メディア掲載  国際交流  2013.05.27

アベノミクスの成長戦略のカギは、日中関係の早期正常化にある~日中は感情論を乗り越え、戦略的互恵関係強化に向け決断を~

JBPressに掲載(2013年5月20日付)

■中国における日本企業の着実な歩みは日本に伝わっていない

 今年の1月に続いて4月下旬に北京、上海等に出張し、中国の現場に足を運んで強く感じたことは、日本企業の中国ビジネスが着実な歩みを続けていることだ。残念ながら、この事実は日本にはあまり伝わっていない。日本のメディアは今もなお尖閣問題の悪影響の深刻さを強調し続けているため、そのトーンに符合しない日中経済関係の改善を示す事実は報道しにくい。日本企業の側も中国で成功しているという話が日本に伝わって自社の経営にプラスとなることは少ない。むしろ日本人の一部から反感を招くことを懸念して、自社の成功事例を外部に伝えないようにしている。このため、本年入り後は尖閣問題の影響が小さくなり、日本企業が増産のための新工場や販路拡大のための新店舗を続々と立ち上げている事実は日本国内ではあまり知られていない。

 中国人の間では相変わらず日本の製品・サービスに対する信頼は厚い。「日本」と言えば、安心・安全・高付加価値の代名詞である。しかも日本企業は、①一度進出すると撤退しない、②業績が良く納税額も大きい、③人材の教育・育成に熱心という特徴が高く評価されている。このため、中国各地の地方政府は日本企業に対して積極的な誘致姿勢を変えていない。しかし、尖閣問題以後、日本で反中感情が強まったのと同様、中国でも反日感情が強まった。地方政府の日本企業に対する歓迎姿勢が目立つと、インターネット等で一部の中国人から厳しい批判を受ける。それを懸念して、日本企業に対する誘致は水面下で目立たないように、しかし、積極的に展開している。これもメディア報道には載らないため、一般の日本人はこの事実を知らない。

■習近平政権の政治基盤の脆弱さが対日強硬姿勢継続の背景

 中国政府は対日外交に関して、引き続き強硬路線の姿勢を崩していないほか、尖閣諸島周辺海域への領海侵犯も高い頻度で繰り返されている。こうした外交・安全保障面の姿勢と地方政府の本音は違う。地方政府にとって日本企業の進出は現地の雇用と税収を支えてくれる大変ありがたい存在だ。中央政府もその点は理解している。しかし、日本に対して弱腰と受け取られるような姿勢を示せば、一部の対外強硬派から厳しい批判を受けることを懸念している。習近平政権の政治基盤が強固であれば、一部の反日感情を無視して対日融和政策を推し進めることも可能である。しかし、実際には政権基盤が脆弱なため、政治的に安全な対日強硬姿勢を崩すことができずにいると見られている。

■日本企業の対中投資は尖閣後も増加し続けている

 こうした厳しい政治情勢にもかかわらず、大半の日本企業は中長期の対中投資計画を変えていない。一般には尖閣問題が発生した後、多くの日本企業が中国での投資を縮小し、アセアン、インド等へ投資先をシフトしていると考えられている。いわゆるチャイナプラスワンへの動きである。しかし、実際に尖閣の影響でそうしたシフトが生じたのはごく一部に過ぎない。

 2001年から05年にかけての第3次対中投資ブームの時、日本企業が中国での投資を大幅に増やした目的は、安くて豊富な労働力を活用して生産コストを引き下げることだった。すなわち中国を「工場」として捉えていた。その後中国では農村から都市への出稼ぎ労働者が徐々に減少し、都市部の労働需給が逼迫し始め、賃金が大幅に上昇した。加えて、人民元の切り上げ、輸出優遇税制の大幅削減により生産コストがさらに上昇し、外国企業が中国で設立した工場の採算は悪化した。これを見た各国企業は、2005~06年以降、中国での投資を徐々に減少させ、チャイナプラスワンへのシフトが始まった。

