コラム  エネルギー・環境  2021.11.17

「脱炭素と脱原発」~ 二兎は追えない

エネルギー・環境

1. 火力発電の底力を世界は直視せよ

COP26の直前にイタリアで開催されたG20サミット。最大テーマの気候変動問題はここが勝負所であった。今世紀半ばごろまでに世界の温室効果ガス排出量を実質ゼロとする目標が初めて掲げられたのは大成功であろう。できれば米欧中印などの主要排出国が揃って合意を得る、その仲裁の場に日本の首相にいて欲しかった。日本の役割は、米国と組んで中国に目標前倒しの圧力をかけることではない。人類共通の目標を掲げつつも、各国ごとに異なるエネルギー事情をそれぞれがどう乗り越えるか、それぞれの国が「環境と成長の好循環」を達成するための方法論を提示し、共有することにある。COP26という英国ジョンソン首相が演ずる政治ショーの前哨戦として、世界を仲裁する冷静沈着な日本の姿を見せて欲しかった。

足元のエネルギー事情。中国やインドなどアジア諸国においては、石炭不足から来る価格暴騰と大規模停電。欧米では、天然ガスひいては原油価格暴騰による資源高インフレ(コストプッシュインフレ)が、ポストコロナの需要回復(ディマンドプルインフレ)を凌駕。世界の経済音痴が結集するCOP26 Festivalと、それを見据えるOPECの減産維持とが相俟って、世界は長期スタグフレーションへと導かれつつある。脱炭素を目指す世界にとって、石炭を含む化石燃料全体の需給調整を周到に計っていかないと、今後は、資源価格の乱高下に何度も見舞われながら、基調として脱炭素インフレが常態化していくであろう。日本経済の体力は大丈夫か。

9月以降に深刻化した中国の電力不足の主要因は、温暖化対策を性急にやり過ぎたことである。「2030年までにCO2排出量をピークアウトさせ、2060年に向けて実質ゼロを目指す」という中国の目標は、先進国や環境派から見れば「生ぬるい」と批判されるが、「環境と経済の好循環」との視座から見れば、かなり強引な目標である。中国中央政府は、CO2排出原単位を満たさない省や直轄市・自治区に対して改善策を指示。地方政府は電力供給制限に動かざるを得ず、ポストコロナの電力需要急増と真っ向から相反する政策を執らざるを得なかった。電源構成の7割を占める石炭火力の相次ぐ停止は、国民生活の安定、経済成長軌道の復元には致命的である。中央政府は、一転、「電力確保は至上命題である」として、石炭の増産・輸入、石炭火力発電のフル稼働に動いた。

インドのエネルギー事情は更に厳しい。電源構成に占める石炭火力の比率が8割近くに迫る中で、太宗の石炭火力発電で石炭在庫が枯渇し、発電用以外の用途の石炭使用を緊急停止させ、国産・輸入炭をすべて発電用に回す「石炭国家総動員」体制を余儀なくされた。インドは世界第二位の石炭生産国である。

昨今、石油と天然ガスの価格は連動する。石炭価格は、かつては原油価格に連動しないどころかむしろトレードオフの傾向にあった。世界が脱炭素を目指す中で、最近は連動するようになった。今後は逆に石炭価格が高止まりし、市場の力による炭素プライシングが形成されていくだろう。炭素税など必要ない。

そもそも今般の化石燃料価格高騰のトリガーを引いたのは、欧州の天然ガスである。経済再開と風力発電の不振などが重なってガス価格が記録的水準となり、ガスや電力の販売価格と調達価格が完全に逆転し、安定供給自体が危ぶまれる事態となった。風力が不安定な中、ガス不足で石炭発電にシフトすると、今度は石炭価格が急騰する。他方でエネルギー事業者は、排出権枠が年々絞られるために、ガスや石炭を欲すれば欲するほど、これが欧州排出権市場の価格高騰に直結する。高騰した排出権の購入によって経営の厳しい電力会社は、それでも電気料金に「燃料代」と「排出権代」とをダブルで転嫁し、どんなに高くついてもエネルギーの安定供給に邁進せざるを得ない。電力価格抑制に乗り出すかどうかは政府の仕事であって、事業者の仕事ではない。

もとより物理的にも経済的にも不安定な再生可能エネルギー。その比率を増やせば増やすほどにエネルギー安定供給と経済成長へのリスクは増し、そのリスクを補う化石燃料の経済性も不安定さが増幅される。この振幅を極力平準化する方が、エネルギーシフトへの安定した道筋は作りやすい。再生可能エネルギーの導入速度と火力発電の脱炭素化速度とのバランスが重要である。カーボンニュートラルへの道は、決して一直線ではない。

