっているのでしょうか?

 実は、大幅な過剰在庫が存在するからです。

 2年前の2012年産の米は4年ぶりの豊作でした。他方、農協の全国団体であるJA全農と卸売業者の同年産米の取引価格は、60kg当たり16,500円となりました。震災の影響で高値となった11年産をさらに上回り、10年産12,700円に比べると30%も上昇しました。生産が増えたのに、価格が上がるという奇妙なことが起きました。13年産も前年を上回る豊作となりましたが、米価は依然として14,500円程度の高い水準となりました。

 豊作なのに、米価が上がったのは、市場への供給が制限されたからです。しかし、生産が多いのに供給を少なくすれば、在庫が増えます。11年、12年6月の民間在庫は180万トンでした。それが13年6月には224万トンになり、14年6月には257万トンになると予想されました。農協や卸の団体などでつくる組織が、約220億円の金を使って、35万トンを買い取り、市場から隔離することにしたため、14年6月の在庫は222万トンに低下しました。しかし、それでも通常の年と比べると高い水準であることは間違いありません。12年と比べると、依然42万トンの過剰在庫があります。しかも減反が目標通り達成されていません。つまり過剰作付けがあるため、14年産米が平年作でも、19万トンが新たに過剰米として、この在庫に上乗せされると予想されています。そうなれば、過剰在庫は米流通量の1割にも及ぶ60万トンに増加します。

 在庫が増えると、保管経費が上昇し、農協経営を圧迫します。農協が在庫を処分すると米価は下がります。


3.どこまで米価は下がるのでしょうか?

 将来米を引き渡す時の価格を決める先物市場というものがあります。春に米を作付する時点では、秋の作柄によって実際の米価は変動するので、米を販売するときに、どれだけの値段になるかは、生産者にはわかりません。このときに、先物市場は価格変動によるリスクを回避する手段として使われます。例えば、4月に作付するときに、生産者が先物市場で10月に1万円で売るという取引をしていれば、実際の価格が10月に8千円に下がった時でも、1万円の販売収入を確保することができます。このとき先物市場で形成される価格は、現時点での様々な情報から、将来を見通した価格といえます。

 つまり、今の先物市場の価格は過剰在庫の存在を織り込んだ価格だと言えます。10月に引き渡される米の先物価格は60kg あたり昨年の12,350円から今年の8,810円へ昨年に比べ実に3割も低下しています。実際の価格は、これに近いものとなりそうです。米が豊作だと、もっと下がるかもしれません。


4.米価の低下が農家の人に影響を与えるのではないでしょうか?

 これまで農政は、米価を高くして農家の所得を保証しようとしました。しかし、米農家のほとんどが生計を米に依存しない人達となっています。米農家の7割は1ヘクタール未満の農家です。この人たちが稲作にかける時間は、田植え機などが普及したため、今では年間30日以下に減少しています。つまり、本業はサラリーマンで週末に米を作るだけの農家が増えたのです。しかも、米から得られる所得は、コストが高いので、ほとんどゼロです。これらの人たちは、サラリーマンとしての収入で生計を立てているのです。

 つまり米価で農家の所得を保証する必要性は、もうなくなっているのです。さらに、減反を年々強化してきたにもかかわらず、米価はこの10年間で3割も低下しました。減反によって米価を維持する政策も、破綻しています。米農家の中では少数ですが、米で生計をたてている主業農家の人は、米価が低下すれば、影響を受けます。しかし、そうした農家には、アメリカやEUのように、財政から直接支払いを交付すればよいのです。

 これまで米価が下がると、納税者国民の負担によって、政府が市場から米を買い入れて、家畜の餌などに処分し、米価を戻してきました。政府の在庫は備蓄米に限定されているので、それ以上の米を買い入れる大義名分は政府にはないのですが、備蓄米の在庫水準を積み上げるという理屈を立てて、過剰米を買い入れてきました。しかし、消費税増税の逆進性を緩和するため、軽減税率を検討している政府が、米市場に介入して、米価を上げるようなことは、すべきではありません。米価は市場に任せ、影響を受ける主業農家に直接支払いを交付するという政策に転換する良い機会です。