メディア掲載  グローバルエコノミー  2024.04.05

食料・農業・農村基本法見直し(1)基本法むかしといま

週刊農林(2024325日発行)に掲載

農業・ゲノム

1961年農業基本法も今回の基本法見直しもヨーロッパに影響を受けている。1960年頃になると食料増産がほぼ達成され、農業予算獲得の根拠が薄弱になった。西ドイツで基本法が作られ農業予算が増額されたことを知った農業議員は、基本法制定を要求した。今回はフランスの立法に着目し適正な価格形成を実現すべきだと要求されている。

違いは農政当局の対応だ。農業基本法では、政治的な背景に多くの役人がしり込みする中で、後に政府税調会長を16年も務める小倉武一が手を挙げた。農林省内では、小倉学校と言われるほど、職員が研究を重ね活発な議論を交わした。小倉はフランス語に堪能で後に次官となる後藤康夫を連れてパリに長期間滞在し、フランスの基本法を研究した。シュンペーターの高弟である東畑精一東大教授を会長とする農林漁業基本問題調査会でも、小倉らを交えて真剣に議論された。

彼らは、農工間の所得格差是正を基本法の目的に掲げ、農業だけで他産業並みの所得を達成できる“自立経営農家”を育成しようとした。米については農家規模を拡大してコストを削減すればよい。そのためには、先輩の農政学者・柳田國男が主張したように、他の農業や産業への就労などで農家戸数を減少させなければならない。その一つとして、米から需要拡大が予想される畜産や果樹への転換を提案した。農産物価格を上げて農家所得を増加することは貧しい国民を苦しめるので、柳田たちが否定したことだった。経済学者の大内力東大教授は、農業基本法が「きわめて大掛かりな準備のうえに雄大な構想をもって組み立てられた」にもかかわらず、現実の農政は基本法の理念を真面目に実現しなかったと残念がった。構造改革ではなく食管制度を利用した米価引上げに走ったのだ。

今回はどうか?農業界はTPPを乗り切り貿易自由化の圧力は遠のいた。高関税が維持できるなら価格を上げてもよい。コストを転嫁しようとする適正な価格形成論は、コストの全てを織り込んだ食管制度時代の米価算定・生産費所得補償方式への回帰である。自らコスト削減に努めるのではなく政府の力で価格を上げてもらうのでは、いつまでたっても自立した経営は出現しない。

フランスだけ価格を上げるのは、EUの統一市場や共通農業政策の基本原則に反するし、同国産農産物の域内競争力を失わせる。小倉や東畑と比べるのはかわいそうだが、世界の農政の潮流は価格支持ではなく直接支払いなのに、フランスの政策の妥当性は検討されたのだろうか。フランスに学ぶなら、その土地公社が持つ先買権を農地バンクに認めてはどうか。ザルと化している農地法は廃止して農地確保のため確固たる土地利用計画を導入してはどうか。「(ドイツやフランスの土地利用計画)をどうしてまねしないかな。いいことでも、土木業者の金儲けにならないことはまねしないのじゃないかな。」とは、30年前の小倉の発言である。

(つづく)