コラム  外交・安全保障  2021.11.15

【コラムシリーズ「海外有識者はインド太平洋をどう見ているのか」】 AUKUSとフランスのインド太平洋戦略:打撃は受けたものの沈没せず

国際政治・外交 安全保障 米国 欧州

本年5月より、外交・安全保障グループでは「対外発信と国際ネットワーキング」の一環として、当研究所と関係の深い海外有識者が執筆するコラムを掲載しています。

3回目となる今回も、当研究所のInternational Research Fellowで、フランスの有力シンクタンクIFRI(Institut Français des Relations Internationales)のCeline Pajonさんに、9月15日に突然米英豪政府によって発表されたAUKUS(オーカス:米英豪による新たな安全保障枠組み)についてのフランス側の見方について寄稿していただきました。

AUKUS創設は事前に豪州政府からフランス政府への説明なく、創設発表のわずか数時間前に潜水艦開発契約の破棄が通告されたと報じられました。フランス人である Pajonさんはその怒りを本稿の行間ににじませつつ、今回のAUKUS創設がインド太平洋地域に何をもたらすのか、今後のフランスのインド太平洋戦略に変化が生じるのかどうかについて論じています。


インド太平洋地域の不穏な状況の中で重要なターニングポイントとなったAUKUS―米国、英国、オーストラリア間の新しい同盟は、フランスにとっても打撃であり、衝撃をもって受け止められました。フランスには事前の協議はおろか通知さえもありませんでした。この協定の歴史的な重要性や、フランスの国益にとっての大きな影響、とりわけオーストラリアへ12隻の潜水艦を提供する契約が無慈悲に破棄されたことなどは一顧だにされませんでした。そのためにフランスのル・ドリアン外相が激怒し、これを「後ろから刺された」と非難したのも無理からぬところです。フランスと米国およびオーストラリア(英国は言うまでもなく)との信頼関係は現在、深刻な危機に瀕しています。AUKUSによりフランスの活動は複雑化せざるを得ませんが、フランスのインド太平洋地域への戦略と関与は今後も続けられる見込みです。

AUKUSによるダメージ

AUKUS創設後、フランスとオーストラリアの関係は現在、大きく損なわれています。遡って2018年、マクロン大統領はフランスのインド太平洋戦略を発表する場としてシドニーのガーデンアイランド基地を選び、オーストラリアはフランスの重要なパートナーになるだろうと示唆しました。潜水艦契約は、両国の積極的な協力関係を象徴する構成要素でした。この契約は決してスムーズに結ばれたわけではなく、その条件を履行することの難しさはフランスも充分に承知していました。それでもオーストラリアは原子力推進型の潜水艦の方が好ましいという心変わりをフランスに知らせることはありませんでした。ネイバル・グループには問題解決の技術があったにもかかわらずです(フランスがこの技術の共有に同意するかどうかはまた別問題として)。オーストラリアは、フランスに相談する代わりに、米国と英国に代替案を打診しました。それでフランスは裏切られた、二枚舌を使われたと感じ、現在傷ついているのです。これにより、フランスでは何千人もの労働者に影響が及び、さらなる経済的損失を被ることになります。

この怒りは、米国との同盟関係にも向けられています。ショッキングなAUKUSの締結や攻撃型原子力潜水艦(SSN)技術のオーストラリアへの有償提供は、純粋にレアルポリティーク(現実政治)的な展開であるといえます。バイデン政権は、今や中国への徹底的な対抗姿勢によって米国の対外政策のすべてが形作られていることを顕にしています。これまでの同盟関係における摩擦も、米国の主要な関心事に注目すれば理解できます。中国の先を行き、中国を牽制することは、明らかにそうした関心事の1つです。米国はAUKUSへの取り組みを通じ、緊密な協力関係、相互運用性、そして何よりも完璧な連帯を保証できるパートナーを優先する姿勢を見せています。ここで、他のパートナー、例えば日本やインド、そしてもちろんフランスやヨーロッパの役割が問題となります。日本がAUKUSのことを周辺地域における米国の安全保障への力強い関与として歓迎するのなら、日本ももっと貢献しろという米国からの圧力であると解釈する日本政府関係者も出てくるでしょう。

バイデン政権のAUKUSに関するレトリックに一貫性が見えないことも、フランスの怒りに拍車をかけています。1月に米国のジェイク・サリバン国家安全保障担当大統領補佐官は、中国に対抗して「一斉に声を上げよう」と呼びかけ、ヨーロッパは米国のパートナーとして最も重要な存在だと主張しました。それなのに、英国だけが選ばれたのです。インド太平洋地域でヨーロッパ勢を牽引する能力を持ち、同地域におけるEUの利益を最も積極的に防衛しているフランスは、脇に追いやられました。さらにAUKUS発足の不幸なタイミングも重なりました。EUがインド太平洋地域での協調戦略を発表したその日に発足したという事実から、ヨーロッパへの配慮が欠如していると見られても仕方がありません。実際のところ、インド太平洋地域にさまざまな利害を持ち、中国との関係性も異なる27か国の政治的コンセンサスを得て協調戦略が定められたのは、途方もない努力の賜物だったのです。

この点において、米国の決定は、バイデン政権と中国およびインド太平洋地域との協調関係を複雑化し、米国が中国に対抗して打ち立てることを目指している民主主義の前線を強化するどころか弱体化させる結果となりそうです。フランスの戦略的な自主性(あるいはワガママ)のせいで、今までこうしたブロックをまとめるのが難しかったのではないかと言う人もいます。しかし現実には、フランスと米国のインド太平洋戦略は、これまで相乗効果を生んできました。それはフランスが非常に効果的な招集力を発揮し、クアッド4か国や、中国とのあからさまな対立を表明したくないASEAN各国の調整を行う役割を果たしてきたからです。既にインドネシアマレーシアのような東南アジアの国は、AUKUSが地域にもたらす新しい軍拡競争や兵器拡散のリスクについて懸念を表明しています。