「最後に頼りになるのは火力である。」「火力をゼロにはできない。」

これは政策の失敗がそうさせたのではなく、科学が導く帰結である。この現実は、再生可能エネルギー100%を主張する者にとっては、誠に「不都合な真実」であろう。それでも現実から目を反らし、むしろこれを梃として再生可能エネルギーへのシフトが手緩かった政府への批判を益々強めるであろう。

「不都合な真実」。この言葉ほど、主観性を持って都合よく使われる言葉はない。

誰にとって不都合なのかが想定されるが故に、自ずと政治性が内在する。

「事実」は確かにそこにある。「真相」はやがて明らかになる。しかしながら、「真実」はそう簡単には解明できない。それを追求するのが科学であり、確率論的に処理され、判定されていく。「気候変動という不都合な真実から目を背けるな!」それは全くその通りである。だから皆、過去を検証しつつ取り組んでいる。ただし、この言葉を政治的に濫用する人々やそれに呼応する報道機関ほど、何が真実かを深く洞察する能力を欠き、あるいはその努力を怠り、自分の頭で考えず、好き嫌いのみで表層的に物事を判断し、決めつけ、非賛同者に「既得権者」のレッテルを貼り、遂には「現実」と誠実に向き合いながら「真実」を追求する人々をdiscourageする。

エネルギー政策をもっと政治の議論の対象にすべきとの論調が目立つが、エネルギーというものは、「物理の法則」あるいは「化学」「生物学」によって規定される。人類が安全に、かつ持続的に社会経済活動を営むために、どのような形でのエネルギー源が可能であり、どのような構成がベストなのか。それは、技術や知見の進歩のゆくえにのみ規定される。「科学の追求」は「政治のポピュリズム」よりは遥かに信頼できる。エネルギー問題を政治のパフォーマンスの場にすることには断固反対である。「知」と「理」による政治を、世界は取り戻してほしい。

再生可能エネルギーの普及加速化はもはや所与の方針である。となれば、その欠陥を補う火力発電の存在意義は今後も変わらない。更に言えば、風や太陽光だけが再生可能エネルギーではない。火力発電、石油精製、製鉄の過程で副生される二酸化炭素をリサイクル利用できれば、これまた「再生可能エネルギー」である。

産業革命以来の大転換には十分な時系列が必要だ。いわゆる再生可能エネルギーや水素の大量普及のためのインフラが整うまでの次の20年間は「ガスの利用」に正当性を与え、「石炭や石油、電気を利用する場合に、エネルギー等価のガスを利用した場合のCO2排出量以下に抑え込む」といった基準をベンチマーク化すれば、企業は投資目標を立てやすい。水素やアンモニアの混焼、石炭ガス化、水素化、CCUSなどの進捗に十分な時間軸を与えられると同時に、将来導入されるカーボンプライシングのメルクマールともなり得るであろう。

2. ポーランドの苦悩

エネルギー問題を、安全保障の観点に特化して考察すれば、どの国も先ずは、エネルギー自給率を上げようと努力する。山岳地帯の多い国では先ずは水力や地熱、安定した風が吹く地域では風力、日照時間が長くかつ雪も砂もかぶらない地域では太陽光を志向するが、エネルギー多消費型の製造産業を抱える経済大国においては原子力こそが最も有望なエネルギーである。そして、中東への原油依存度が高い日本や韓国、ロシアへのガス依存度の高い東欧諸国においては、エネルギー安全保障と脱炭素の両面から、必然的に原子力への志向を強めざるを得ない。

主要国の電源構成の最新統計を【図1】に示す。じっと眺めていただきたい。

24時間安定的に稼働する能力があり、かつ長時間運転ほど経済性を発揮する電源をベースロード電源と名付けるとすると、水力、原子力、石炭の3つの電源がこれに当たる。殆どの国がベースロード電源の比率を5割程度確保し、中国やインドでは9割に迫る。自給率100%の産油・産ガス国であるサウジアラビア、水力資源の豊富なブラジルやニュージーランドは例外である。


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デンマークは8割近くが再生可能エネルギーで賄う。他方で、フランスは7割以上を原子力に、ポーランドは7割以上を石炭火力に依存する。欧州諸国は、電力運命共同体であり、全体としてバランスあるエネルギーポートフォリオを維持する。

そのポーランド。EU加盟国の一員として、COP26で突如形成された「石炭火力廃止連合」(46カ国・地域)に名を連ねることとなった。ただし、2040年でも電源の11%は石炭に依存し、「完全廃止」の終期は確定できていない。EU委員会による強烈なプレッシャー下でのぎりぎりの判断であった。

