コラム  国際交流  2024.02.29

『東京=ケンブリッジ・ガゼット:グローバル戦略編』 第179号 (2024年3月)

小誌は大量の資料を網羅的かつ詳細に報告するものではない—筆者が接した情報や文献を①マクロ経済、②資源・エネルギー、環境、③外交・安全保障の分野に関し整理したものである。紙面や時間の制約に加えて筆者の限られた能力という問題は有るが、小誌が少しでも役立つことを心から願っている。

科学技術・イノベーション

久しぶりに海外の友人達から日本経済に関して「明るい展望を聞かせて!」と連絡が入った。

2月22日、株価が1989年12月29日以来の高値を超えた事が世界中に伝えられた。筆者は、昨年秋のNature誌に掲載された記事を読んで以来、憂鬱になっていただけに喜んでいる(“Japanese Research Is No Longer World Class” 、小誌176号(昨年12月)を参照)。加えて2月17日には、心配していたH3ロケットも成功。また経済産業省が1月に公表したAI関連情報—国際標準規格(ISO/IEC 42001)の発行—を巡り、2月15日付『日経クロステック』誌が世界で果たす日本の重要な役割を報じた。日本のAIに関して従来悲観的だっただけに、期待して記事を読み始めた。ところが、産業技術総合研究所で責任を担う人の意見を読み、驚いている—資金・情報収集等に関する支援体制が脆弱で、海外の動きを“戦車”にたとえるならば日本は“竹槍と騎馬戦”との事。AI-enabled innovationを実現するには組織・制度の改編を再検討すべきだと考えている。

翻って世界経済の雲行きは怪しい。このために海外情報を見極めるには一層の慎重さが必要だ。

先月はクリスティアン・リントナー独蔵相の発言を友人達と微笑みつつ議論した。1月のダボス会議で彼は「ドイツは(欧州の)病人ではない。…低成長予測はモーニング・コールだ。(独経済は)今コーヒー・タイムで構造改革の途中である(Deutschland ist nicht der kranke Mann. . . . die niedrigen Wachstumserwartungen sind teilweise ein Weckruf. Und jetzt haben wir eine gute Tasse Kaffee, das heißt Strukturreformen)」と或る程度余裕を見せていた. だが、2月5日のFrankfurtでの会合では、「我々は既に競争力を失った… 成長力を失い困窮化へ向かい、(世界の)後塵を拝する形になっている(Wir sind nicht mehr wettbewerbsfähig. . . . Wir werden ärmer, weil wir kein Wachstum haben. Wir fallen zurück)」と随分弱気の発言に変わったので友人達と苦笑した。

諸機関—IMF, OECD、欧州委員会、そして独政府—が発表した経済予測では、独経済は確かに“欧州の病人(der kranke Mann Europas)”である。(p. 4の表参照)。独経済の低迷に関し、筆者は次の話を紹介した—昨年12月にフランスで「独経済(後退)後、仏経済は欧州の新たな機関車役を果たせるか(Après l'Allemagne, la France peut-elle devenir la nouvelle locomotive économique européenne?)」という話題が出た時、Deloitteのジャンマルコ・モンセラト氏が極めて示唆的な意見を述べた。「独経済の成長鈍化でフランスが自動的に大陸の強者になる事はない…21世紀の課題…それは欧州が一体となって先導的デジタル大陸になる事だ(Ce ralentissement ne signifie pourtant pas que la France serait automatiquement devenue «l'homme fort» du continent. . . . L'enjeu au XXIe siècle . . . de faire émerger collectivement l'Europe comme le continent leader du numérique)」、と。経済では“win-win”が大切なのだ。

残念だが国際政治は今“negative sum”に向かっている。先月のミュンヘン安全保障会議(MSC)に関し、BBCは“グローバルなlose-loseの不安(global 'lose-lose' anxiety)”と報じた。また国際政治経済をリードすべき超大国の米国では、positive-sumであるはずの経済が、不幸にも国内でnegative-sumの政治的・社会的現象を生んでいる。これに関して、Wall Street Journal紙が経済的に好調の米国が社会的不安を生んでいる理由を論じた記事が、そして“政治と経済”との関係に関し、ディヴィッド・オーターMIT教授による1月の論文が興味深い(それぞれ“Why Americans Are So Down on a Strong Economy”、“Help for the Heartland? The Employment and Electoral Effects of the Trump Tariffs in the United States”、共に次2を参照)。記事の中ではジェイソン・ファーマンHarvard大学教授がインフレによる生活の困窮化が招く政治不信を指摘し、後者ではオーター教授が米中貿易摩擦の国内における影響を考察し、トランプ大統領の対中輸入関税が関連する中西部における共和党の優勢を招来した点を指摘している。

