メディア掲載  財政・社会保障制度  2011.05.20

第十六回 公的機関の介在で被災企業の債務削減を急げ

ゲーデルの貨幣-Ⅲ-政策篇(16) 『週刊金融財政事情』 2011年5月16日号に掲載

二重ローン問題の解決が再生のカギ
 被災企業や被災者が、震災前に借りていたローンについてのスピーディーな債務削減や債務免除が重要な政策課題として浮上している。
 個人に限らず、工場や水産加工場などの設備投資を行うために被災企業の多くは銀行からの融資を受けていたはずだが、地震と津波でそれらの設備を失っている場合はローンだけが残され、事業を再建する障害になる。新たな土地で設備投資を行うために、追加的にローンを組まなければならないからである。
 被災企業が復興するためには、このいわゆる「二重ローン問題」を迅速に解決することが必須の条件だ。つまり、震災や津波で資産を失った企業に対する債務削減である。倒産手続を経るにしても、私的な合意によるにしても、債務負担を迅速に取り除くことが課題である。
 このとき注意すべきは、被災企業への債務削減は、被災地域の「まちづくり」の話とは独立にスピーディーに進めるべきだということである。被災地復興ではなく、グローバルなサプライチェーンの復興のために債務負担の削減が重要だからである。たとえば、被災企業が重要な技術や部材を供給している場合、その企業は被災地以外の地域で再生することが望ましいかもしれない。その場合も、二重ローン問題が大きな障害となるため、金融面の手当は不可欠である。
 よって、債務削減のための政策対応は、被災地復興の全体ビジョンが確立する前であっても、迅速に手立てを講じるべきである。
 被災企業への債務削減を進める際に問題となるのは、金融機関の処理速度である。必要な作業は、金融機関にとっては、不良債権処理と同じプロセスである。平時の手続では非常に長い時間がかかり、事業再生の足かせになる。たとえば、個々の融資について金融機関が回収不能かどうかを判断する責任を負わされると、社内の意思決定システム、株主、規制当局との関係などさまざまなハードルがあるため債権処理の判断が遅くなる。連帯保証人への請求や津波で流されて土地だけ残った担保の価値の認定など、個々の融資に関して、短時間では解決できない問題が山積みになるだろう。
 地震・津波の被害という特殊事情を考慮して、被災企業の事業再生をスピードアップするためには、なんらかの特別立法と時限的な公的機関を設立して、短期集中的に債務処理を進める必要があると思われる。
 これは、不良債権処理に際して、個別金融機関の意思決定が遅れがちだったところに、整理回収機構や産業再生機構という公的機関が介在することによって処理のスピードが上がったことと同様である。金融機関サイドに債権の回収不能についての厳密な立証責任を求めず、公的機関が実質的に回収不能を認定することによって、処理の合意形成を促すという触媒効果があったと考えられる。この点が整理回収機構や産業再生機構の大きな意義であったが、同じことは大震災の被災企業の債務削減についてもいえる。
 公的な機関による認定を一種の「お墨付き」とすることで通常の債権回収の手続を省略し、債務削減を速めることが有効だろう。たとえば、次のような政策が考えられる。
 3年または5年程度の存続期間で時限的な「復興債務削減機構」を政府出資で設立し、地元の金融機関から被災企業向けの融資を一括して買い取る。迅速な交渉を行うためには、被災地の金融機関への公的資金の注入とセットで被災債権の一括買い上げを行うということも一案であろう。その後、個々のケースを迅速に査定し、債務免除などの処理を行う。震災前の債務の免除、劣後化、債務の株式化などを実施して、再スタートする被災企業の負担を軽減する。その際に機構は担保権を行使して、残された土地などの担保資産を取得することになるが、それら担保資産の管理や売却などの業務は機構の長期的な業務になる。担保資産の処理については国や自治体が主導する被災地の復興や「まちづくり」と連動して、時間をかけて進めざるをえないだろう。被災地の復興がどのような道筋をたどるかによって、その地域に存在する不動産などの価値は変動するからである。
 重要な点は、債務整理機構の存在目的を「債務の回収」ではなく「被災企業の債務負担の削減」と明確に設定することだと思われる。整理回収機構のように回収が主目的になれば、組織に回収への強いドライブがかかって、結果的に被災企業の負担が増える可能性すらあるだろう。被災企業の債務負担を減らすことが機構の目的であることを明確にしなければならない。被災企業の事業を素早く再生し、サプライチェーンを再興することが究極的な目的なのである。

災害の経済学
 
災害の経済への影響を分析した研究に基づいて整理すると、地震災害が発生した後の1年から3年程度の短期間については、一般的には経済活動は復興で急回復する。さらにその後の長期間をみると、津波を含む地震災害が経済成長率に与えるネガティブな影響はほとんどない、ということが知られている。ちなみに水害が長期的な経済成長率に与える影響は、むしろプラスであるということが知られている。
 過去の事例から類推すれば、長期的には地震災害が経済に及ぼすネガティブな影響だけなら、あまり心配する必要はないといえる。ただ、東日本大震災の大きな特徴は、原子力災害の影響と電力コストの上昇がかなり長期的に続くと予想される点である。この点は、過去の災害にはなかった問題である。
 電力の問題が長引くと、企業は電力コストの安い海外に工場などの立地を増やすようになり、日本の供給構造が悪化する。長期的に経済成長に大きな悪影響がもたらされるだろう。被災企業の二重債務の削減は、短期的な経済の混乱を最小限にするとともに、長期的な供給構造を立て直すためにも、非常に重要な政策課題である。立法措置を含めた迅速な政策立案が求められる。