このようなわけで、中国に対抗する同じ志を持つパートナーの連合を創設するためには、フランスの戦略的な自主性よりも、AUKUSのほうが不利に見えます。中国は、この展開を利用し、仲間割れに持ち込むべく喜ぶだけでしょう。アフガニスタン後の、米国の同盟やパートナーの重要性に関するレトリックと、重要な決定についての相談や配慮の欠如との間で隙間風が吹くほど、ヨーロッパ各国の戦略的自主性が加速度的に増大するだけです。

結局のところ、AUKUSは、今日の同盟の本質に疑問を投げかけています。インド太平洋地域の戦略地政学上の非常に流動的な環境のために、関係諸国すべては、常に選択を見直して姿勢を調整することで、自国の利益を最大化し、リスクを回避し、国益を守るよう迫られているのです。そのために、インド太平洋地域は、柔軟な協定、戦略的パートナーシップ、少数国間の合意、課題別の連合などが豊富に見られる土地柄となっています。新しいAUKUS同盟の発表は、この傾向に逆らっているように見えます。AUKUSは、地域内の同じ志を持つ国々の連携を育てる仲介者であるべきであって、ブレーキになってはいけません。

フランスのインド太平洋地域への関与は続く見込み

フランスが激怒するのもそれを周囲に見せるのも当然のことです。実際、フランス外交当局は、深い遺憾の意と裏切られた気持ちを同盟国やパートナー国に強く表明しています。この大げさとも言える反応には、経済的損失、そして面子を潰されたことに対する適切な補償交渉のための駆け引きに持ち込む意図もあります。時間が経てば騒ぎも収まり、パートナーシップも回復するでしょう。オーストラリアは南太平洋にあるフランスの海外領からしても大切な隣国で、両国とニュージーランドの間では、地域内のHA/DR(人道支援/災害救助)活動の調整を行う安全上の枠組み(FRANZ協定)や、IUU漁業のモニターを共同で行うという制約もあります。米国との関係で言えば、これは既に克服済みの2003年のイラク戦争をめぐる衝突、あるいは2013年のシリア以降なかった、最近の大きな危機です。米国(およびオーストラリア)は、フランスの傷を癒すために相当な努力をしなければならないでしょう。インド太平洋地域においては、フランスとヨーロッパを同じ船に乗せることが両国の利益にかなうはずです。

AUKUSのおかげで、大西洋主義者や、インド太平洋地域における野心的なフランスの姿勢を支持する人々の立場は、確実に難しいものとなるでしょう。また、最初からインド太平洋戦略に疑問を持ち、無理をすることや中国に対抗する米国の政策に取り込まれることを恐れている懐疑的な陣営は立場を強めるでしょう。

だからといって、フランスのインド太平洋地域への関与が弱まることはないでしょう。特に地域内の重要な主権的利益は維持されるはずです。フランスは、地域内のルールに基づいた秩序と安定を支える取り組みを確実に実施してきた、有能な責任あるステークホルダーです。今年だけでもフランスは2月に原子力潜水艦(SSN)を南シナ海に派遣し、5月には九州でフランス・米国・日本・オーストラリアの4か国陸海空軍共同訓練を実施し、インド洋では4か国合同のラ・ペルーズ海軍演習を率い、この夏には戦闘機ラファールをはるばるポリネシアとハワイに送りました

AUKUSの後、フランスは、中間勢力のネットワークを創設することに努力を傾けるでしょう。日本とインドは、新しい同盟を歓迎する一方で、フランスをこの地域にしっかり繋ぎとめるべく奮闘するでしょうし、インドは新たな防衛の枠組みに関心を持つかもしれません。フランスは、インドネシアに戦闘機ラファールを36機売る計画で、マレーシアとのパートナーシップも醸成しつつあります。フィリピンおよびASEAN諸国とは3月に開発パートナーシップを結びました。フランスとヨーロッパのインド太平洋地域に関する包括的なビジョンは、ASEANのアプローチとも軌を一にしています。

さらに重要なことに、フランスのインド太平洋へのアプローチは、今後のEUの同地域に対する新戦略と必ず統合されていくでしょう。これら2つのアプローチは相乗効果を生み、互いに補完し合う存在です。EUの戦略は、特に半導体分野で、弾力的なバリューチェーンを構築することを重視しており、台湾との協定を成立させることが含まれています。貿易、デジタル部門、先端産業におけるスタンダードを「民主主義の原則にのっとって」定めることは、EUの最優先目標の1つです。戦略文書では、「気候変動、技術、ワクチンなどの共通の課題について、EUはクアッドと協力しながら取り組みたいと考えている」とまで言及されています。これはEUの優先事項が米国の主要な関心事とも一致しており、EUの戦略的な自主性が必ずしも米国やインド太平洋地域における他の主要なパートナーとの密接な協力と対立関係にあるものではないということを示しています。EU厳格なスタンダードを持ち、重要な経済プレイヤーであるため、米国が中国の方針に本気で圧力をかける気なら、EUと手を組まないわけにはいかないはずです。AUKUSが明らかにした勇敢な新世界の構想の中でも、フランスとヨーロッパは重要な存在として残り続けることでしょう。

*このコラムは、ロシア国際問題評議会(RIAC)に掲載された長尺の記事を短く改稿したものです。