政治家が国民を良い方向に導くためにどんな手腕を発揮するのか。彼等の演説・政策・策略に期待したい。

ショルツ独首相は米Wall Street Journal紙に寄稿し、ウクライナへの継続的支援を訴えた(“A Russian Victory in Ukraine Would Imperil Us All,” Feb. 7)。だが筆者は、独Frankfurter Allgemeine Zeitung紙が前日の6日に掲載した解説記事「危機の時の首相から首相の危機へ(„Vom Krisenkanzler zur Kanzlerkrise“)」を読んでいたため複雑な心境だ—「彼は国内でleadershipを発揮すべき」、と。同紙は「ショルツ氏のお陰でドイツ社会民主党(SPD)は前回の選挙で勝利したが、次回は彼の存在故に敗北が予想される(Die SPD hat wegen Scholz die vergangene Bundestagswahl gewonnen. Jetzt hat sie Angst, die nächste seinetwegen zu verlieren)」と語り、極右政党(AfD)を批判した各地の集会で「(壇上の)ショルツ氏は冒頭で彼の考えを何等かの形で歯切れ良く言うべきだった(„Scholz hätte gleich zu Anfang einen steilen Satz dazu sagen müssen“)」と或るSPD議員が批判した事を報じている。

AfDは最新の世論調査では勢いが若干衰えたものの、政党支持率は依然第2位を保持している(ARD-Deutschlandtrend)。AfDの注目すべき点は反移民の立場を明確にし、どの党よりも「率直に語る(die Dinge beim Namen nennen; call a spade a spade)」という評価を得ている事だ。ショルツ首相が熱い語り口で雄弁を振るわないと、nationalist populismを打ち出すAfDに圧倒されてしまうかも知れない、と友人達と心配している。

こうした事態は、厳しい経済状況下でナチ政権が誕生した事を考えると危険性が無いとは言えまい。そして、外国人排斥等の急進的政治に関する専門家であるユルゲン・ファルター博士の本を薦められて読了した。その本は1930年代の独国民がナチ党に如何なる理由で参加したかを詳細に分析した本だ(»Wie ich den Weg zum Führer fand« (『私は如何に総統のもとに繋がる道を見出したか』), 2022)。博士は入党の理由として、個々人で様々だが、共通事項として“カリスマ的指導者(einer charismatsischen Führerpersönlichkeit)”と“心に火をつける演説(eine zündende Rede)”という2点を挙げた。即ち激動の中で我々は“人々の心を惑わす語り手(demagogue)”と“移り気な群衆(fickle cloud)”に注意しなくてはならないのだ。

プーチン大統領提唱の“多極化世界(многополярный мир)”は“平和と繁栄”といったいどんな関係があるのか。ベルギー、オランダ、エストニアの政府が発表した最近の資料を中心に友人達と議論している(次の2参照)。①ベルギーは1月10日発表の報告書で「露中からのシステミック・チャレンジ(les défis systémiques posés par des pays comme la Russie et la Chine)」を語り、②オランダの軍事諜報機関(MIVD)は2月6日、サイバー攻撃に関して警告を発し、③2月13日発表のエストニアの報告書は、ロシア以上の国力を持つ中国が露側に立って欧州諸国に圧力をかけている事を指摘している。こうした中でトランプ氏の親露的発言とナワヌルイ氏の死亡により、欧州諸国の危機感が一段と高まっている。

中露に対して対峙と対話を巧みに絡ませ、現在の戦争を抑制し、平和への回復に導くためにはどうしても米国の力が必要だ。だが、米国はドイツ同様、nationalist populismに陥る危機に直面している。これに関しジョセフ・ナイHavard大学教授は、近著(A Life in the American Century)の中で、“hard to predict”と予測の困難さを指摘している。筆者は同時に、米国連邦政府の経済力を懸念している。2月7日に連邦議会予算局(CBO)が発表した資料によれば、連邦政府の債務残高の規模が急激に膨張する事が予想される。歳出の内容を見ても、日本程ではないにしろ、高齢化の影響を受けて医療・社会保障を中心に義務的経費が増加し、外交・国防に費やす裁量的経費が抑制される危険性がある(p. 5の図参照)。

世界にVUCA(volatility, uncertainty, complexity, and ambiguity)が蔓延する中、行動のために情報の高度な選別が必要だ。

株式市場の活況と対照的な鈍重なデジタル化。日本社会の行動指針を再検討するため多角的・複眼的な情報・思索が必要だと考えている。

全文を読む

『東京=ケンブリッジ・ガゼット:グローバル戦略編』 第179号 (2024年3月)