この1~2年、中国で地域間連携の強化が加速している。
代表的な事例は、広東省を中心とする「香港・珠海・マカオ大湾区」(グレートベイエリア)、上海市を中心とする「長三角」、そして北京市を中心とする「京津冀」(北京天津河北省)の3つである。それに加えて、重慶と成都の間でも連携強化の動きが見られている。
これらの地域はそれぞれが異なる特徴を持っているが、最近になって地域間連携の強化が促進されている背景として、以下のような共通の要因があると指摘されている。
第1に、高速鉄道、高速道路など大規模交通インフラ整備の進展に伴い、都市間の移動の利便性が高まり、広域内の相互連携が緊密化したこと。
第2に、経済発展の高度化とともに中核都市単独での発展の限界や矛盾が表面化し、その問題に対応するために周辺都市との連携強化の必要性が高まったこと。
第3に、都市化の進展や高度な産業集積の形成とともに、新たに大規模産業を誘致することが困難になり、各地の産業構造の特性を生かした形での地域経済の発展を目指さざるを得なくなってきたこと。
第4に、主要都市の環境基準がますます厳しくなる方向にあり、サービス産業中心の中核都市と製造業中心の周辺都市・地域との間で棲み分けが進んでいること。
第5に、貧富の格差の縮小のためには広域経済圏の発展が望ましいこと。
こうした要因が指摘されている。
香港・珠海・マカオ大湾区が本格的に動き出したのは2018年からである。それを象徴するのは2つの交通インフラの完成だった。
1つは広州と香港を最短47分で結ぶ高速鉄道の開通(2018年9月23日)である。これが開通するまでは約2時間を要していたので、大幅な時間短縮が実現した。
もう1つは「香港・珠海・マカオ大橋(港珠澳大橋)」の完成(2018年10月24日)である。
これは珠海・香港・マカオを結ぶ全長55キロの世界最長の海上橋であり、以前は車で4時間を要した珠海-香港間が45分に短縮された。
これらの交通インフラの完成により、広州・深圳を中心とする広東省と香港・マカオとの連携が一段と加速するのは言うまでもない。
従来、この地域は「珠三角」(パールリバーデルタ)と呼ばれ、香港・マカオとは切り離された形で発展を遂げていた。
当時は技術力、所得水準などあらゆる面で中国の経済発展レベルが低く、香港・マカオの経済的優位性とは大きな格差があった。
しかし、2005年以降、中国の経済規模が急拡大し、所得水準も急上昇。香港経済も中国経済への依存度が急速に高まっていった。
以前の広東省では香港を経由して輸出する加工貿易型の企業が多く、金融のサービスレベルも低かったため、貿易・金融両面で香港の相対的優位性は明らかだった。
ところが、中国全体の経済発展とともに、香港を経由せず、中国から直接輸出する企業が増え、特に上海の金融・貿易両面における目覚ましい発展ぶりは香港の優位性を低下させた。
また、最近は深圳、広州の金融機能も向上したほか、深圳におけるIT産業の興隆はシリコンバレーからも脅威とみなされる水準にまで達し、さらに香港のステータスが揺らぐこととなった。
こうして香港側に焦りの気持ちが高まっていった。
そうした中国、特に広東省と香港・マカオとの関係が構造的に変化したことを背景に、香港は、まだ優位性を保っている国際金融面での競争力を生かして、広東省との連携を強化し、協調発展の方向を目指そうとしている。
これが香港・珠海・マカオ大湾区がスタートした背景である。
この地域の最大の問題は、交通渋滞、水不足、大気汚染、住宅価格の上昇などの深刻化などにより首都北京の経済社会生活の環境悪化が深刻化してきていることにある。
その問題を解決するため、2017年4月に雄安新区が設置された。場所は北京の南西約100キロの場所にあり、主な目的は首都機能の分散である。
このため、雄安新区には大規模な製造業の工場建設は認めず、北京に置かれている国有企業のオフィス、教育研究機関等を雄安新区に移転させ、北京の混雑を緩和し、都市機能を改善させることを目指している。
雄安新区の建設にあたっては、高い緑化比率の保持や厳しい環境基準の導入などによる良好な生活環境の確保が重視され、交通機関は地下鉄、無人化された電気自動車など、公共交通機関の利便性を高めることを目指している。
このため、雄安新区は、大湾区における深圳・広州、長三角における上海(特に浦東新区)のように地域経済をリードする巨大な産業集積を形成する役割は期待できない。
それにもかかわらず、産業の発展が遅れて所得水準が低い河北省(北京・天津市の周辺地域)の経済発展をリードすることが期待されている。地域経済の専門家の間では、その目標の達成は非常に難しいとみられている。
その代替案の一つとして注目されているのは、2000年代後半に広大な埋め立てにより天然の海底地形をうまく利用して良港を建設した唐山市曹妃甸の活用である。
この地域には広大な工業用地と自然条件に恵まれた良港(渤海湾の最深部に隣接し、30万トン級のタンカーでも接岸可能な埠頭を備えている)がある。
天津の市街地から東に約100キロに位置しているため、環境汚染の問題もクリアしやすく、鉄鋼、石油化学、造船等重化学工業の産業集積に適している。