 2008年9月にリーマンショックが発生し、世界中が長期の経済停滞に陥る中、中国は1年程度で高度成長軌道に復帰した。それを可能にしたのは強力な内需拡大策だった。それにより、2010年以降、中国の国内市場に注目が集まり始めた。最初に中国国内市場に狙いを付けて投資を急拡大させたのは日本企業だった。ここから急増した対中投資の狙いは「工場」ではなく、「市場」としての中国である。「市場」狙いの外国企業にとって、中国の賃金上昇、人民元切上げは中国国内需要の増大を促進するプラス要因である。したがって、2010年以降対中投資を増やしている日本企業はチャイナプラスワンへのシフトは考えていない。

 昨年以降、日本以外の外国企業も対中投資を増やし始めた。今年の1~3月累計の国別対中直接投資前年比の伸び率を見ると、米国+31%、ドイツ+33%、韓国+14%と日本(+12%)を上回る伸びを示している。主要先進国の企業は急拡大を続ける中国市場を最重視し、他国の市場とは別格の扱いで、並々ならぬ力の入れようである。日本企業も過去最悪の日中関係という逆風の中で、前年を上回る投資を続けているのは予想以上の善戦である。それでも足許は他国の積極姿勢に比べるとやや見劣りする。

■欧米・韓国企業と日本企業の力の入れ方の差は一目瞭然

 先日上海で開催されたモーターショーでは、日本の自動車大手3社のうち社長が出席したのは1社のみだったが、他国の主要メーカーの大半は社長が出席した。中国市場で最大シェアをGMと競っているフォルクスワーゲンでは、出展した車の車体の手垢やほこりを拭き取る作業まですべてドイツ本国からの出張者に担当させる徹底ぶりで、日本の大手完成車メーカー3社との力の入れ方の違いは一目瞭然だったと言われている。

 殆どの日本企業は尖閣後も以前策定した中長期の対中投資計画を変えていない。ただ、日頃政治・外交面の悪いニュースしか目にしていない日本の本社の経営陣は慎重化している。このため、工場・生産設備の増設、人員増強等を実施するタイミングが後ずれしている企業が目立つ。日本企業が投資拡大を逡巡している間に欧米・韓国企業はシェアを拡大し、日本企業のシェアを奪っている。

 日本企業の中国現地サイドは地方政府の熱心な誘致姿勢を目の当たりにして、積極的に攻めたいと考えているが、本社サイドは依然慎重姿勢のままである。年明け後、現地と本社の間で意識のギャップが拡大してきている。尖閣問題の影響は、中国市場の需要減少より、本社の投資姿勢の消極化がもたらす弊害の方が大きくなりつつある。

■日中関係の早期正常化を期待

 こうした状況を打開するには、日中関係の早期正常化が必要である。正常化が実現すれば、日本企業は必要以上に慎重な姿勢を修正し、足許の劣勢をすぐに挽回できるはずである。中国ビジネスの拡大は日本の輸出、雇用、設備投資を押し上げる。アベノミクスの成長戦略を後押しする効果は非常に大きい。本コラムの12月20日寄稿文で詳しく紹介したように、航空関連インフラを整備して日中間の移動時間を短縮するとともに、法人税を中国・韓国並みに25%まで引き下げれば、強力な経済誘発効果を生み出す。日本企業の中国ビジネスの効率が向上して競争力が高まるのみならず、中国・アジアでのビジネス展開拠点として東京等を活用する外国企業が増え、日本への直接投資の増加も期待できる。一石二鳥の施策である。

 そのためにも尖閣問題を巡る感情論を乗り越え、日中関係の早期正常化が必要である。これは日本にとってのみならず、日本企業の進出を待望する中国にとってもメリットの大きい戦略的互恵関係の強化策である。

 尖閣問題を巡って日中両国間で政治的妥協が成立する可能性はまずないと考えられる。唯一の解は政治問題を棚上げして経済交流を促進する政経分離である。

 安倍総理、習近平国家主席両首脳の勇気ある政治決断を期待したい。