石炭火力の代替安定電源は原子力しかない。ポーランドでは、旧東側経済圏時代の1982年にバルティック海沿岸に原子力発電所の立地が計画され、基礎工事まで進められたが、「鉄の壁」の撤去後、住民の反対により計画は白紙となった。40年もの政策論争の末、昨年、2033年までに第一号の原発を竣工させ、2043年までに更に5基の原発を稼働させる計画を政府決定した。初号機のサイトは未決定であるが、オリジナルの計画地点から未だ反対のプラカードは撤去されていない。EU委員会の2030年カーボン排出削減目標の引き上げ(1990年比▲55%)と排出権市場高騰、金融機関によるファイナンス逃避が、已むに已まれず原発への見切り発車的再出発へと駆り立てた。ポーランドの気象条件からして太陽光の大量普及は絶望的、沿岸風力にも3兆円超の資金を投入するが、自ずと限界がある。風力タービンは自らの高さの10倍の距離を隣接の居住ビルから離さなければならないとの規制がある。無論、ガスの比率も3倍に引き上げるが、ロシアへの依存度上昇は、安全保障上のリスクを負う。石炭の代替は、結局はベースロードたる原子力発電に頼る他はない。問題は政治である。国内では原発反対派が原発賛成派を上回る。こうした状況を丁寧に国民に説明し、理解を得なければならないのは日本と全く同じ状況である。説明責任を負うのはポーランド政府であり、EU委員会ではない。仮に、原子力の誘致、風力発電の配備に変調をきたすことがあるとなれば、ポーランドは石炭発電王国の地位に引き戻されることになる。その責任を負うのもポーランド政府であり、EU委員会ではない。

日本は、2019年に、ポーランドとの間で「戦略的パートナーシップ行動計画」に署名し、両国のあらゆる面での関係強化を確認。原子力を含むエネルギー戦略はその核心をなすものである。ポーランドとの協力関係は極めて意義深い。エネルギー事情、立ち位置、向く方角が日本とポーランドは全く同じであり、まさしく、Likeminded country である。加えて、EUメンバー国との原子力、石炭アンモニア混焼、石炭ガス化、CCUSなどにおける技術協力は、クリーンエネルギーの定義づけや世界標準化にも影響を与え、欧州と共にカーボンニュートラルを進めるための絶好のstrongholdになる。日本政府にこの強い問題意識と戦略性を持って欲しい。 

3. COP26 Festivalの成果

26回国連気候変動枠組み条約締約国会議が会期を延期して閉幕した。

  • 気温上昇幅(産業革命前比)を1.5℃に抑える努力を追求することを決意する
  • 2022年末までに必要に応じ、2030年の各国の排出削減目標の強化や再検討を要請する 
  • 温室効果ガスの排出対策を講じていない石炭火力発電の段階的な削減に向けた努力を加速する
  • パリ協定第6条に基づく市場メカニズムの実施指針が合意され、いわゆるパリ・ルールブックが完成 

以上が主たる合意事項であるが、画期的前進であることは間違いない。議長国英国の気迫の賜物である。ただし実務的には、4つ目のパリ・ルールブックの完成が最大成果である。これで、途上国への技術支援による排出権取引ルールがようやく明確化した。

石炭火力発電の扱いについては最後まで紛糾した。しかし、最初から分かっていたことである。

それにしてもインドはよくやった。「経済発展と貧困の撲滅を追求する途上国が、石炭を段階的に廃止するなどと約束できるだろうか。」 交渉の最終局面で SDGsという大義を持ち出した。

こうした正論は日本こそが吐くべきである。欧米列強の前で正論を唱えてこそ大国である。ただし、インドが最後に唱えることが出来た背景には、途上国や中国のみならず、それを容認する米国とEUの存在があったはずだ。

去る4月の日米首脳会談において、米国は日本に石炭火力の早期廃止を迫った。6月のG7サミットにおいては、英国の圧力は依然として相当のものであったが、EUと米国は石炭火力早期廃止は非現実的と判断し、排出対策を講じていない石炭火力の途上国への公的支援を停止するところまでの合意となった。

そして先のG20。真の勝負所はここであった。中国は従来の立場を変えず、インドは「2070年カーボンニュートラル目標」を掲げながら、石炭火力廃止等の各論的合意には応じなかった。日本のメディアは実に不思議で、中国が反対すると批判するが、インドが反対しても批判しない。日本が反対するともっと批判する。足元で石炭、石油、ガスの不足による大停電と、已むに已まれぬ石炭の増産態勢がCOPに臨む代表団をhesitateさせたこともあろうが、G7を期に、米国とEUは現実路線に軟化していた。議長国の英国は突っ走った。それが役割であり、国益である。しかし、インドの発言の裏には、米国とEUの了解があったはずである。米国は何と、石炭火力廃止46カ国連合にも参加を表明しなかった。事程左様にエネルギー環境問題は難しい。