河北省各地に分散している工場を整理し、厳しい環境基準をクリアできる設備を導入して曹妃甸に集積させることが望ましい。
従来は天津市と唐山市の関係が悪く、天津市政府は天津市内の企業に対して唐山市の企業との取引を認めなかった。
このため、たとえば、日系の自動車部品企業が曹妃甸に進出すると天津市のトヨタ自動車の工場に部品を納入することができなかった。
しかし、その天津市も今年は3%台の低成長に苦しみ、背に腹は代えられない状態に陥っている。
また、以前は重化学工業分野の外資企業は、独資企業あるいは出資比率51%以上の合弁企業の設立が認められなかったため、技術流出のリスクが大きかったことも大きな障害だった。
しかし、最近は外資系の重化学工業でも独資での進出が認可され始めている。加えて、2020年1月には内外企業の待遇格差を縮小する外商投資法が施行されることから、従来の出資比率などに関する規制は一段と緩和される可能性が高いと予想される。
そうなれば、曹妃甸の投資環境は以前に比べて格段に改善される可能性が期待できる。
特に昨年来、日中関係が大幅に改善し、来春には習近平主席の訪日が予定されている状況を考慮すれば、曹妃甸において、環境にやさしい重化学工業の構築を目指して新時代の日中経済協力プロジェクトをスタートさせることも選択肢の一つとなりうるのではないだろうか。
この地域の中核都市である上海市は土地面積が限られた、生活水準が極めて高い人口密集地域である。このため、環境上の配慮も特に重視され、製造業の進出には様々な制約がある。
一方、上海市には日本企業が1万社以上集積しているほか、欧米系企業も非常に多い。その貿易・金融機能は香港の地位を脅かすほどのレベルに達している。
この上海の先進機能を活用して、華東地域には多くの内外企業が集積している。このため、上海市と江蘇・浙江・安徽各省との棲み分け、相互連携は極めて緊密である。
筆者が先日訪問した寧波市では、数年以内に上海と直結する海上橋を建設し、高速鉄道を利用すれば30分で上海の市街地に行けるようになる計画がある。
また、上海の交通のハブとなっている虹橋空港周辺地域は、従来上海市の産業集積地として発展させる計画であったが、つい最近、華東地域全体のハブ機能を担うよう中央政府から指示され、その方向で抜本的に機能の見直しを始めた由。
こうした広域内の交通インフラの高度化が今後さらに進められる状況を考慮すれば、長三角の域内の一体化が一段と進展して地域全体の経済効率の向上し、それが経済誘発効果の拡大をもたらすことが期待される。
筆者はこの10年間、重慶・成都地域に毎年1度は出張し、その経済状況を定点観測してきた。
以前は重慶市に国家級の経済開発区である両江新区が設置され、上海市の浦東新区、天津市の濱海新区と並ぶ3大重点開発区として、中国国内でも最も高い成長率を誇っていた。
しかし、その後、同市の発展をリードした薄熙来書記が失脚し(2012年)、その後任の孫政才書記も失脚(2017年)。重慶市の発展の勢いは衰え、成長率も低下した。
この間、成都市は重慶市ほど中央政府の強力なサポートはなかったが、広大な土地と優秀な人材が集まる大学の集積などの条件に恵まれ、西部地域の主要都市として順調な発展を遂げてきた。
ただし、以前は常に重慶市の後塵を拝していたため、成都市政府の幹部と面談した際には、常に重慶市に対するライバル意識が強く感じられた。
しかし、最近は重慶市の成長率が常に成都市を下回るようになり、成都市周辺の将来の経済発展基盤も明るさを増して来ているなか、重慶市に対するライバル意識を感じることがなくなってきた。
2015年末には重慶―成都を1時間半で結ぶ高速鉄道が完成し、両市の連携は一段と強まった。
重慶市には重工業が集積し、長江沿いの港湾設備があるが、周辺を山に囲まれ、土地面積は限りがある。
一方、成都は自動車、電子関連産業に強みがあり、周辺地域の広大な土地にも恵まれ、新たな工業用地を拡張する余地も大きい。また、飲食・娯楽・レジャーなどのサービス産業も発展している。
このように両市の産業構造上の補完性が強いことから、最近は両市政府が相互協力を促進する方向へと向かっている。
以上のように、中国の主要な産業集積地域において、地域間の連携強化はインフラ整備や産業構造の変化を背景に、以前とは異なる新たな展開を示しつつある。
今後数年間は、地域の産業構造や投資環境に大きな影響を及ぼす交通インフラの建設が続く見通しである。
日本企業が中国におけるビジネス戦略、それに基づく投資計画等を策定する際には、長期的な視点からこうした中国各地の大きな構造変化を視野に置きながら、バランスのいい的確な拠点整備を心がけることが極めて重要である。
各地の重要情報はその地域に行かなければ正確に把握することができないのは中国の特徴である。
中国ビジネスに真剣に取り組むためには、やはり各地に自ら足を運び、現地で直接情報収集することが不可欠である。
特に最終的な経営判断を下す社長自身がそうした中国市場の実情を自らの肌感覚として理解することが中国ビジネス成功のカギである。