メディア掲載  グローバルエコノミー  2021.08.16

コメ先物廃止「得する農協、納税者は負担続く」 専門家

朝日新聞DIGITAL(2021年8月6日)に掲載

大阪堂島商品取引所が国内で唯一扱ってきたコメ先物取引の「本上場」申請を農林水産省が認めなかったことを受け、コメ先物は上場廃止になり、売買ができなくなる。元農水官僚の山下一仁・キヤノングローバル戦略研究所研究主幹は「得をするのは農協で、納税者の負担が続く」と指摘する。どういうことなのか。



――先物取引はどのような役割を果たすものですか。

「生産者にとっては保険のようなものだ。将来のある時点で、あらかじめ決められた価格で売る先物契約をしておけば、豊作でコメの価格が下がっても損害を受けない。価格変動のリスクを回避できて『豊作貧乏』を避けられる。そのリスクを引き受けるのは投機家だ」



――生産者の利用は広がっていません。どうしてでしょうか。

「農協がコメの価格を調整している上、生産者の減収を補てんするために、国による手厚い保険的制度があるからだ。これがある限り、多くの生産者は、価格変動リスクを回避する先物取引の必要性を感じない。ただ、この制度には税金が使われており、先物取引投機家が引き受けるはずのリスクを納税者が負わされている。先物取引がなくなることで、この負担が続くことになる」



――農協はなぜ、先物取引に否定的な立場なのでしょうか。

「コメの価格決定権がそがれるからだ。コメ流通の大部分を握る農協は、生産者から集めたコメの流通量を調整することで価格を高く維持してきた。豊作で値崩れしそうなら、在庫を積み増して供給を減らす。農協が手にする販売手数料は、コメの現物取引の価格によって決まるので、農協にとって価格維持は重要だ」

「ところが、先物市場で価格を決めるのは投機マネーで、農協は支配できない。それぞれの投機家が『今年は天候がよいので秋は豊作になりそうだ』などと予測して取引する。先物の価格が下落すれば、『農協さん、先物が下落しているのだから安くしてよ』と買い手から言われ、現物の価格にも下落圧力がかかる。その結果、農協の手数料収入は減少してしまう」



――農協は、「主食のコメを投機対象にするべきではない」などと主張しています。

「価格が不安定な農産品だからこそ、変動リスクを回避するための先物取引が必要だ。米シカゴ商品取引所も幅広い農産品の先物を扱っている。農協の主張が正しいなら、コメより重要な原油や貨幣の先物取引は廃止するべきだ」

1730年に大阪・堂島でコメ先物取引が始まったとき、コメは貨幣に代わる役割を果たしていた。今よりはるかにコメが重要だった時代に、長年にわたって先物取引が価格形成の中心だった。多様な参加者がいる先物市場の価格こそ、需給を反映した公正な価格だ」



――農水省はコメ先物の本上場申請を認めませんでした。

「生産者が価格変動リスクを回避する手段が失われ、結果として国民の税金が使われる。本上場を認めると、何の害があるのか分からない。得をするのは農協だけだ」






(聞き手・筒井竜平)