コラム  2021.12.03

速度の経済性

堀井 昭成

コロナ禍が世界を覆ってほぼ2年が経つ。この間、日本のコロナ対策実施の遅さが目立った。PCR検査、ワクチン接種、病床確保などについて、問題の所在、海外との比較、改善の方策などについて、当研究所の松山、小林、鎌江研究主幹が論文や提言を発表してきたので、是非読んでいただきたい。

対策実施の遅さの原因として巷間言われているのは、事前にこうした事態を想定して準備してこなかったというものだ。しかし、2009年の豚インフルエンザの世界的流行を受けて政府の対策会議から包括的な提言が出された。それを部分的に取り入れて「新型インフルエンザ等対策特別措置法」が2012年に施行されたが、今回コロナを巡って迅速に対応できなかった。

この特措法というのが曲者だ。あのオウム真理教に対してすら、『破壊防止法』による規制処罰を適用せず『オウム新法』を作って対応したように、外交安全保障政策を含め事態が起こる都度、特措法(ないし的なもの)で対応してきた。立法府が事前に決めた一般的な法律の下で、行政府(すなわち執行機関)が素早く対応した例は寡聞にして記憶に乏しい。なにかあると、「みんな」で話しあってコンセンサスをもって決めるという風習が日本社会に根付いているせいだろうか。

198510月、国際経済の大家Charles Kindleberger教授が基軸通貨に関する講演の中で、こんなことを言っていた。「コンセンサスによる意思決定スタイルのせいで、日本は世界経済の危機管理に必要な前向きのリーダーシップを取れない(Its style of decision-making by consensus inhibits the positive leadership needed for crisis management in the world economy.)」

日本の公的部門ほどではないにしても、概して民間でも海外に比べて動きは遅い。2000年前後の銀行合併を例にとると、日本では、部門ごと両行の関係者が協議して問題点を煮詰めてプランを決めたあと部門長が任命された。アメリカでは、まず部門毎に責任者を決めてその人に合併プロセスを仕切らせた。意思決定と行動の速度の差は明らかだ。

速度の経済性(economies of speed)、つまり行動が早いほど儲けが大きいと言われ始めたのは1990年代後半、通信技術の飛躍的進歩を背景にグローバリゼーションが加速し大競争時代を迎えた頃だ。その後四半世紀、winner takes allが明らかになったあとでも、日本では特措法的施策をコンセンサスで決める因習が守られてきた。そしてコンセンサスと共同行動の重視と表裏一体をなすように、成果が個人の報酬に反映する程度が小さい。日本の上場企業経営者の報酬は平均的にみて欧米より一桁小さい。また、プロジェクト担当者が如何に高い利益を上げても個人の報酬につながるのは微々たるもの。したがって、昨今の日本での格差騒ぎに違和感がある。一般的な格差ではなく、貧困問題に焦点を当てるべきではないか。

近年、多様性を重視する機運が高まってきた。日本で異端視されがちな私には嬉しいことだ。しかし、多様なものを含めてコンセンサス方式を続けようとすると、意思決定は一段と遅くなる。速めるに必要な事前のシステム作り、各人の役割と責任の明確化を日本の官と民はできるだろうか。


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