4. 最後の砦CCS

北海道苫小牧にあるCCS大規模実証試験場を視察した。大規模な油田やガス田を持たない日本の国内でのCCSCarbon dioxide Capture and Storage)は、適地も少なく、かなりの高コスト高リスク事業であると想像していたが、その懸念は払拭された。20164月から開始されたCO2圧入事業は、3年半で目標の30万トンの貯留に成功し、現在は貯留状態をモニタリング中である。

CO2を隙間の多い砂岩層に圧入する。CO2はやがて地層水に溶解し、さらに長期間を経て周辺の岩石と反応して鉱物化し、安定する。当該貯留層の上部がCO2を通さない泥岩などの地層(遮蔽層)で覆われ、漏洩しない地層構造であることが条件となる。表現は良くないが、泥岩がチョコレート部分、砂岩がスポンジ部分のミルフィーユ状のチョコレートケーキのスポンジ部分に貯留するイメージである。断層は漏洩経路となるため、付近に断層がないことも条件となる。

CCSの開発・導入は、20087月に開催された北海道洞爺湖G8サミットにおいて、日本主導でその必要性に合意し、以降、米国、カナダ、豪州、ノルウェー、ブラジルを初めとして、世界40か所位程度で大規模事業が進捗している。IEAは、全世界で2兆トンのCCSポテンシャル及びCO2排出削減の14%をCCSが担う予測をレポートしている。苫小牧プロジェクトは、その中でも優良プロジェクトとして、IEAによって世界に発信され、今は世界からの見学対応と研修生の受け入れに多忙を極めている。

日本国内の貯留適地調査では、2020年までに行われた高精度の3D弾性波探査データから少なくともCO290億トンの貯留ポテンシャルが確認されたが、2D探査による推定によれば、追加ポテンシャルとして1,4602,360億トンの貯留可能性が確認されている。国内の石炭火力由来の年間CO2排出量は約3億トンである。技術的可能性は実証されたといっていい。問題は、いかなる法整備、制度整備の下で、どのように具体的なインフラ計画として社会実装化するかである。そして、発電原価に換算して20/kwh程度が追加発生するCCS-ready 石炭火力発電をどこまで低コスト化できるかである。国がうまくリスクテイクすれば、洋上風力発電よりはなお競争力を有することは間違いない。

そのためには、① CO2分離・回収、② CO2輸送、③ CO2貯留 の三つの要素を最適効率で総合しなければならない。

分離・回収地点。これがCO2の発生元である火力発電所、製油所、製鉄所、工場であることは疑いない。回収技術は既に確立されているが、効率性とコスト削減可能性はまだまだ余地がある。

輸送システム。日本では、溶接や半導体の基板洗浄、炭酸飲料、ドライアイスなどに利用されるCO2がタンクローリー車などの専用車両で既に日常的に輸送されている。海外では、枯渇しつつある油田にCO2を圧入して原油を増産する施設の一部としてパイプラインが利用されている。米国では年間3,000万トンのCO2輸送実績がある。最も有望なのは、CO2輸送船舶。現在開発中であるが、日本のCCUSの実践では、おそらく船舶によるCO2輸送が主流になると見込まれる。

そして、貯留地点。何か所、あるいは何十か所をどこに設置するのか。苫小牧プロジェクトは、電力、石油、エンジニアリング、プラント等の会社総勢34社の出資を得た国策の日本CCS調査(株)が、NEDO委託事業として実施しているが、毎度お馴染みのNEDO委託事業であるから、このままでは一部の会社による商業化には発展しにくい。大規模貯留地点を他に34か所程度設定し、苫小牧同様に国が主導して実証を重ねていく必要があるだろう。

複数の大規模実証事業により商用化への道筋が立てば、CCSビジネスが民間企業の手で実践可能となる。CCSによるカーボン削減量が排出権市場に組み入れられることとなれば、電化が困難な高熱利用の産業群も、一定のコストはかかるものの、市場からの退出リスクは大幅に軽減される。水素利用、さらには、CO2をリサイクルして水素と合成させる合成燃料の利用が将来本格化すれば、その時は、Carbon Storageではなく、Carbon Utilizationを選択すればよい。CCSの実用化があるからこそCCUを安心して追求できる。CCSは、まさに「カーボン活用のアンカー」であり、カーボンニュートラル社会には不可欠の基盤技術、基本インフラである。

もし、この道が挫折したら、日本はいよいよ「高度原子力利用社会」を目指すしか生きる道はない。「脱炭素」と「脱原発」。二兎を追うのは不可能である。