その他  エネルギー・環境  2021.03.06

「次世代原子力をめぐる研究会」発足について

エネルギー・環境

1. なぜ今原子力なのか

今エネルギーの世界が大きく転換しようとしている。

新型コロナ感染症が世界的に拡大し、市民の生活や働き方のみならず経済、産業、貿易、国際関係、安全保障などの面で大きな影響を及ぼしている。当然のことながら、エネルギーや温暖化面での影響も大きい。エネルギー需要も減ったが、特にCO2の排出量が大きく減少し、2020年は、IEAによれば2度の大戦にも匹敵するような歴史的な排出量の減少となっている。このような不透明な、混とんとした中で世界共通の大きな課題として浮上してきたのがカーボンニュートラル2050だ。

2015年のパリ協定以降、GAFAに代表される主要企業が自社の電力を100%再生可能エネルギーで賄うことを宣言しはじめている。また、この中の企業には、サプライチェーンにある企業にも同様のことを求めるものもあり、こういったグリーンな動きが国境を越えて広がってきている。このような企業の動きに対して、世界の政府の動きをみると、欧州を中心に、「ネットゼロ」(地球温暖化ガスの排出を実質的にゼロにすること。森林等による吸収の分を上限として排出すること。)にコミットする国・地方自治体等が続々と現れていた。このような中、昨年9月の国連総会において、中国の習近平国家主席が2060年のカーボンニュートラルを宣言した。その後、米国でバイデン大統領が当選してこの流れはさらに加速し本格的なものとなったのである。経産省の昨年12月の資料によれば、カーボンニュートラル2050を宣言したのは世界の123か国・一地域にのぼる(この中には米中は入っていない)。

このような世界の動きに対し、菅総理が臨時国会の冒頭でカーボンニュートラル2050を発表したのが習主席の発表の一か月後だ。バイデン政権がスタートする前のいわば最後の船に乗った形だ。政府においては昨年末には成長戦略等が策定され、日本経済団体連合会は、12月、「経済界の決意とアクション」として、「政府とともに 不退転の決意で取り組む」ことを表明した。もっとも総理の上記発表までは、政府の対応は必ずしも十分に迅速・柔軟ではなかった。今の「エネルギー基本計画」は2018年に策定されたもので、具体的な数値はその2年前の「長期エネルギー需給見通し」のものが依然として生きているのが実情である。その主要な理由の一つが、原子力にあると考えられる。すなわち、2011年の福島第一原子力発電所の事故以降、原子力への反対やアレルギーが国民の中で広まり、原子力、ひいてはエネルギー政策を国民的議論の対象として取り上げることが難しい状況が続いているからである。現状においては、原子力について、「可能な限り原発依存度を低減する」とされ、同時に「原子力発電所の再稼働を進める」(「エネルギー基本計画」)、原子力の電力に占める割合は、2030年度に20〜22%を目指すとしている(「長期エネルギー需給見通し」)。

福島第一原子力発電所事故から10年になる。同事故に伴う全国の原子力発電所の停止等により、いわゆるエネルギー政策の3つのE、エネルギー安全保障、環境、経済性がすべて大きく悪化しただけでなく、その後のエネルギー政策全体の大きな足かせとなるなど甚大な影響を与えた。日本は、エネルギー基本計画などにあるように、パリ協定等を契機に脱炭素に向けて準備すべき時期に福島事故の影響からの回復に集中する必要があったのである。また、同事故により、ドイツ等他国では脱原子力に転換するところもあっただけでなく、原子力発電の主流である大型軽水炉の安全コストが新たに加わり、また工期の遅延等により経済性にも大きな影響を与えた。

我が国は世界で唯一の被爆国であり、原子力の平和利用の国際的なリーダーでもある。原子力は、本来、エネルギーを中心としつつも、安全保障、地政学、イノベーション、地域開発、人材育成等様々な分野と関係する多面的な側面を有する重要な課題である。また、先述のように、エネルギーは脱炭素に向けて動きを加速しつつあり、否応なく原子力を含めた脱炭素エネルギーの役割に注目が集まりつつある。こういう時にこそ、長期的な視点に立ち、原子力の多面的側面にも配慮しつつ、原子力平和利用の中心的な役割を担ってきた日本にふさわしいこれからの原子力のあり方などについて本格的な議論を行うことは意味のあることであろう。

当研究所は、このような問題意識から、昨年末、「次世代原子力をめぐる研究会」を立ち上げ検討を開始した。

2.どのように検討していくのか

原子力の平和利用が果たす役割や課題について、長期的な視点から、エネルギー源としてだけでなく原子力が持つ様々な側面、例えば、核不拡散や外交・安全保障、平和利用の経験を基礎とした国際協力、技術革新・イノベーション、地球温暖化への貢献、雇用や産業・地域振興、人材育成、リスク評価と管理などについて多角的に検討を行い、日本が担ってきた原子力平和利用のリーダーとしての役割についても十分に配慮して、将来の日本の安定と持続的な発展のために原子力にどのような貢献が期待できるのか、できないのかを検討する。このため、当研究所に研究会を設け、当面3年検討を行うこととした。検討にあたっては、カーボンニュートラル2050に関する内外の議論の動向などにも十分留意することともに、新型コロナ感染症が社会、生活、経済活動等様々な面で大きな影響を与えているが、このようなことにも注意を払いつつ、コロナ後の世界の動向等についても視野に入れることとする。検討の成果はその都度何らかの形で取りまとめ発表することとし、最終的には政策提言として取りまとめる予定である。

3.研究会の構成

笹川平和財団田中伸男顧問が座長を務め、エネルギーとしての原子力をはじめ核不拡散や安全保障など原子力の平和利用のさまざまな側面に知見を有し、今後それぞれの分野で活躍が期待される研究者、実務家等として次の皆様にメンバーを委嘱している。


<メンバー>

兼原敦子 上智大学教授・国際法学会代表理事

菅谷淳子 日本エヌ・ユー・エス株式会社取締役本部長

竹内舞子 国際連合安全保障理事会北朝鮮制裁委員会専門家パネル委員

長崎桃子 東京電力常務執行役員

藤田玲子 日本原子力学会福島特別プロジェクト代表

村上朋子 日本エネルギー経済研究所研究主幹


<オブザーバー>

岩田明子 NHK解説委員

長山智恵子 元福島県教諭